怪物②
「は、え…?」
フランシスカは自分の聞いたことが信じられない、といった表情をしていた。当然だろう。
「私はあなたとセックスがしたいです」
なおも太郎は、フランシスカに対して性交渉の要求を行う。
「もちろん、断った場合は農民の皆さんに味方するつもりです」
「そんな!?」
彼女にとっては全く理不尽な要求であったが、この状況では選択肢は決まっているようなものであった。もちろん、太郎はそのことをはっきりと自覚して、彼女を追いつめているわけである。
(今、どんな顔してるんだろうなフランシスカちゃん。こんな状況じゃなかったら顔が見たかった)
太郎は、少女の体を痛めつけるのも、心を痛めつけるのも好きだった。
彼女の、おそらくは苦悩に満ちた表情を想像するだけで、太郎は充足感を得ていた。
しばらく、太郎も、農民も、フランシスカも沈黙していた。そうしてみると、部屋の外がかなり騒々しいのわかる。城に攻め入ったのはここにいる3人だけではない、この領地の多くの農民はこの一揆に参加していたのだ。
「分かったわ」
フランシスカは、後ろを向いている太郎をキッと睨みつけて叫んだ。
「セックスでもなんでもしてあげるから、私を助けて!」
「その言葉が聞きたかった」
言葉が終わる前に、鎌男と斧男は部屋の両端に殴り飛ばされていた。
「なっ!?」
「そういうことなんで、申し訳ないけど彼女に付きます」
太郎はスタスタとクワ男に近づく。クワ男は攻撃するためにクワを振り上げるが、その前に拳が顔面に炸裂していた。
◇
「終わりました」
太郎は振り向いて、フランシスカの顔を見た。フランシスカは自分の目の前で起きたことをまだ把握できていないのか、呆けていた。
「えーっと、フランシスカさん?」
「…!あんた、何者なの?」
「ええっと」
何者か、という問いに太郎はどう答えるべきなのだろうか。名前を言ったところで意味はない、別の世界から来た、など信じられるわけもない。おまけに彼はその大きな力がいったいなぜ身に備わっているかも知らないのだ。
「すみません。自分でもなんでここにいるのか分からなくて」
「はあ?どういうことよ…」
太郎の回答にフランシスカも困惑してしまう。しかし、しばらく考えた後、彼女はしゃべり始める。
「とにかく、助けてくれてありがとう。私はフランシスカ・シェリー、あなたは?」
「私は…あれ?」
太郎はその時、重大な事実に気が付いた。
(俺の名前って何だっけ…?)
名前。「田中太郎」という彼自身の名前を、彼は忘れていた。元の世界がどんな世界か、どのような生活をしていたか…それらは明確に思い出すことができる。だが、自分の名前の記憶を掴み取ることがどうしてもできなかった。
「忘れてしまいました…」
「へ」
フランシスカはすっとんきょうな声を上げた。名前が無い、ならともかく名前を忘れた人に出会ったのは初めてのことだった。
「あの、なんかいい名前ありますかね?」
「え!?私が名前を付けるの?」
「もしご迷惑でなければ…」
「え、えっと…」
太郎がフランシスカに名前を要求したのは、なぜかそうした方がいいと感じたためだった。また同時に、フランシスカも彼に名前を付けた方がいい、と感じていた。
「ヴィクター」
「ヴィクター?」
「そう、それがあなたの名前。どうかしら?」
「ありがとうございます!じゃあ私はこれからヴィクターということで」
ヴィクター、それはフランシスカが以前飼っていた犬の名前であったが、彼女はそれを黙っておくことにした。
「ヴィクター、あんたどこから私の部屋に入ってきたの?突然現れたように見えたけど、魔法使いなの?」
「え!魔法!?魔法があるんですか!」
「え、ええ…あなた本当にどこから来たの?」
太郎――いや、もうこの名前は使うのはやめにしよう――ヴィクターは、「魔法」という言葉に色めきたった。ファンタジー世界では当然のようにある魔法だが、フランシスカの言葉を聞いているとこの世界にもあるらしい。
(うひゃあ、俺も魔法とか使えるのかなぁ。ドラグス○イブとか撃ってみたいなぁ)
ふと、彼はある考えに捕らわれた。
(…洗脳魔法とかあったりするのかな?そういうのも好きなんだよね~。フランシスカちゃん気が強そうだけど、そんな子を洗脳して挿入している最中に洗脳解いたりしたいな)
「あんた何考えてるの?」
「え!あ、すみません、ちょっとトリップしちゃって」
「なんかものすごく気持ち悪い顔してたけど…」
「気のせいですよ」
気を取り直して、ヴィクターは自分のことを語り始めた。
「私はこのあたりに住んでいるものじゃありません。なぜここにいたのかは私自身わかっていなくて…」
彼なりに正直に答えたつもりであるが、怪しさ炸裂な内容である。しかし、フランシスカも今の立場上、そこに深入りはできなかった。
「まあとにかく。今は私を助けて。こいつらの言葉が本当か確かめないと」
「承知しました。どこに行けば?」
「正門。部屋から出た後、正門から農民たちが押し寄せてきたのが見えたから」
一拍おいて、フランシスカは言葉を続ける。
「出かける準備をしていたから跳ね橋を降ろしてたの、馬車もそこに準備していたはずだから…」
「わかりました」
◇
ヴィクターとフランシスカが簡単に着替えを済ませ正門に辿り着いたとき、そこには殺戮と略奪が跋扈していた。
「うわっ」
「きゃあああああっ!」
その光景にヴィクターはたじろぎ、フランシスカは悲鳴を上げた。
「お父様、お母様…」
フランシスカが視線の先にあったもの、それは両親の首…それも驚愕と恐怖に歪んだ首であった。
身体の方は農民たちに装飾品をむしり取られた後、その他の使用人たちと一緒に打ち捨てられていた。
中には甲冑を着こんだ死体もあった。おそらくそれが農民の言っていた騎士なのだ。
「フランシスカだ」
略奪品をまとめていた農民の一人が2人に気づいた。他の仲間たちにも命じて、包囲網を作っていく。
(そんな包囲網作ったって、あんたらの力じゃ絶対俺には勝てないけどね)
だが、フランシスカは別である。彼女を四方の攻撃から守ろうとすると、多少面倒ではあった。
「ランベールたちはどうした」
「生きてますよ。殴ったから今は気絶してますが」
おそらく先ほどの3人組のことだと思って、農民の言葉に答える。その言葉を聞いた途端、農民達は自分の武器――武器と言ってもクワや鎌、熊手などの農具だったが――を一斉に構えた。
「貴様は何者だ、騎士か?」
「騎士ではないです。でも、この子の味方です」
「そうか…悪いが、領主の味方だというのなら死んでもらう」
リーダーっぽい男が話を切り上げると同時に、周りを囲んでいた男たちが一斉に襲い掛かってくる。
パンッ!
何かが爆ぜる音が聞こえた次の瞬間には、その男たちは全員地面に突っ伏していた。
「なぁ!?」
目の前で起きたことをリーダー風の男は驚愕の表情で見つめる。
「一発づつ殴っておきました。気絶しているだけなので、安心してください」
「貴様ああああああああああっ!」
熊手を振りかぶるリーダー風の男の懐に一瞬で入り込んだヴィクターは、そのまま顔面に拳を入れて吹き飛ばす。
「が…あ…」
30人ほどいた農民たちは、あっという間に全滅してしまった。
「終わりました。次は…」
どうしますか、と言いかけてヴィクターは口をつぐんだ。フランシスカは父親と母親の生首を見ながら、涙を流していた。
(両親、死んじゃったんだもんな…なんて声かければいいのか分からん…)
ヴィクターがあたふたしていると、そこに聞き覚えのない声が響いた。
「おどろいた。まさか全滅とはな」
「なに!?」
突然後ろから聞こえた声に、ヴィクターは慌てて飛びのいた。
そこにいたのは初老の男…黒いローブを着ており、いかにも「魔法使い」といった出で立ちだ。
「誰だお前は…?」
「死ね」
ヴィクターの問いかけを完全に無視して、男は小さくつぶやいた。次の瞬間、ヴィクターの足元から猛烈な勢いの炎が突如として生まれ、彼を完全に飲み込んでしまった。
「ヴィクター!?」
我に返ったフランシスカが叫ぶが、返事がない。
「死んだよ。次は君だ。愚かな両親の元に生まれたことを恨め」
男はすっと自分の手をフランシスカに伸ばす。
「さようなら」
ヴィクターの時と同様に、一瞬でフランシスカも炎に包まれる。その様子を見て男はひとり呟いた。
「終わったな」
「まだ何も終わってませんよ」
「なに!?」
今度は魔法使いの男が驚く番だった。声の聞こえた方に振り返ると、そこにはフランシスカと…全裸のヴィクターがいた。
「あんた生きてたの!?」
「はい。でもすみません。服燃えちゃいました」
「それは別にいいけど…」
ヴィクターは改めて魔法使いの男に向き直る。
「あなたは何者ですか?農民には…とても見えませんが」
この世界ではこういう農民もいるかもしれない、という考えを彼は頭から振り払った。そんなことを考えても意味ないことだ。
「貴様ら領主の犬どもに名乗る名はない」
魔法使いの男は再び手をヴィクターに伸ばし…いや、伸ばせなかった。
「ぎゃあああああああああああああああっ!?」
突然襲ってきた激痛に魔法使いの男は叫びながら地面を転がる。魔法が発動する前に、ヴィクターが距離を詰めて腕を折ったのだ。その一連の動きに、魔法使いはまったく反応できなかった。
(この世界の魔法、詠唱とかなく突然発動するのか?守りにくいったらありゃしないぞ)
「あああああああっ!」
男はまだ叫び続けている。
(でも腕折るのはやりすぎだったかな。なんかあの腕が魔法のトリガーになってそうだったんだけど、関係なかったかも…)
痛々しい叫び声に若干後悔の念が生まれてくるヴィクターだったが、その叫び声が次第に小さくなっているのに気付いた。
「ふっ、ふっ、ふう…」
「嘘だろ…」
魔法使いは立ち上がった。その腕には折れたときのダメージが無くなっていた。
「か、回復魔法…!」
「珍しいんですか?」
「珍しいわよ!よほどの都市じゃないとお目にかかれない…第一魔法騎士団クラスってことよ」
残念ながら、ヴィクターには「第一魔法騎士団」が何なのか分からなかった。とにかく目の前の魔法使いは強いやつなのだということだけは理解した。
「もう許さん。我が最大の魔法をもってご退場願おう」
魔法使いは、自分の両手を合わせて祈るようなポーズをした。ヴィクターは魔法を発動する前に叩こうと、一気に距離を詰めて顔面にパンチを見舞う。だが…その拳は虚しく空を切った。
「これは…?」
魔法使いの男は、幻覚魔法を使ってヴィクターに位置を誤認させていた。そして、ヴィクターの耳に、どこからともなく声が届く。
『マガツヒ』
ドンッ!という音と共に、ヴィクターの体に圧力がかかる。それと同時に体中を包む黒い光…もし彼が城の外からこの魔法を眺めることができていれば、はるか天空に向かって伸びる黒い光の柱を目撃することだろう。
魔法使いの必殺技『マガツヒ』はその黒い光に触れたすべての生き物を絶命させる、恐るべき魔法であった。並の魔法防御なら簡単に貫くほどの威力を持つ、死の宣告。
「終わったな」
「だからまだ何も終わってませんって」
「なあっ!?」
再び魔法使いは驚愕に目を見開くことになった。黒い光が消え去った後…ヴィクターは平然とその場に立っていた。もちろん全裸のままだった。
「貴様ッ!貴様はいったい何者なのだ!?」
(それがわかってれば俺も苦労しないね…)
ヴィクターは心の中でつぶやく…と同時に正門前に詰まれていた死体の山の方へ詰め寄った。
「ここだ」
傍目には何もない空間をヴィクターは殴る。その拳にはたしかに手ごたえがあった。
「ごあっ…」
うめき声がして、その場所から魔法使いが現われ、地面へと倒れ込んだ。
(なんとなく位置が分かった気がしたから殴ってみたら…ドンピシャだったな)
戦いを終えたヴィクターが周りを見てみると、茫然自失しているフランシスカ以外は、全員死んでいるか気絶しているような惨状だった。
(はあ、これからどうなってしまうんだろうか?)
とりあえずこの戦いは勝った…だが、この先この世界で生きていくために自分がした選択は正しかったのか、ヴィクターにはまだ判断が付かなかった。
(少なくとも今は、フランシスカちゃんのそばにいた方がいいだろう)
そう考えると、ヴィクターはフランシスカの方へ歩き始めるのであった。全裸のままで。




