勝利者②
フランシスカ達はエトランゼに転移した。イヨがフランシスカ達の同行許可をもらうためのついでである。皇帝陛下が許可を出した後、4人は城の一室に集まってこれからの作戦会議を始めた。
「特別魔法騎士団が2名もやられたなんて…とんでもない緊急事態じゃない」
「はい。この件は早急に片付けなければなりません。ファスベンダーの資料からアーネストが絡んでいる可能性はかなり高いです。しかし、今どこにいるかは見当が付きませんね」
「そもそも、アーネストは一体何をやりたいのか…」
フランシスカは、今まで自分が知っているアーネストの行動を整理し始めた。
「まず、ポリドーリ伯爵に協力してお父様とお母様を殺した。そして私を殺すために協力もした。次はアルブレヒトに協力してイプセンの街に黄黒病を流行らせた。その次はファスベンダーに協力して少女を集めた」
「どれも誰かに協力しているだけですが…協力した報酬が何だったのかがいまいちはっきりしませんね」
「アルブレヒトは?そっちで調査したんでしょう?」
「死体の代わりに何かを要求されたということはなかったようです。しかし、グリーグ伯爵との間を取り計らってほしいと言われてはいたようです」
「グリーグ伯爵と…それで?」
「アルブレヒトは話は聞いていたようなのですが、先延ばしにしていたようです『絵以外に時間を割きたくない』とかで」
「…あいつも大概ね」
フランシスカは呆れた表情をすぐに戻すと、一つの共通点を見つけ出した。
「あいつ、貴族に近づこうとしている?」
「そうですね…ただ、彼の実力であれば魔法騎士団に入ること自体は簡単にできるはずです」
「それは、そうね…」
貴族になろうと思えばすぐにでもなれる実力はあるのに、なぜそうせずに貴族に近づくという遠回りな真似をしているのか。フランシスカとイヨはその点について、様々な意見を交わした。そしてその議論についていけない奴らが2人いた。
(フフ…、話がさっぱり頭に入ってこない…)
心でドヤ顔をしながらヴィクターは独白した。議論することにヴィクターは向いていないようだ。じっくりと時間をかけて、紙の上でレポートをまとめる方が自分の性に合っている。そう、そうに違いないとヴィクターは自分を納得させた。
結局、ヴィクターはこの世界のことをほとんど知らない。自分で頭を使って考えるよりも、銀の弾丸として使われた方がよっぽどマシな結末にたどり着くのかもしれない。
「これ旨いのー」
同じく議論に参加しない、する気もない魔王はテーブル上に置かれていたフルーツをナイフも使わずにかぶりついていた。果汁がそのままテーブルに滴っているので、ヴィクターが拭き取る。
「それは何をしとるんじゃ?」
「テーブルを拭いているんですよ」
「なぜそんなことするんじゃ?」
「えーと。清潔にするために、ですかね」
「そういえば、フランシスカも清潔のためといって何かしとるの」
ヴィクターも魔王も清潔を守る魔法を使えないので毎晩フランシスカかイヨに使ってもらっている。魔王と違ってヴィクターはちゃんと勉強すれば使えるのかもしれないが、攻撃に使える魔法の方に興味がいっており、積極的に学ぼうとしたことがなかった。
「魔法と言うヤツは便利じゃなー。私が初めてあった人間はそんなもの使えなかったはずじゃが、いつの間に覚えたのかの」
「まあ、魔王様はずいぶん眠っていたみたいですからね。その間にいろいろあったんでしょう」
「そうじゃろうな!あいつら、火を見ただけで驚いておったからな!」
そういいながら、魔王は人差し指からライターのように炎を出した。
「…魔王様、魔法使えたんですね」
「?魔法?これが魔法なのか?」
「え、多分そうだと思いますけど…」
「ほー!これが魔法だったのじゃな!しかし私はフランシスカやイヨみたいな魔法は使えんがなぁ」
フッと指先の炎が消滅し、魔王は再びフルーツの丸かじりに興味を移した。それと時を同じくして、フランシスカの声がヴィクターの耳に届く。
「そういえばあいつ、最初ヴィクターのこと『領主の犬』とか言ってたわね」
「…貴族に恨みを持っている?」
「なのかも。貴族にはなりたくない。でも、貴族に近づかなければならない。そんな理由があったのかもしれない」
「………………!」
フランシスカの推論を聞いた後、しばらく黙っていたイヨは魔法で羊皮紙を転移させた。そこには一人の男の顔が描かれている。
「…え?アーネスト!?」
「ええ!?」
フランシスカの言葉にヴィクターも反応し、フランシスカが見ている羊皮紙を覗き込む。たしかに、そこにはあのアーネストの顔が描かれていた。
「ど、どうしてイヨが…」
「やはりその男がアーネストですか」
「知っている男なの!?」
「いえ、知りません。先ほど見つけただけです」
「え?」
流石のフランシスカも頭の回転が追いつかなかった。イヨはフランシスカに落ち着くように言うと、一から説明し始める。
「先ほどフランシスカさんの推測を聞いて、一つだけ思い浮かんだんです。貴族…というよりも魔法騎士団に近づく必要がある理由に」
「それは何?」
「魔族です」
魔族、という言葉にヴィクターは聞き覚えがあった。しばらく記憶をたどった後、それが魔王について調べていた時に偶然見つけた資料に記載してあった名前だと思い出す。1000年前に現れ、いくつもの国を滅ぼし、ソレイユ帝国の初代皇帝に倒されたというあの魔族だ。
「まさか、あの話って」
「はい。あの話はほぼ真実です。魔族の封印場所は研究のため特別魔法騎士団にだけ教えられています」
「つまり、イヨが見たアーネストは…」
「フランシスカの考えている通りです。先ほど魔族の封印された場所を魔法で確認したら、その男が侵入していました。気取られたのかすぐに感知できなくなりましたが」
イヨは推論を交えて、アーネストの目的を語り始めた。
「どのような手段を用いるか不明ですが、おそらくアーネストは魔族を復活させるつもりでしょう。そして、その目的は貴族…いえ、もしかすると帝国への反逆かもしれません」
「あいつが貴族に近づこうとしていたのは、魔族の封印されている場所をつかみたかったから…」
「ええ、すぐに出発の準備を。アーネストの目的を阻止します」
「待って!」
鋭い言葉に、3人はフランシスカへ視線を集める。
「その前に、確認したいことがあるの」
◇
ウィーバー伯爵領にある草原地帯のさらに奥に、その廃墟は存在していた。かつて栄えていたというその街は、魔族に滅ぼされた時から無残な姿を世界にさらし続けている。
「あの中にアーネストがいるってわけね」
フランシスカは極力冷静を装って、言葉を紡ぐ。
「いまだに封印石室の内部を確認できません。例の化け物の祝福のせいだと思われるので、アーネストも一緒にいるでしょう」
イヨはいつもと変わらぬ態度で、冷静に廃墟を眺めている。
(魔法使えなくするやつが相手だし、俺がフランシスカちゃんもイヨちゃんも守らなきゃだよな)
ヴィクターもいつになく気合を入れた表情になっていた。
「おお!おお!こいつはなんて名前じゃ?」
魔王はパタパタと飛んでいくモンシロチョウを追いかけていた。
「改めて言っておきますが、この依頼は私が皇帝陛下から承ったものです。フランシスカたちの安全確保は二の次になりますよ」
「わかってるわ。でも、相手は魔法を封じる祝福を持っている。イヨこそ私たちを頼ってもいいのよ」
「大丈夫です。準備はしましたから」
ヴィクターはその時、背筋が凍りつくような違和感を覚えた。バッとイヨの方を見ると、イヨもヴィクターを見つめ返していた。
「もう一度言いますがフランシスカたちの安全確保は二の次になります。言いましたからね」
そのままイヨは廃墟に向かって進み始めた。それに続くようにフランシスカ、ヴィクター、魔王も歩いていく。数分で廃墟の街へとたどり着き、封印石室と呼ばれる地下の建物への入口に向かっていった。
「…いますね」
「そうですね」
ヴィクターとイヨがそう言葉を交わした直後、目の前の瓦礫の横からあの乳白色の化け物が姿を現した。
「最後の一体ね。アーネストは一人でいるってこと?いい度胸し、て……」
フランシスカは驚愕に目を見開いた。廃墟の影からもう一体、崩れた石柱からもう一体、後ろに回り込んだやつがもう一体…。現れた化け物は、十体近くいたのである。
「ど、どういうこと!?」
「おそらくですが、魔法で複製したのでしょう。時間はかかりますが特別魔法騎士団クラスならできないことではないです」
「うそでしょ…ヴィクター!こいつらを…」
「フランシスカとヴィクターさんは先に進んでください。場所は先ほど教えた通りです」
イヨの提案に、フランシスカは一瞬呼吸が出来なくなった。そんなことは自殺行為だとフランシスカが、フランシスカだけが考えていた。
「イヨ、私の話聞いてた!?こいつらは魔法を封じることができるの!魔法がなかったらあなたただの女の子なのよ!?」
「それは確かにそうですね。でも、フランシスカも私の話を聞いてましたか?」
イヨの声色と表情はまったくいつも通りで、何の変化も見られない。
「準備はしました、と言ったはずですよね」
「…」
フランシスカはイヨの目を見つめる。その瞳は、とても気が狂っているようには見えなかった。
「…わかった。わかったわ。死なないでね」
「ええ。フランシスカの方こそ、死なないことを祈っています」
「魔王ちゃん、イヨを守ってあげてね」
「おー」
魔王の返事を聞き、フランシスカはヴィクターを促して走り出した。途中襲ってきた数体の化け物はヴィクターが難なく叩き潰していく。そしてその場にはイヨと魔王、そして十体ほどの化け物が残されたのだった。
「私は何か手伝ったほうがいいかの?」
「ありがとうございます魔王さん。でも大丈夫ですよ」
イヨは魔王から視線を外し、ざっと周りの化け物を眺めた。
「もう決着はついているので」
そう呟くと、イヨは化け物の方へ歩き始める。化け物は、ある個体は体を震わせてうずくまり、ある個体は後退を始めた。イヨは逃げ出した個体の逃走経路に瞬間移動魔法で先回りし、あっさりと首を跳ね飛ばす。
「言葉が分かるかは知りませんが…大人しくしてください。皇帝陛下は犯人を殺せと仰りました。複製でどの個体が魔法騎士団殺しに携わったか分からない以上、皆殺しにするしかありません。抵抗は時間の無駄です」
イヨの言葉が冷酷に響き渡る。
「先ほどから幾度となく魔法封じの祝福を私に使おうとしているようですが、いい加減に覚悟を決めて"どちらにするか"選んでください」
化け物たちは震えていた。恐怖していた。自分たちの死が確定していることに。このような手段を実行している目の前の女の子に。
「魔法封じを使って太陽に焼き殺されるか。魔法封じを使わず私に殺されるか」
イヨは、魔法封じの対策を終えていた。ヴィクターが背筋を凍らせたあの瞬間にである。あの瞬間、イヨは廃墟を中心に半径一キロを丸ごと太陽のど真ん中に転移させていた。そして、魔法でこの空間を維持していたのである。
当然、イヨの魔法を封じれば空間の維持もできなくなり、1600万度の熱と2000億気圧のただなかに放り出されることになる。
イヨは皇帝陛下から犯人を殺せと命令を受けた。そして、犯人が魔法を封じることができるという情報を元に、「どうあがいても皆殺しにできる」環境を作り出したのだった。その目的達成のために自分が死ぬとしても、イヨにとっては実行をためらう理由にはならなかった。
化け物たちは選択肢が残されていた。死に方の選択が。
そして、化け物たちがとった行動は、
ギョア…、ギョア…
イヨに向かって必死にこうべを垂れることであった。
「…分かりました」
イヨは、化け物たちの命乞いを無視し、その場の化け物の首を跳ね飛ばした。
「魔王さん。行きましょう。フランシスカ達に追いつかないと」
「おお、もういいのか。わかったわかった」
追いつかないと、と言いながらイヨは瞬間移動魔法も使わず、ゆったりと歩き始めた。それもそうである。イヨはフランシスカに追いつく気などさらさらなかった。
(私が追いつくまでに、決着つけておいてくださいね)
4人で対処したほうがすぐに決着がつくのに2人を先に行かせたのは、フランシスカにアーネストと決着をつける機会を譲るためだった。そんな気遣いよりも皇帝陛下からの命令を優先するのが当然ではあるが…以前フランシスカが言及したように、イヨは意外と厳格ではない人間なのである。
特に、初めてできた同世代の友達には、どうしても甘くなってしまうのであった。




