ファスベンダー城への神々の入城②
「…あなたは?」
ヴィクターが謎の金髪男に声をかけたことで、フランシスカもその存在に気づいた。鎖を解く手を止めて、その男を凝視する。フランシスカもヴィクターも、その男には面識がない。だが、アーネストが魔法で化けている可能性も今は否定できない。
「デヴィッド・ファスベンダー、と申します」
「ファスベンダー…?」
自己紹介に反応したのはフランシスカだった。ファスベンダー、今まさに訪ねようとしている人物と同じである。
「あなたはもしかして、ここの領主だった?」
「ええ、よくご存じで」
「あなたにお話があって、ここまで来ましたから」
「…なるほど、興味深いです。しかしまずは…」
ヴィクターは魔法の発動を感じ取ったが、誰かに危害を加えるものではなかったため、邪魔をしなかった。ふっと風が通り過ぎる感覚のあと、人々を拘束していた鎖が音を立てて外れていく。
「ファスベンダー伯爵!ありがとうございます!」
開放された人々は口々にファスベンダーへの感謝を述べる。どうやら本当に元領主のファスベンダーのようだ。少なくとも、顔はそっくりなのは間違いない。そして、力も。
(アーネストとかいうヤツと同じくらいの力か…。怪しいな)
「エリザベス、居るかい?」
「あ、あの…」
ファスベンダーが馬車の中に声をかけると、一人の女の子が小さな声で返事をした。おそらく10歳くらいだろう。金髪でショートカット、おびえた表情が最高にキュートだとヴィクターは評価した。
「ああ、エリザベス。良かった。すまなかったね」
両手を広げたファスベンダーの胸の中に、エリザベスと呼ばれた女の子は飛び込んでいった。
(娘…?でも、人身売買で元領主の娘に手を出すなんて、命知らずもいい所ね)
「2人ともエリザベスを助けていただきありがとうございました。…私にお話しがあるということですし…私の城に案内しましょう」
「城?」
「領主の時の城にまだ住んでいるんです。ワグナーの街のはずれにあるんですよ。瞬間移動魔法を使えばすぐです」
「ありがとうございます。ただ…」
フランシスカは自分たちの馬車を指して言った。
「馬車ともう一人連れがいるんです」
「なるほど。まあ、馬車一台くらいなら、なんとかなりますよ」
ファスベンダーはフランシスカ達に優しく微笑んだ。
その後、ファスベンダーは盗賊団を領主に引き渡し、つかまっていた人々を元住んでいた場所に送り届けた。そして最後にフランシスカ達を馬車ごと自分の居城へと案内したのであった。
「すっかり遅くなってしまい、申し訳ありません」
「お構いなく。ああ、そうそう」
フランシスカは手招きで魔王を呼んだ。
「この子がもう一人の連れです。魔王と呼んでください」
「ま、魔王、ですか…」
ファスベンダーは困惑した表情を見せたが、すぐに微笑みに切り替えて握手を求める体勢になった。
「…」
ガシッ
「…? どうかしましたか?」
魔王はいつものように笑みを浮かべて、握手ではなくファスベンダーの腕を鷲掴みにしていた。ファスベンダーは魔王の行動の理由がわからず、つかまれたまま硬直している。
「魔王ちゃん。握手を求められたら、手をこうやって握りしめるのよ」
フランシスカが見本としてヴィクターと握手をした。それを見た魔王は「なるほどなるほど」とつぶやき、今度こそ正しくファスベンダーと握手を交わした。
「はは。面白いお連れさんがいるんですね。夕食の準備をするので、それまでは部屋でお休みになっていてください」
「はい。ありがとうございます」
フランシスカは、いつもの外用笑顔で朗らかに答えた。
◇
「何の反応もなかったわね。どうやらアーネストじゃないみたい」
夕食までの間、フランシスカ達はあてがわれた部屋で作戦会議を開いていた。
「あれで信じてしまっていいんでしょうか?」
「以前アーネストは魔王ちゃんに腕を引きちぎられたのよ?本人なら、さすがに無反応はないはずよ」
先ほど魔王がファスベンダーの腕をつかんだのは、フランシスカの仕込みだった。本物のファスベンダーかどうか確かめるために、彼が盗賊団の引き渡しを行っている間に作戦を立てていたのだ。
「アーネストと繋がっている可能性は否定できないけどね…」
フランシスカは顎に手を当て、今後のことについて考えを巡らせた。
「アーネストのことは一旦忘れましょう。夕食のときにあの洞窟について確認してみるわ」
「ええ、わかりました」
ちょうどその時、ファスベンダーが夕食の準備ができたとフランシスカ達を呼びに来た。素直にそのまま移動する3人だったが…。
「…!?」
大広間に移動したフランシスカの目に、想像だにしなかった光景が飛び込んできた。
「お父様、お待ちしておりました」
「パパ!こっちの席にどうぞ~」
「ダッド、そちらの方々がお客様ですか?」
「みなさんどうぞお座りください」
(………………………………なにこれ)
そこには10人ほどの少女がいたのである。しかも、全員金髪でおそらく一番上でも15歳くらいの。口々にファスベンダーを父親として呼びかけている。中には先ほど助けたエリザベスの姿もあったが、隅の方にいて声は出していなかった。
ヴィクターはそれを見て、12人の妹を攻略していく恋愛シミュレーションゲームを思い出していた。
「こ、これは…」
「驚かれたでしょう。食事をしながら説明しますよ」
「はあ…」
フランシスカは完全に引いてしまっていたが、ファスベンダーに促されるままに席についた。ヴィクターも念のためフランシスカの横に場所を取る。魔王は特に気にすることがなく、金髪少女たちの間の席に座っていた。
フランシスカを含めてとんでもない金髪比率の中、その日の晩餐は幕を開けた。
◇
ヴィクターはまず最初にスープに口を付けた。澄んだスープの中には細く切られた野菜が入っている。おそらくコンソメスープのたぐいなのだろう。味は薄目だが、舌に優しく染み込む味である。
「実は彼女たちは私の娘でも何でもないのです。身寄りのない子を私が引き取っているんです」
「そうだったんですね。では、エリザベスさんも」
「ええ、数日前に引き取る予定だったのですが、行方不明に。それで探していたのですが、あなたたちには助けられました」
金髪の少女たちはパンをスープにつけて食べていたので、ヴィクターもそれに倣ってみた。パンはこの世界で食べた中では一番柔らかいもので、もちもち感も素晴らしかった。
「しかし、その…」
「フフ…なぜ金髪の少女だけなのか…と聞きたいんですね?」
「え、ええ。もし差し支えなければ」
「大丈夫ですよ。そんなに変な話ではありません」
肉料理はローストビーフのような料理だった。ヴィクターが知っているローストビーフのソースとは違い、さわやかな風味のソースがかけられていて、食が進む。ヴィクターが後でフランシスカに聞いたところによると、これはボイルドビーフという料理だった。
「…実は、妹を幼いころに亡くしていまして。妹の面影がある少女を見て見ぬふりができなくて…今ではこんなことに」
「そうだったんですか…」
「奇異に思うのも仕方がないです。私も自分の行動がときどき分からなくなる」
料理の中に、まるであん肝のような見た目のものがあった。食べてみると、ヴィクターが今まで食べてきたあん肝よりもかなり濃厚な味わいがあり、どことなく鶏レバーを思い出す触感であった。あとからこの料理こそが世界三大珍味と言われるフォワ・グラであるとフランシスカに教えられ、ヴィクターは驚愕した。
「私の話はこのくらいで良いでしょう。次はフランシスカさんの話を。私に何か尋ねたいことがあったのでしょう?」
「はい。1年前までは獣人たちが生活している草原地帯はファスベンダーさんが治めていたのですよね」
「ええ。それが?」
「獣人たちが儀式用の黒曜石を取ってくる洞窟があのあたりにあることをご存じですか?」
先ほどまで食事に夢中だったヴィクターも、さすがに2人の会話に耳を澄ました。
「いや…、その洞窟がどうかしましたか?」
「ご存じなければいいんですが…」
フランシスカは少し含みを持たせって言葉を続けていく。
「洞窟の入口がいつの間にか塞がれていたようで、知り合った獣人たちが困っていたんです。もしファスベンダーさんが領主のときに行ったことなら、理由を聞いておきたいなと」
「残念ながら、洞窟の存在自体を知らないな…」
「そうですか。ウィーバー伯爵もご存じ無いようで…邪魔だから入口を塞いでいる岩をどかそうと獣人たちが会話していたのですが、もしどちらかが意図的に行ったのならばやめた方がいいのかと」
「いえ、私は特に関与していませんね」
ファスベンダーの表情や口調からは、なんの動揺も読み取れなかった。必要なことを話したあとは他愛のない会話が断続的に出てくるだけで、その晩餐は終わりを告げた。
部屋に戻った後、フランシスカはふかふかのベッドの感触を楽しんだ後、誰に対してでもなくしゃべり始めた。
「本当ならイヨにファスベンダーの動向を見ていて欲しかったんだけど…しょうがないか」
「ファスベンダーさん。この件に関与してますかね」
「会話してるときの受け答えは自然に感じたわ。あの話を聞いて洞窟に確認しに行けば確定なんだけど」
こちらが確認する術がない。フランシスカが不満げに天井を見上げたその時、ノックが2回聞こえてきた。
「どうぞ」
「失礼」
入ってきたのはファスベンダーと10人の娘たちだった。
「これは…」
「みんな、夕食の時の話では物足りないらしくてね。旅の話をこの子達に聞かせてあげてくれないでしょうか?」
「そういうことなら、喜んで」
「お願いします」
ファスベンダーはフランシスカにお辞儀をすると、今度はヴィクターに目を合わせた。
「ヴィクターさん。少し2人でお話しできますか?」
「…私とですか?」
突然の誘いにヴィクターは戸惑い、いつもの癖でフランシスカの方を見てしまう。
「いいんじゃない?知ってる話を聞くだけなのも退屈でしょうし」
「わかりました」
ヴィクターはスッと魔王に近づき、フランシスカを守るように耳打ちした。「わかった~」という気の抜けた返事に一抹の不安を覚えながらも、ヴィクターはファスベンダーとともに自分たちの部屋を後にする。ファスベンダーが案内したのは彼の私室のような場所であった。ヴィクターは促されるがままに椅子に座り、ファスベンダーはバルコニーの柵に腰かけた。
「それで、話というのは?」
「フランシスカさんについてです」
ヴィクターは部屋に来る途中で話内容を予想していたが、まさにドンピシャであった。
「彼女はあなたたちと旅をしているようですが、ご両親は?」
「プライベートなことは私からは…」
「そうですか」
しばらく沈黙が続く。フランシスカのことは聞いてくるのに、魔王のことは気にしていないところから、ヴィクターは自分の予想が正しいことを確信した。
「…おそらく、断られると思いますよ」
「何の話です?」
「フランシスカさんを引き取ろうと考えているのでは?」
「…ええ、そうです」
ファスベンダーの娘たちと同様に、フランシスカもまた金髪で幼い少女なのだ。
「フランシスカさんには夢があるんです。その実現のためには旅を続けないといけない」
「夢、そうですか。あなたはその護衛として雇われているんですか?」
「そんなところです」
薄暗さから、ファスベンダーの表情をうかがい知ることはできなかった。ファスベンダーはヴィクターに背を向け、外の景色に目を移す。
「すみません。妹に似ている少女を見るとついね…。発作みたいなものです」
ファスベンダーはヴィクターに向き直った。
「きっと、一生治らない発作です」
その表情はどこか寂しげだった。
「あなたが羨ましいです」
「私が、ですか」
「ええ、大切な人を守りたいときに、必要な力を持っている。私はそうではありませんでした」
ヴィクターを見ているようで、はるか遠くを見つめているような眼だった。
「妹を失ったとき、私は幼すぎたんです。第一魔法騎士団になっても、領主になっても心が晴れることがなかった。だから…彼女をしっかり守ってあげてください。もう私にはできないことですから」
「もちろんです。ですが、ファスベンダーさんにも今は大切な、守らなきゃならないものがあるでしょう?」
「…あなたの言うとおりですよ」
その日の会話は、それで終わりとなった。ヴィクターが部屋に戻ると、質問攻めにされてくたくたになったフランシスカがベッドに突っ伏している。魔王は部屋にある棚の扉を無意味に開いたり閉じたりしていた。
(なんか、もっと気の利いた事を言えばよかったかな…)
ヴィクターは今更ながら、先ほどのファスベンダーとの受け答えに不安を覚えた。ヴィクターにはファスベンダーが悩みや葛藤を抱えていることを理解はしたが、それを言葉で解決できるほど人生経験を積んでいないことも理解していた。彼の基本的な処世術は他人とあまり深く関わらないことであった。
しかし、そう考えると…フランシスカという少女の人生に深く関わってしまったこととの矛盾に、眠るまでの間だけ頭を悩ませるのであった。




