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セックスに一番近い男  作者: IK_N
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カサンドラの神話③

洞窟のことをシンに話したが、岩でふさがれていたことも中にいた魔獣のことも知らないようだった。


「あの洞窟について、あなたたち以外にも知っている人はいるんですか?」

「うーん、他の遊牧民も知っているかも知れないけど…あとは領主様くらいかな」

「ここの領主っていうと」

「ファスベンダー伯爵…あ、いや1年前に変わったんだった。今はウィーバー伯爵だ」

「そう…ありがとうございます」


シンと会話したフランシスカは、胸中にしこりを残しながらも遊牧民の儀式へとその関心を移していった。


儀式自体は非常に単純なものだった。コンロンの丘にある小さな洞穴に一族の女性が入り、1日かけて一族の繁栄を祈る。それ以外の者は1日経ったら終了を知らせるために洞穴の前で歌や踊り、楽器の演奏などを行うという。今回祈祷をするのはスズの役割だった。


「1日ずっと洞穴の中って、食事とかは?」

「必要な分の馬乳酒を一緒に持っていきます。儀式中に口にできるのはこれだけです」

「とってきた黒曜石は何に使うの?」

「これはお祈りの最中にずっと持っていなくてはならないので、そのためです」


そういうと、スズはフランシスカにこの儀式の始まりについて語りだした。はるか昔、遊牧民の中にある特別な女性がいたという。その女性は未来を見通す不思議な力を持っていて、遊牧民の危機をたびたび救ってきた。だが、その彼女が能力を封じて1日休息する日があった。


その時はコンロンの丘の洞穴に馬乳酒と黒曜石をもって引きこもるのだという。洞穴の中だと時間の経過がわからないから、他の者に外で音を鳴らして教えてほしいと頼んだのが、この儀式の始まりのようだ。


「未来を見通す力…」

「はい。そういう祝福だったのだろうと、今では言われています」

「なるほどね」


もろもろの準備を整えた後、スズは洞穴の中に入っていった。そこからの1日はスズがいないという以外は普通に過ぎていく。夜は保存用の干し肉をシン達からもらった。代わりに、とフランシスカはパンや豆をあげていた。


「そういえば、パンを食べるのは久々だ」


シンはそういいながらパンをほおばる。定住しない遊牧民にとって農耕する必要のある小麦を使った料理は縁遠いものだった。


翌日になるとシンやキムが儀式用の楽器をゲルの中から出し始める。楽器は太鼓のようなものや琵琶のようなもの、縦笛などがあった。スズが洞穴に入った時と同じ位置に太陽が差し掛かった時、歌と演奏が始まった。


それは、ヴィクターが慣れ親しんだ音楽…西洋的なものや日本的なものとは少し違ったリズムをしていた。最初は若干違和感があったものの、次第に耳がなれてくる。フランシスカの方を見ると、他の女性たちに教えてもらって琵琶のような楽器を弾こうと悪戦苦闘していた。


歌と演奏は、スズが洞穴から出てきた後も彼女を加えてしばらく続くのだった。



この日もヴィクターたちはシンたちの家族と夕食を共にした。儀式のあった日だったからか、いつもとは違う料理なども出ていた。羊の乳で作ったチーズや、ヨーグルトらしきものまである。せっかくだからと、フランシスカはダルを作ってみんなに振舞っていた。


宴が終わって馬車に戻ると、フランシスカは一心不乱に書き物を始めた。今日見たことや話したことを記録しようとしているのだ。そのフランシスカの姿を眺めていると、馬車の外からヴィクターを呼ぶ声がした。外に出るとそこには容器を持ったキムが立っていた。


「やあ。せっかくだ。こいつもみんなで飲んでみてくれ」

「これは…?」


ヴィクターは容器の中身を見る。一見、いつもの馬乳酒のように見えた。


「馬乳酒を蒸留したやつだよ。俺はこっちの方が好みなんだ」

「そうなんですね。わざわざありがとうございます」


キムはこちらに手を振りながらゲルに帰って行った。


「みなさん、これキムさんからです。馬乳酒を蒸留したとかで」

「へえ…」


最初に反応したのはイヨだった。フランシスカも書き物をやめてヴィクターの方に目をやる。


「せっかくなのでみんなで飲みましょう」


ヴィクターは、酒というものに詳しくなかった。蒸留酒というものがどのような酒で、基本的にはアルコールが高くなることも知らなかった。


イヨが器を配り、ヴィクターがそこにそれを注いでいく。


「それじゃあ、いただきましょうか」

「ええ」


ヴィクターはそのお酒を、馬乳酒と同じ程度だろうと考えて普通に飲んだ。


(うっ……!?)


途中まで傾けていたお椀を、すぐに水平に戻す。


(え、これ予想外にアルコール強いんだけど)


ヴィクターの頭の中で警戒音が鳴り響く。それは端的に、過去の経験上「多く飲みすぎると吐くぞ」という警告だった。


(一杯だけ飲んで、それで終わりにしよう…)


ヴィクターはそう心に決めて、残りのお酒を呑み始める。こんな強くてフランシスカ達は大丈夫なのかと思ったが


「へえ、普通の馬乳酒よりも好みかも」

「たしかに、美味しいですね」

「ほ~!なるほど、違いがわからん!」


皆、楽しそうにお酒を飲んでいた。


(あれ、酒苦手なの俺だけなのか?)


一抹の寂しさを感じながら、ヴィクターははしゃぐ女の子たちを眺めていた。



「あははははははははははははははは!!」


馬車の中はとんでもない馬鹿笑いで満ちていた。


「あはははははは!ヴィクターさん背中ひろーい!」


大声で笑いながらヴィクターの背中をガンガン叩いているのはイヨだった。イヨは完全に酔っていた。ヴィクターはイヨをどうすることもできず、ただされるがままになっていた。


「腕ふとーい!何食べたらこんなになるんですか!教えてください!団長に食べさせるので!」

「イヨさん。そろそろ寝た方がいいですよ」


今度は腕にまとわりついてくるイヨに対して、ヴィクターはやんわりと眠るようにすすめた。


「あはははははは!足もふとーい!」


イヨは全く聞いておらず、今度はヴィクターの足をバンバンたたき始める。


(どうしたもんだか…)


ヴィクターは酔っ払いの対処方法を一つしか知らなかった。すなわち、暴風が去るのを待つように身を縮めて耐え忍ぶのだ。


「ヴィクターさんって、けっこうカッコいいですよね」

「え」


イヨが急に顔を覗き込んでくる。その表情はいつものイヨと変わらないように見えた。顔が真っ赤であること以外は。


「まあ、団長の方がもっとカッコいいんですけどね!あはははははは!」


再び大笑い。そして、笑いながらイヨは馬車の外に出ていこうとする。


「イヨさん?どちらに?」


ヴィクターの問いかけに、イヨは振り向いて答えた。


「おしっこしてきます!」

「あ、はい」


ヴィクターはただ馬車を出ていくイヨを見守ることしかできなかった。フランシスカの方はというと酔うと眠くなるタイプのようで、魔王の膝枕の上で静かな寝息を立てていた。魔王も眠っているフランシスカの頭を優しくなでている。


(そういえば、いつも先に眠っているからフランシスカちゃんの寝顔って新鮮だな)


ヴィクターは、この機会を堪能すべくフランシスカの寝顔を凝視する。白く、やわらかな寝顔だった。胸は静かに上下して、その瞬間の彼女にはなんの重みもないかのようだ。


(今の俺じゃなく、以前の俺が抱きしめても折れちゃいそうだな。腕の中で必死にもがくフランシスカちゃんも、それはそれで見てみたいな…)


いつものようにそんなことを考えていると、イヨが馬車の中に戻ってくる。イヨは馬車の入口あたりで突っ立って、じっとフランシスカの方を見つめた。


「魔王さーん!私の頭もなでてくださいー!」


イヨの酔いは全くさめていなかった。魔王の方に突進していき、その体に抱き着く。


「おお、イヨは意外と甘えんぼなんじゃな」


そう言うと、魔王はイヨの頭を撫でてやる。それに満足したのかイヨは魔王に抱き着いたままウトウトし始めていた。


(俺も、そろそろ寝るか)


ようやくすべてが落ち着いた。たまにはかわいい女の子たちの寝息を子守唄にまどろむのも、悪くはないだろう。



翌日は快晴だった。


儀式が終わったらすぐに移動を開始するようで、シンたちはその準備のためにゲルを片付けていた。ヴィクターも来た時と同じようにそれを手伝った。そうしていると、突然後ろからイヨに声をかけられた。


「あの、ヴィクターさん」

「はい?」

「昨日は、その…申し訳ありませんでした」

「ああ、気にしなくてもいいですよ」


イヨの顔は少し朱に染まっていた。


(まあ恥ずかしいだろうな。思いっきりキャラ変わってたし…あとイヨちゃんの口から「おしっこ」なんて単語を聞けたのは得難い経験だった)


ヴィクターは心の中で自分の声に首肯した。イヨはそんなヴィクターの胸中など知る由もなく、ただ「この埋め合わせは必ずします」とだけ言ってその場を立ち去った。


手伝いが終わった後、ヴィクターは馬車に戻った。そこでは、相変わらずフランシスカが羊皮紙に向き合っている。だが、どうやら筆は止まっているようだった。


「ヴィクター。私たちも出発よ」

「ええ、シンさんたちと一緒に…」

「違うわ」


フランシスカは頭を上げて、ヴィクターを見つめた。


「ウィーバー伯爵に会いに行くの」

「ウィーバー…ここの領主の?」

「ええ。イヨちゃんから聞いたわ。第一魔法騎士団所属のウィーバー伯爵。確かに、1年前にこの遊牧民が住む一帯を含めた領主になってるわ」

「あの洞窟のことについて聞きに行くんですか?」

「そうよ」


フランシスカは話しながら羊皮紙や羽ペンを片付け始める。


「洞窟の入口がふさがっていたのは明らかにあの魔獣を外に出さないためだった。なぜあんなものがいたのか、それが知りたいの」

「…なぜです?」

「……いけないな気がする」

「いけない?」

「ええ」


フランシスカは、ヴィクターの目を真っ直ぐに見つめて答える。


「あの生き物はこの世に居てはいけない気がする。決して」


ヴィクターは、フランシスカの意見におおむね同意だった。何だろうか、あの魔獣は今まで見てきたミノタウルスやアラネアとは根本的に「起源」が異なっている気がする。あれを放置しておくと危機的な状態に陥る…そんな感覚がヴィクターにもあった。


「わかりました。準備します」

「ええ、ありがとう」


フランシスカはすっくと立ち上がり、馬車の入口に歩いていく。


「シンさんたちにも話してくるわ」

「あ、私も一緒にいきます」


ヴィクターもフランシスカと一緒にシン達に別れの挨拶をしに行った。たった数日の付き合いだったが、ほとんど家族のように接してくれた彼らに、ヴィクターは感謝の意を伝えた。


高原地帯の気候はひどく落差が激しい。気温の変化もそうだが、降水量もである。去年多く降った地域が、今年も多く降るとは限らない。家畜の食べられる草を求めて、遊牧民は移動をする。


空を見上げると、快晴だった空がすでに薄暗い雲に覆われていた。ヴィクターはその天候がこの先の旅の薄暗さを暗示しているように思えたのだった。

しばらく更新止まります。

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