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セックスに一番近い男  作者: IK_N
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花嫁①

アルブレヒトの一件から一夜明けたその日、フランシスカ達はコジモの街を出た。


「北に行きましょう。獣人たちに会ってみたいわ」


次のフランシスカの目的は獣人だった。獣人というのは北の草原地帯にすむ遊牧民で、今まで見てきた農耕中心の者たちとは違う生業と文化が形成されている。それをフランシスカは見てみたいというのだ。


フランシスカの意見に反対するものなどおらず、そのまま馬車に乗り込み旅路が始まった。食料などは、グリーグ伯爵が首都に行く前に渡したモデル代のお金で十分な量を買うことができた。


獣人たちの領域までは馬車で約2週間の長旅。必然的にいくつかの街で休息や食料調達が必要になってくる。フランシスカは途中にあるタルティーニの街を目指して、馬車を走らせることにした。


「イヨさん。音の視覚化もだいぶできるようになったのですが、次の段階ってなんでしょうか」

「そうですね…。本当は痛覚の視覚化になるんですが…」


そういいながら、イヨは人差し指と中指を伸ばし、そのままヴィクターの手首をたたいた。いわゆる、「しっぺ」だった。


(うわぁ)


はた目から見ると何でもない光景に見えたが、イヨの放ったしっぺは普通の人間の手首を切り落とすほどの威力があった。当然イヨはヴィクターならその程度で傷一つ付かないことを理解していたし、たとえ本当に切り落としてしまってもすぐに回復できる実力もあるのではあるが。


(ダメージ受けないとは言え、それなりの威力の攻撃するときは事前に言ってほしいな…)


ヴィクターは心の中でそう述懐するも、口には出さなかった。


「やっぱり、ヴィクターさんに痛みを感じさせるのは難しそうですね。一つ飛ばして匂いの視覚化を行いましょう」


そういうと、イヨはいつの間にか手に持っていた花をヴィクターに差し出した。


「なるほど、この花のにおいを作り出せるようになれってことですね」

「はい。これも2週間。うまくいけば獣人に会う前に終わりますね」


視覚、聴覚と続いて嗅覚についての訓練だったが、ヴィクターはこれにかなり苦戦した。イヨによると大体の人間はここで苦戦するらしい。鼻孔に意識を集中すると、くしゃみが出そうになって集中どころではなくなる。

どうやら時間がかかりそうだとヴィクターは覚悟を決めた。



ヴィクターが視覚化の訓練をやり初めてしばらく過ぎたころ、馬車がゆっくりとスピードを落とし始めて、ついに止まってしまった。


「フランシスカ、どうかしましたか」

「雨が降ってきたわ。しばらくここで雨宿りしましょう」

「そうですか、仕方ありませんね」


フランシスカとイヨのその会話に、ヴィクターは割り込んだ。


「すみません。雨が降ると馬車は動かせないものなんですか?」


フランシスカと一緒にシェリー伯爵の家を出たあの日も雨が降ってきたが、馬車を止めたような記憶はなかった。


フランシスカは驚いたような眼を向けると、「あんたが知ってるわけないか」と半ばあきらめた表情になり、説明をし始めた。


「この街道はダメよ。ここには霧の魔獣が出るから」

「霧の魔獣、ですか」

「ええ、霧の魔獣ケーニヒスベルク」


ケーニヒスベルクは、雨の強い日に現れる魔獣だった。道行く者たちに幻惑を見せて誤った場所に誘い、殺して食べるという肉食の魔獣。


なぜ雨の日にしか現れないかというと、こいつの幻惑魔法があまり強いものではなく、視界が悪い時にしかまともな効果が出ないからという説が一般的らしい。


「だから、この周辺では雨の日にはむやみに動いちゃいけないの」

「では、雨が止むまでこのままですか」

「そういうこと。魔王ちゃん、それ触っちゃダメ」

「ん?そうなのか?」


食料に手を伸ばそうとしていた魔王に、フランシスカの注意が飛んだ。


「こうやって立ち往生した時の定番は、みんなで怪奇譚を語り合うことなのよね」

「そうなんですか?」


ケーニヒスベルクのことを知っていたイヨも、これは初耳だったらしい。


「ええ、私も何度かやったことあるわ。ちょうどいいから私はケーニヒスベルクに関した話をしましょう!」


そうして唐突に薄暗い馬車の中での怪奇譚談義が始まったのである。



若人が、子供を連れて、歩みゆく。

雨にさらされ、風にさらされ。

若人が、振り向く先に、五人の子。


風が吹いて、若人が振り向くと、子供が一人減っている。

若人は涙を流した。その子はとてもやさしい子だったから。


風が吹いて、若人が振り向くと、子供が一人減っている。

若人は涙を流した。その子はとても勇気のある子だったから。


風が吹いて、若人が振り向くと、子供が一人減っている。

若人は涙を流した。その子はとても綺麗な子だったから。


風が吹いて、若人が振り向くと、子供が一人減っている。

若人は涙を流した。その子はとても寂しがりやだったから。


風が吹いて、若人が振り向くと、子供が一人減っている。

若人は涙を流した。その子はとても頑張りやだったから。


若人が、振り向く先に、五人の子。

雨にさらされ、風にさらされ。

若人が、子供とともに、並んでる。

若人が、微笑みながら、並んでる。



「…なんだか、怖い詩ですね」

「怪奇譚だもの。そりゃ怖いわよ」


イヨの言ったとおりの感想をヴィクターも持った。

おそらくは子供を連れた若人が自分も含めて全員ケーニヒスベルクという魔獣に食べられてしまったという話なのだろう。


「はい、じゃあ次はヴィクター。あなたよ」

「え!?私もですか?」

「そうよ、あなたの元居た世界の話でも構わないわよ」

「そんなに急に言われましても…」


急な無茶ぶりにうろたえたヴィクターだったが、ある一つの物語が頭に浮かんだ。


「では、私の世界での童話ですが…」


ヴィクターが話し始めた物語は「ハーメルンの笛吹き男」という話だった。


ネズミに困ったハーメルンの街は報酬と引き換えに笛吹き男に退治を依頼する。笛吹き男は見事にネズミを退治するのだが、ハーメルンの街の人々は約束の報酬を払わなかった。それに怒った笛吹き男はハーメルンの大人たちが教会に集まる時間に現れて、笛を吹いて子供たちを全員攫ってしまった。そんな話だ。


「なにそれ、なんかさっきの私の話に似てない?」

「ええ、フランシスカさんの話を聞いて似た話を思い出しただけなので…」

「つまんないわね」

「はあ」


そんなことを言われてもどうしようもない。ヴィクターは肩をすくめた。


「じゃあ次は魔王ちゃんね」

「お?」


突然呼ばれて、魔王が目を見開いた。


「魔王ちゃん、何かお話をしてくれない?わからなかったら、昔にあったことでもいいんだけど…」

「ん~」


そのやり取りを見て、ヴィクターとイヨはフランシスカの思惑に察しがついた。おそらくこの機会に魔王から何らかの情報を引き出そうとしているのだ。


「昔の話か~」


魔王は、見開いた黄金の瞳を誰にも、どこにも向けずにつぶやいた。


「そういえば、こんなことがあったぞ」

「うんうん!」


フランシスカは目を輝かせてうなずく。自然とヴィクターの目線も魔王の方へと向いていた。全く素性のわからないこの少女の昔話、興味がないと言えば、ウソになる。


「前臭い街にいたときに、お前が突然泣き始め」

「待って」

「ん?」

「その話はいいわ」


先ほどまでの目の輝きを完全に失って、フランシスカは魔王の語りを止めさせた。


「はい次!イヨちゃん!」

「私はあまりそういう話に詳しくないんですが…」


ごまかすようにフランシスカはイヨに話を振った。


(フランシスカちゃんが泣いてたって話なら、魔王様から聞いたから知ってるけどな…)


そうは思ったものの、ヴィクターは口に出すのはやめておいた。続いたイヨの話は怪奇譚とは全く違って、ある魔法騎士団の活躍の話であった。


外の雨はますますひどくなるばかりで、一向に止む気配がしなかった。結局、今日のところはここで寝泊まりすることになった。ヴィクターはいつものように、3人よりも先に床に就く。


激しい雨音が、静かにヴィクターを眠りへと誘っていった。



灰色の屋根を見ながら、フランシスカは考え事をしていた。


実は、立ち往生したときに怪奇譚談話をするというのは、フランシスカのウソだった。ウソをついた理由の一つは魔王の物語から何か情報を得られるかも、という考えからだったが、空振りに終わってしまった。


だが、もう一つの理由。ヴィクターの素性を探ることについては、成功したと言っていいだろう。


(「ハーメルンの笛吹き男」か…)


この世界に「ハーメルン」などという名前の街は、フランシスカが知る限りなかった。また、似たような流れの物語にも心当たりがなかった。ヴィクターがすらすらと話していたから、即興で作ったものとは思えない。


(やっぱり、あいつは別の世界から来たってこと? どうやって、その世界から移動してきたの?)


雨の音が、相変わらず馬車を包んでいる。


(その方法を知れば、私もその世界に行けるの?)


「眠れませんか?」


突然声をかけられたフランシスカは、飛び起きてイヨに向き直った。


「ううん、ちょっと考え事をしてただけ…」

「コジモでのことですか?」

「…ええ、そうね。それもあるわね」


フランシスカは今まで考えていたことをごまかした。そして、コジモの話題が出たことで、1つイヨにお願いしたいことがあったことを思い出したのだった。


「ねえ、イヨちゃん。あなたヴィクターに魔法を教えようとしてるわよね」

「はい」

「それ、私にも教えてもらっていいかしら」

「フランシスカに?」

「ええ、コジモの件でよくわかったわ」


フランシスカは既に魔法は使える。だが、それは生活に必要なレベルのものでしかない。もしコジモの時のように危機に陥った時、自分で切り抜けられるだけの力が欲しいと彼女は思い始めていた。


「そうですね。確かに自分の身は自分で守れた方がいいでしょう。ちょうどヴィクターさんも魔法の訓練をしているのでその時に…」

「いえ、ヴィクターには知られたくないわ」


イヨの提案をフランシスカは断った。


「え?」

「その…なんか嫌なの、そういうの知られるのが」

「そう、ですか。わかりました。ではヴィクターさんが眠った後に短い時間でできるような訓練にしましょう」

「ええ、ありがとう」


フランシスカはその日から魔法の、特に攻撃魔法の習得を秘かに進めることにした。


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