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セックスに一番近い男  作者: IK_N
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怪物③

城の一室にて、ヴィクターは姿見鏡に映った半裸の自分を見つめていた。


筋骨隆々…と表現するには細身なきらいもあるが、元の姿とは比べ物にならないほどしっかりした体つきだ。驚くべきことに身長は190cmくらいありそうである。


そして顔。まるで欧米人のような角ばった顔と高い鼻。おまけに髪は青みがかった銀髪が肩口まで伸びていた。ところが肌の色は白人のような白さはなく、日本人とさほど変わらないのがなんだかちぐはぐに見える。


(なんか…アニメ中盤で味方裏切りそうな顔してるな…)

具体的なキャラクターが浮かぶわけではないが、印象だけでヴィクターはそう思った。


正門での戦いが終わった後、全員を縄で拘束している間に別の都市から騎士団がやってきた。

どうやらフランシスカの父親が襲撃を感知したと同時に都市にいる貴族に緊急の連絡を魔法でしていたらしい。

フランシスカの父親は魔法騎士団だった。というよりは、魔法騎士団でなければ貴族にはなれないらしいのだ。


やってきた騎士団は一揆をおこした農民の裁判を行うため、都市へ連れて帰った。今後この土地はその都市の貴族の所有となるらしい。フランシスカも保護すると声をかけたが、彼女は断った。


「やるべきことがあります。終わったら、私の方からバイロン伯爵家に伺わせていただきます」

ヴィクターは、彼女がなぜ断ったのか見当がつかなかった。「やるべきこと」…すでに両親の埋葬は終わっていたし、必要なものがあれば騎士団が持って行ってくれるだろう。


騎士団が帰った後、そのことをフランシスカに聞くと彼女は顔を真っ赤にしてこういった。

「あんたが言ったんでしょうが!その…セッ…」


その言葉を聞いて、ヴィクターは感動してしまった。

(なんて律儀な子なんだ!そんな約束反故にして騎士団と共に安全な都市に向かえばよかったのに!)

ヴィクターのやろうとしている行為は、元の世界では完全に犯罪である。女の子――読者の皆様にはお伝えするが、フランシスカは11歳だ――を脅迫して性行為を迫っているのだから当然である。


(こりゃもう半分合意と見てよろしいですね!)

そんなわけないが、ヴィクターは勝手に自分を納得させた。


そう、彼は今まさに性行為待機中なのだ。隣の部屋でフランシスカが準備をしている。

(ふぅ…ふぅ…)

セックス!AVでしか見たことのない不可知の世界。それがついに現前しようとしている…ヴィクターは興奮していた。性的興奮と、未知な物との初接触に対する興奮。その両方を同時に味わっていた。

かのニール・オールデン・アームストロング船長も月への第一歩を踏み出したあの瞬間は、私と同じような興奮状態だったのではないか?などと失礼にもほどがあることを考えたりもしていた。


(よし、よし…こうしていてもしかたないな。さあ、彼女の部屋へ行こう)

ヴィクターは、両手でパンと顔を叩いた。重くなっていた腰を上げて、隣の部屋へと足を進める。


そして、そのときになってヴィクターはセックスとはいったい何をどう進めたらいいのか全くわかっていないことに気がついた。彼は自分の、相変わらずの計画性の無さを一瞬だけ恨んでから計画を立て始める。


(セックスってどう進めていけばいんだろう…?)

童貞の彼にとってなかなかの難問であった。AVだとだいたい謎の会話劇――ヴィクターはいつもこの会話を無意味なものを見なして飛ばしていたため、どのような会話が行われていたのか一切わからない――から性行為を行っている。

他に情報はないかと頭の中を探ってみると、「性行為の前にシャワーを浴びなければならない」という一つのステレオタイプを見つけた。


(そうそう、シャワーだ。なんかセックスの前にはシャワー浴びてるイメージがある)

しかし、そう考えた後、ヴィクターの中で疑問が芽生えた。


(なぜセックスの前にシャワーを…?セックスの後の方が汗かいたりいろいろ汚れるから、その後に入った方が効率的じゃないのか?)

そして、次の瞬間はっとして、その意味を理解する。


(そうか、そもそもいろいろ出し入れしちゃうからちゃんと清潔な状態でやんなきゃだめだよな。つまり、シャワー→セックス→シャワーの順番になるわけか)

段取りができた…と思ったのもつかの間、ヴィクターの前に新たな疑問が頭をもたげてきた。

(セックスの後にすぐシャワー…って淡白すぎないだろうか?)

そして、すぐに別の肯定が必要であることを思いついた。


(ピロートーク…!うわさに聞いたことがある。セックスの後にベッドの上で会話するやつだ。そこから自然にシャワーの流れに入れればいいか)

セックスのためのフローチャートが決まり、意気揚々とフランシスカのいる部屋の扉をノックする。

「…………入って」

長い沈黙の後、フランシスカの声が扉の向こうから聞こえた。

ヴィクターは黙ったたま扉を開く。そこには、ベッドに座り出会った時と同じくシーツ一枚で裸体を隠しているフランシスカの姿があった。

「…」

ヴィクターは一言も発さずに、フランシスカの前に歩いていく。その姿を、フランシスカはおびえた目で追っていた。


しばらく2人は見つめ合い、ヴィクターが口を開いた。

「とりあえず、シャワーを浴びましょうか」

「…シャワー?」



フランシスカは自分が何を言われたのか理解できていなかった。

(シャワー…っていったい何のこと…?)

この世界にはシャワーというものが無かった。何のことか皆目見当がつかないフランシスカは、それが性行為中に行う何らかの、行動なのだろうと推測する。


彼女は自分を助けてくれたことに関して、ヴィクターには感謝していた。

しかし、それと彼を信用するのとは別の問題とも考えていた。そもそも領主の娘に対して性行為を要求するなど正気の沙汰ではない。

彼の要求を済ませて、都市へ行きバイロン伯爵の保護下に入る。それが今の彼女の最善だった。今から行われるおぞましいことは生き残ったことに対する対価として甘んじて受けるつもりであったが、手早く済ませられるなら、それに越したことはないのだ。


「ごめんなさい、シャワーを浴びるって何のことか分からないわ」

フランシスカは素直にそう言ったが、実際にはそれ以外の思惑もあった。つまり「シャワーを浴びる」という、おそらく大人が性行為の際に行う特別な所作――祈祷?舞踏?あるいは瞑想か?――を知らないのであれば、そんな未熟な相手に性行為を行うことを躊躇って行為自体をあきらめさせることができるのではないか?ということである。


「えっ!?」

フランシスカの言葉を聞いたヴィクターは驚きに目を見開いた。



(あっれ?もしかしてこの世界シャワーが無い!?マジかよ、出鼻をくじかれた…)

ヴィクターは、先ほど完成させたセックスフローチャートが早くも崩れたことに動揺していた。しかし、すぐに代用を思いつく。


「ああ、お風呂に入ってきて欲しいんです」

「お風呂なんて…ここにはないわ。都市に行かないと…」

「えっ!?」

ヴィクターは再び驚いた。シャワーもお風呂もない…川で水浴びして汚れを落としているとでもいうのだろうか?


「…いつも体の清潔はどうやって保っておられるので?」

「当然魔法を使ってるわよ」

「魔法…」

フランシスカの話によると、この世界ではお風呂は貴族が娯楽のために入る、どちらかといえば社交場であるらしい。普通、体の清潔は魔法によって保っている。

基本的な生活魔法については農民レベルでも仕えるようで、火をおこすための魔法や水を作り出す魔法も生活魔法と共に、体の清潔を守る魔法も一般常識レベルで浸透していた。


「その魔法って私にかけることもできますか…?」

「ええ、できるわ」

フランシスカがヴィクターに向かって手を伸ばす。すると、ヴィクターが体に感じていたベタつきなどが一瞬で消滅したことに気づく。


「おお!すごい、すごい!」

ヴィクターは素直に感動した後、頭を抱えた。

(しかし、これでいきなりセックスをしなければならなくなったな…)

改めてセックスするとなって、ヴィクターは気づいた。「セックス」という中身について計画を全く立てていないことについて。


(セックスの最初にやるべきこと…ってキスだよな)

己の知識を総動員してセックスの際の挙動を構築していくヴィクター。だがここでも彼の頭の中に疑問が噴出することになる。


(いや、キスは大丈夫なのか?フランシスカちゃんと「セックス」はする約束はしたが、キスはそこに含まれるのか?)

キス……自分の唇と相手の唇を触れ合わせるこの行為。主に愛情表現のために使用されるこの行為。

(キスが愛情表現なのだとしたら、別に好きでもない相手とキスをするのはおかしなことだ。だが、その場合、いきなり彼女を押し倒さなければならないということか…?)


悩んだヴィクターはしばらくの間沈黙していたが、唐突にこう問いかけた。

「キスって、セックスに入りますかね…?」

「は…?」


フランシスカは驚いたというより、呆れたような声をだした。そしてヴィクターと同様にしばらく沈黙した後、回答する。

「…キスはセックスに入らないわ」

「やはり」


精神分析学者として名高いジークムント・フロイトは赤ん坊は母親の乳房を吸うことで、その行動が快感をもたらすことを初めて知ることを発見し、それを性欲の最初のあらわれとみなした。

そして、赤ん坊は自分の親指をしゃぶることで母親の乳房を代替させ、それがキスへとつながっていく。

本来キスという行為は…母親の乳房を吸う行為の代用に過ぎない。はるか昔の授乳行為で得た欲動とその解消を私たちは長い年月をかけて性欲に倒錯させてしまったのである。

なるほど、フランシスカの意見は確かに正しい。倒錯として与えられた代替品――キス――ではなく、本当の性行為を行うべきである。そう彼女は主張しているのである。


と、ヴィクターは勝手に解釈した。


「では、押し倒しますね…」

「え、ええ」

一度ことわりを入れてから、ヴィクターはフランシスカにじりじりと近づいていく。フランシスカは目を合わせられなくなったのか、うつむいて目を閉じた。彼女の体は、わずかに震えていた。


(ままよ!このまま押し倒して入れてしまおう!)

ヴィクターは心の中で決心をした。そのまま彼女の肩を掴み、ベッドへと押し倒……せなかった。


(くそっ!くそっ!くそっ!)

ヴィクターの手は…フランシスカの肩にも触れていなかった。いや、産毛にすら届かず宙で止まっていた。

(も、もう少しなんだ俺よ。もう一歩踏み込めっ!この女を…無理やり犯して…俺は…この子を俺のものにする!)

だが…心の中の勇ましい声とは正反対に、彼の身体は完全に動きを止めていた。


「ぐうううううううっ!」

地の底から響くようなうめき声をあげて、ヴィクターは後ずさりした。その声に驚いたフランシスカは顔を上げてヴィクターを見た。


「……っ!」


ヴィクターの表情を見て、フランシスカは恐怖した。それは、得体のしれないものに対する、理解できないものに対する恐怖だった。

ヴィクターの表情を一言で表すことはできなかった。怒りと恐怖と安堵をミキサーでぐちゃぐちゃに混ぜたような…そんな表情であった。


「ね、ねぇ…」

「セックスの話は…約束は忘れてください」

「え?」

困惑するフランシスカをしり目に、ヴィクターは足早にその部屋を去って行く。

残されたフランシスカは、茫然とヴィクターの出て行った扉を眺めることしかできなかった。



「…………」

部屋に戻ったヴィクターはベッドに腰掛けてうつむいていた。


完全にセックスの一歩手前まで行っていたのに、結局何もできずに彼は戻ってきてしまった。


(だめだ。いざやろうとすると性欲より罪悪感の方が勝ってしまう)

それは、童貞の彼にとって初めてとなる気づきだった。加虐的な彼の性倒錯を、相手に押し付けたときに感じてしまう罪悪感。

フランシスカに対して与えたいと思っている恐怖や痛み、しかしそれを実際に与えられる場面になった途端に彼女のことを「可哀想」などと思ってしまう…!


当たり前だが、フランシスカは行為に至る前からヴィクターに対して恐怖を感じていた。つまり、この「可哀想」という感情は彼の利己的な判断の上に成り立っているわけである。だが、この判断こそが彼をギリギリのところで怪物にさせなかったのだ。


ヴィクターはよろよろと、再び姿見鏡の前に立った。

そこには、今までの自分とは全く異なる姿の自分がいた。

「こんなザマで、ロリのハーレムなんて作れると思うか?」

鏡に向かってヴィクターはしゃべりかける。答えははっきりしていた。無理に決まっている。

そう、今のままだと。


第一魔法騎士団。この世界ではかなり強い部類の人間なのだろうと、フランシスカ達の会話から推測できる。しかし、あの魔法使いの強さは…正直ヴィクターの足元どころか地表にすら届いていないレベルだった。


(そうだ…俺はこの世界だとかなり強いんだ)

ヴィクターはある決心をした。そう、夢のために怪物になる決心を。


(この世界で生き残るためには、なんて細かいことを気にする必要なんてないのかもしれない)

ヴィクターは拳を思い切り握りしめた。


(鬼になれヴィクター!フランシスカちゃんのように脅して女を自分のものにしていくんだ!そしてハーレムを作る!)

作った拳を胸元に当て、再び鏡をにらみつける。


(この罪悪感も、フランシスカちゃんを使って慣れていけばいい。逆らったら暴力で脅してやればいい)

それだけの力がヴィクターにはある。


「クックックッ……、フハハハハハ、ハーッハッハッハ!」

ヴィクターは1人だけの部屋で思いっきり高笑いをした。そして、

(でも今は無理。もう寝よう)

ヴィクターはヘッドにダイブした。想像以上の柔らかさに驚いたと同時に、その柔らかさは一瞬のうちにヴィクターを眠りへと誘ったのであった。


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