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セックスに一番近い男  作者: IK_N
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ファスベンダー城への神々の入城①

結局のところ、ウィーバー伯爵が言っていた「繊工のアーネスト」はフランシスカ達が探しているアーネストとは別人だった。そうして4人はファスベンダー元伯爵が現在住んでいると噂されるワグナーの街へ馬車を進めている。


空には雲が薄く伸びている。時折鳥のさえずりが聞こえるが、その姿は見えない。街道のわきには田園地帯が広がっていて、なんとものどかな風情である。だが、ヴィクターにはその景色を楽しんでいる余裕は一切なかった。なぜなら彼は極度の緊張状態にあり、自らの指先と馬にすべての集中力を割いていたからである。


「ヴィクターさん。代わりますよ」

「……! わかりました。わかりました。少々お待ちください」


ヴィクターは……現在御者の任を負っていたのである。以前フランシスカから小言を聞いてから事あるごとにフランシスカやイヨに師事を乞い、ついに馬を操る術を手に入れたのだ。


「ふぅ~~~~~~~~~~」

「あの、ヴィクターさん、大丈夫ですか?」

「はい!大丈夫です」


イヨの問いかけに対して、逆に不安になるくらい元気な声でヴィクターは切り返す。実際、ヴィクターは交代のために馬車を止めようと四苦八苦していた。


「よし、止まった!」

「はあ…」


ヴィクターの必死さに若干引き気味にイヨが言葉を変えす。手綱を今度はイヨが握ると、ヴィクターとは比べ物にならないほどスムーズに馬車は動き始めた。


「はぁ~~~~~~~~~~」


御者の重圧から解放され、安堵のため息とともに荷台に体を滑り込ませる。そんなヴィクターの姿をフランシスカは呆れたようにジト目で見ていた。


(いやー緊張した。自動車教習で初めて公道出たとき思い出したな…。そういやそろそろ免許更新の時期じゃなかったか)


とはいえ、そんなことはもう気にする必要もないだろう。この世界で自動車が生まれるまで数百年はかかるだろうし、魔法というはるかに便利なものがある以上、自動車のような乗り物が生まれること自体がないのかもしれない。


「まともとは言えないけど、御者できるのが一人増えてくれたおかげでだいぶ楽はできそうね」

「それはよかった」


今まではイヨとフランシスカで代わる代わるやっていたのが、3人になる。フランシスカの負荷も減らすことができるだろう。

と、そんなことをヴィクターが考えていた時だった。


「…あら?」


動き始めたばかりだった馬車が、だんだんと速度を落とし、ついには止まってしまった。不思議に思ったフランシスカが、座席のイヨに声をかける。


「イヨ、どうかした?」

「すみません。どちらか御者を代わってください」

「それはいいけど…」

「緊急招集がかかりました。これからエトランゼに戻ります」


イヨの言葉に、フランシスカは目を見開いた。


「ええ、わかったわ」

「失礼します」


フランシスカに手綱を渡すと、イヨの姿は一瞬でかき消えた。その場にはフランシスカとヴィクター、そして魔王だけが残される。


「……妙ね」

「ええ、団長さんが来ませんね」


いつもはヴィクターの監視のためにイヨと入れ替わりに団長が来るはずだが、それが来なかった。先ほどイヨが言っていた「緊急招集」もフランシスカの胸に一抹の不安を生んだ。


「イヨが緊急招集されるなんて、相当な大事よ。しかも代わりも来ない。特別魔法騎士団を総動員しなきゃいけない事態ってことなの…?」


フランシスカはしばらく考え、今考えても詮無いことだと諦めた。


「とにかく私たちはワグナーの街に行きましょう」


ヴィクターも同意し、再び馬車は動き始めた。



イヨは小部屋の椅子に座り、皇帝が来るのを待っていた。その表情はいつもの厳しい顔を張り付かせていたが、胸中は不安で渦巻いていた。


(緊急招集なんて初めて…なにか、私不手際を…?)


今までの自分の行動を思い返しても、思い当たる節はない。イヨは冷静ではいられなくなっていた。そんな状態だったから、緊急招集が単なる個人の不手際程度でされるものではないことにも頭が回っていなかった。

そんな中、ついに皇帝が部屋の中へと入ってきた。傍らには団長の姿もある。イヨは椅子から立ち上がり、姿勢を正した。


「イヨ、座ってよろしい」

「はい!」


若干上ずった声で返事をし、体を椅子へと沈みこませた。イヨは、皇帝の次の言葉に全神経を集中させる。


「2点話すことがある。まず1点、お前をヴィクター監視の任から解く」

「はい!」


イヨは理由を聞かなかった。聞いても皇帝の決定は変わらないし、もし理由を聞かせる必要があるならば説明をするだろうからである。


「お前からの前回の報告を受けて、ヴィクターはこの帝国の脅威にはなり得ないと判断した。また、魔法騎士団になることもないだろう」

「わかりました」


前回の報告とはマリアの出産とその後のヴィクターとのやり取りに関するものだった。皇帝はヴィクターをこの帝国の法に則ろうとする意志のあるものだと判断した。そして、イヨもその判断に異論はなかった。


「もう1点だが」


イヨは、空気が少し重くなるのを感じた。


「お前に事件の調査をしてもらう」

「事件……ですか?」

「今朝、特別魔法騎士団が2名殺害された」

「な…」


全く予想していなかった発言にイヨは驚愕の声を上げた。特別魔法騎士団はソレイユ帝国の最高戦力、それが2名も"殺された"というのである。


「その2名は以前お前から送られてきた化け物を解剖する直前に殺されたようだ。化け物の死体は消えていた」

「……」


イヨはあの洞窟であった人間の出来損ないのような化け物を思い出していた。誰かが化け物の調査をしていた魔法騎士団を殺し、死体を奪った。理由は不明だが、帝国にあだなす存在であることは明確だった。


「現場は第13施設だ。自由に調査してよい。犯人を見つけ出し、殺せ」

「はい!」


帝国は、法を踏みにじるものを決して許容しない。「殺せ」と命令されてイヨが承った時点で、犯人の死は決定的になったのだ。



「ヴィクター」


荷台で魔法の練習を行っていたヴィクターは、フランシスカに呼ばれて座席に顔を出した。


「どうしました?」

「後ろを確認してくれない?なんだかさっきから馬車が一台くっついて来てる気がするのよ」


荷台の後ろを少し開けてみると、確かに馬車が一台少し離れてついて来ていた。


「確かにいますね」

「…なんだか嫌な予感がするわね」


盗賊団のたぐいか何かかとヴィクターは考えたが、向こうから何もしてこない以上、ただの勘違いかもしれない。だが、しばらくしてその予想は的中することになる。

ちょうど道が十字に交わる箇所で、別の馬車がヴィクターたちの行く手を阻むように止まったのである。


「……」


フランシスカは半ばあきらめた表情で馬車を停止させた。ヴィクターはフランシスカの盾になろうと、座席に向かう。


「なんじゃ?到着か~?」

「いえ、ちょっと休憩するので魔王様は荷台で休んでいてください」

「人間はすぐ休憩が必要じゃな~」


魔王を適当にあしらってヴィクターはフランシスカとともに馬車を降りた。相手はすでに武器で武装して馬車の周りを取り囲んでいる。


「おとなしくしてりゃ、命までは取らないぜ……へへっ」


盗賊のリーダーらしき人物が下卑た笑いを浮かべるのを見て、ヴィクターは驚愕した。


(すげえ。このテンプレみたいなセリフと表情、生で初めて見たな)


「残念だけど、あんたらにあげるものなんて一つもないわよ」


フランシスカのセリフを聞いて、盗賊団の面々は一斉に笑い出す。ヴィクターは前方と後方にいる盗賊団を確認し、最後に横にいるフランシスカの表情を覗いた。フランシスカは盗賊たちを鋭く見つめている。


(なんだかね…)


ヴィクターはこの茶番をさっさと終わらせようと一歩前に出ようとしたが…それをフランシスカの手に阻まれた。


「フランシスカさん?」

「…私にやらせてくれない?」


2人の目が合う。フランシスカの瞳の中に意地と決意を捉えたヴィクターは素直に任せることにした。


(まあ、万が一の時は俺が何とかすればいいしな。もっとも…)


「本当に高価なものなんて何も持ってないのよ。お互い損するだけよ」


(万が一よりもはるかに可能性は低いだろうが…)


盗賊団はまた馬鹿笑いを始めた。人生楽しそうである。


「お嬢ちゃん、どうやら自分の価値ってもんがさっぱりわかってないみたいだねぇ。これからたっぷり教育してやるよ」

「あんたたちもしかして…」


フランシスカが言い終わる前に、前後の盗賊団が一斉に2人に襲い掛かってきた。後方の数人は魔法を使おうとするそぶりも見せている。


バチッ


短い炸裂音の後、魔法を使おうとしていた後方の盗賊がばたりと倒れた。


「なぁ!?」


2人向かっていたはずの他の盗賊は、途中から身動き一つ取れずに体をプルプルと震わせている。


「な、なんだこれは!?体が…」


バチッ


盗賊が言い終わる前に、また短い炸裂音。前衛の2人が倒れた。


バチッ、バチッ、バチッ


炸裂音がなるたびに、盗賊がまた一人また一人と倒れていきついにその場に立っているのはフランシスカとヴィクターの2人になってしまった。


「…ふぅ」


全員倒れたのを確認し、フランシスカは息をついた。


「ふんっ!」


どんなもんよ、とでも言いたげにフランシスカはヴィクターに振り向いて胸を張る。


(ドヤ顔可愛い~~~)


表情には微笑みだけを浮かべて、心の中で気持ちの悪い満面の笑みを浮かべる。たまらなく愛おしい。もし何の制約もなければ今すぐフランシスカを抱きしめて頬ずりをしたいとヴィクターは思った。


「お見事でした」

「私だっていつまでもあんたに守られてばっかじゃないってことよ」


盗賊団を倒したのはすべてフランシスカの魔法によるものだった。イヨと一緒に魔法の訓練をした結果、自分に合った特性の魔法やその発動スピードと威力の底上げを実現していた。先ほどの魔法はフランシスカの得意な魔法の一つである雷系を使ったものだった。雷系は相手をショックで気絶させたり、体の動きを奪うことに優れた魔法になる。


ヴィクターが素直にフランシスカに対応を譲ったのも、これが理由の一つだった。戦う前にざっと相手を眺めたが、束になってもフランシスカには勝てないだろうと確信できるだけの実力差があったのである。フランシスカはヴィクターと初めてあった時とは比べ物にならないほど強くなっていた。


「ところで、さっきこいつらが言ってたこと覚えてる?」

「え、なんですか?」

「あんたね…」


盗賊たちを縛り上げながら、2人は会話を進める。


「"自分の価値が分かってない"、とかそんなこと言ってたでしょ」

「ああ、そういえば」

「多分だけど、あいつら積み荷を狙ってたんじゃなくて私たち自身を狙ってたんじゃないかしら」

「え?」

「あいつらの馬車の中身、確認する必要がありそうね」


盗賊への対処が終わった後、ヴィクターは馬車の荷台を確認した。そこには、フランシスカが睨んでいた通りの光景が広がっていた。


「これは…」

「人身売買ね」


荷台の中には鎖でつながれた老若男女が怯えた表情でヴィクターたちを見つめていた。盗賊ではないとわかると一斉に助けてくれ、と声を上げてヴィクターに手を伸ばしてくる。


「人身売買や奴隷はとっくの昔に法で禁じられているけど、隠れてやってるやつらもいるのよ」

「なるほど」


ヴィクターは居たたまれない気持ちになった。それと同時に奴隷がこの世界ではすでに違法であることに落胆した。


(もし奴隷が合法だったら、買ってみたかったなぁ。一人くらい好き勝手嬲れる可愛い女の子が欲しいよ)


奴隷の女の子がいたら何をして遊ぼうかと妄想を膨らませている間に、フランシスカは人々の鎖を外そうと荷台へと入っていった。


「ちょっと。ヴィクターも手伝ってよ」

「あ、はい。すみません」


手伝おうと荷台の中に入ろうとしたとき、ヴィクターは違和感を覚えて後ろを振り返った。

そこには、眩い金髪を靡かせた一人の優男が立っていた。

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