怪物①
人が死んでからどうなるか、知っている人はいない。
完全なる消滅か、子供たちを横目で見ながら川を渡るか、ラッパが吹かれるまで眠っているのか…。
しかし、太郎の場合はそのどれにも当てはまらなかった。
(くそぉ…生まれ変わったら、可愛いロリでハーレム作って一日中セックスしまくる仕事に就きたい…………………………ん?)
太郎は自分の意識が回復していることに気が付いた。
身体の痛みはまったくない。あの状況から九死に一生を得たのか、と彼は考えたが何かがおかしいことに気が付き始めた。
(どこだここは…)
目の前にあるのはヨーロッパ風の装飾品…ベッド、テーブル、テーブルの上の奇妙な形の容器はおそらく水差しだろう。窓を見ると今が日中であることは分かったが、部屋自体は暗かった。窓が小さすぎるのだ。
(いったい何が…おおおおおおおおおッ!?)
自分の状況をどうにか把握しようとしていた、太郎は恐るべきことに気が付いた。
(おいおい、裸かよ…)
太郎は裸だった。しかも、よく見ると自分の体がいつもと違っていた。
(やけにがっしりしてるな)
若干ゆるくなっていたお腹まわりが引き締まっていて、さらには腹筋が割れていた。
腕も足も一回り太くなっていて、以前の面影が全くない。
(とにかく何か着ないとだめだな)
このままでは太郎は変質者確定である。身体を隠せるものがないかと太郎は振り返る。
そこには一人の少女がいた。
◇
少女は、ほぼ全裸だった。大事なところは手に持った洋服で前を隠してはいるが、その扇情的な体のラインは全く隠すことができていなかった。
(おいおい、裸かよ…)
しかも…ものすごく太郎の好みにドンピシャだった。
若干ウェーブがかった金髪!蒼い瞳!腕も足も細い!おまけに…太郎に対する驚愕と恐怖の混じった表情。
太郎は少女の表情を見て、自分の股間がいきり立って行くのを感じた。
そして、その"盛り上がり"を確認した少女は、我に返ったように声を上げた。
「きゃあああああああああああああああっ!」
「ああああああああああああ!ごめんなさい!ごめんなさい!」
太郎はあわてて股間を両手で隠すが、息子は彼の想像以上に成長しおり、覆い隠すことができなかった。
男子三日会わざれば刮目して見よ、とはまさにこのことである。
(不味い不味い不味い不味い!このままでは逮捕一発豚箱コース!)
人は、追いつめられれば追いつめられるほど自分の状況を楽観的に見てしまうことがある。
どう考えてもこの時点で太郎は逮捕間違いなしの状況であった。
「怪しいものじゃありません!」
(って明らかに怪しいだろ馬鹿か俺は!)
「あんた誰よ!? どうして…誰か来て!部屋に変質者がいる!」
少女は叫びながら、奥の扉へと走った。おそらくその先が通路になっているのだ。
「わわわ待ってください!待ってください!」
そんな言葉で少女が待つわけもなく、ドアノブに手を伸ばして外に出て行ってしまった。
(ええ~。これどしたらいいんだ一体…)
裸のまま外に出ることもできず、少女の部屋を物色して服を探すような気概もない太郎はどうしてよいか分からずに、その場に棒立ちになってしまった。
そして、やはりどこか楽観的にちゃんと話せばわかってもらえるかもしれないと考えていたのだ。
◇
茫然と部屋の中に立ち尽くす太郎。息子はずいぶんと大人しくなっていた。
しばらくすると、通路側からドタドタと足音が聞こえてくる。
(よしっ、戻ってきた。父親とかいるかもしれないが、なんとか事情説明してわかってもらおう…!)
覚悟を決めた太郎の前に、再び金髪美少女があられもない姿で現れる。
彼女は太郎には目もくれず、部屋に入ると一目散に扉を閉め、鍵をかけた。
「はあ…はあ…はあ…」
息の荒くなっている少女は扉に背を預けて、ずるずると体を沈めていった。
「あのぉ…」
なんだか切羽詰まっている少女の姿を見て、太郎は恐る恐る声をかけた。
「はっ!」
少女は今気づいたといった様子で、目の前の太郎を凝視する。どうやら、自分が元の部屋に戻ってきたことすら気づかないほどあわてていたらしい。
「あんたも農民達の仲間なの!?」
「え?」
太郎が呆けた声を出すのと同時に、扉の一部が何かによって破壊された。
「きゃあ!」
頭の上で起きた衝撃に、少女は思わず扉から飛びのき、ちょうど扉と太郎の中間地点に立ちすくんだ。
扉の一部を破壊した何か…それはクワだった。農作業に使用するあれである。
「あの、何が起こってるんでしょうか…?」
太郎の質問に少女は答えなかった。いや、きっと聞こえていないのだろう。扉の方を向いて、その白い背中を太郎の方にさらけ出していた。
バキバキと扉の破壊は進み、そこから髭を生やした中年男性が現われる。体つきはしっかりしているが、目の下のくまとこけた頬…あまり元気そうには見えない表情だ。
バキャッ!と音がして、完全に扉は破壊された。
先ほどの男と、後ろからさらに2人の男が部屋に入ってくる。少女は少しずつ後退し、太郎の方に近づいていく。
「あの…」
「フランシスカだな………あの後ろの変態、誰か知ってるか?」
太郎の質問を遮るように男がしゃべり始める。太郎のことを後ろの2人にも聞いたようだが、両方知らないといった仕草をした。当然ではあるが。
どうやら、少女の名前は「フランシスカ」というらしい。
「まあいい、どのみち城に居る奴らは皆殺しだ」
「な、何が皆殺しよ!なんなのよアンタたちは!農民の分際で…!」
物騒なことを言い始めた男に、フランシスカは罵声を浴びせかける。
「…殺せ」
男は後ろに2人を促した。
(何だこりゃ…どうなってるの?全く状況が分からないんですけど、誰か説明してくれ~)
緊迫する状況にまったくついていけない太郎は、自分を殺そうとする2人を男を見ながら頭を抱えていた。
太郎がその場から逃げたり命乞いをしないのには、状況を把握できていないだけではなくもう一つ理由があった。
(あの3人じゃ俺を殺すことなんて到底無理だけど、これどっちの味方につけばいいんだ?)
不思議なことに、太郎には目の前の男たちが大した脅威でないことが分かっていた。理由はない。カンと言ってもいいだろうが、そのカンを太郎は信用するに足るものだと根拠もなく確信していたのだ。
太郎の関心は自分の生死ではなく、この状況でどちらに味方するのが正しいか、という点であった。
「ストー―ーーーップ!ストップ!ストップ!一旦みんな落ち着きましょう!ね!」
(とにかく状況を整理しないと判断できない。話を聞かないことには始まらない!)
「…………」
しかし、太郎の言葉は無視された。2人の男はじわじわとフランシスカに近付いていく。
(こいつら人の話聞けよ!俺も人の話聞くの嫌いだから気持ちは分かるけど!)
そこで、太郎は強硬手段に出ることにした。
「待てって」
太郎は、少女と男たちの間に立ちふさがった。
「いきなり現れて"殺す"なんて、ちょっと…」
その言葉を完全に無視して、男は手に持った鎌を振りかぶる。
「少しは話聞きましょうよ!?」
振り下ろされる鎌の柄を、太郎はあっさりと鷲掴みにした。
「てめぇ!」
もう一人の男が、手に持った斧で攻撃しようとするが、それも柄を掴んで無力化してしまう。鎌男も斧男も、かなりの力を加えているが太郎はびくともしなかった。
(やっぱり、俺、なんか強くなってるな)
太郎はろくにスポーツなどやってこなかった。筋トレは日課になっていたが、それには健康維持以外の理由はなかった。そんな太郎は、いま異常な身体能力を発揮している。
(おまけに相手の力もなんとなく分かるし…)
太郎にとって男3人が対した脅威でないのははっきりと分かる。同時に、今庇っている少女にとっては、絶望的な力の差があるのも分かる。
「まずは落ち着いて話を…」
「落ち着いてだとッ!?」
「うわっ」
いきなり後ろに控えていたクワの男が大声を出したので太郎は驚いた。
(発言するのはいいけど、もう少し声量押さえて欲しいな。怖いんですけど)
「そいつら領主は俺たちから必要以上の税を徴収しているんだ!自分たちで私腹を肥やしている!貴様はいったい何者だ!?騎士なのか?」
「いや、私は騎士ではないですけど…」
「ならそいつを殺す手伝いをしろ!」
(なんで騎士じゃなかったら女の子を殺す手伝いをしなきゃならんのだ…)
相手の論理が間違っているのか、それともここの常識を知らな過ぎるために自分の考えが及ばないのか、太郎には判断しかねた。
しかし、なんとなく「農民一揆」に近いことが、いま行われていることに薄々気が付き始める。
「さっき領主と言ってましたが、この子の父親とかのことでしょう?ならこの子に手を出す必要は…」
「関係ない!俺たちの苦しみを一族全員に思い知らせてやる!父親の罪は子供の罪だ!」
今度は太郎の左の鎌男がしゃべり始めた。太郎が仲間になるかもしれないと思ってのことか、手に持った鎌にかける力は小さくなっていた。
「お父様は不正なんてしてない!帝国からの徴収量通りにしているだけよ!それに、土地は私たちが与えてあげてるものでしょう!?土地だけじゃない、水車や焼き釜だって…そうでなければあなたたちはとっくに餓死してるわよ!」
「黙れ!土地はあっても農耕もできない奴らが…餓死するのはお前たちの方だ」
「水車や焼き釜だと?好きで使っていると思っているのか!あれだって使うたびに税を徴収されるじゃあないか!」
(うわぁ…なんだかすごいことになってきちゃったぞ…)
太郎を挟んで農民たちとフランシスカは大論争を初めてしまった。太郎はその内容の3割も理解ができなかった。どうやらここは社会システムが現代とはずいぶんと違うということだけが伝わってきた。
「お前はどっちの味方なんだ!?」
「あんたはどっちの味方になるのよ!?」
「え!?私!?」
突然話を振られた太郎はうろたえた。どちらの見方になるべきか皆目見当がつかない。
「ええっと、正直頭が混乱してまして…お互いに言い分があるのは分かります…」
太郎は一度深呼吸して、どちらの味方になった方が自分にとって最良か考え始めた。
太郎は事故にあった。普通意識が目覚めるのならば病院か…少なくとも日本のどこかだろう。しかし、日本に領主の圧政に農民一揆をおこす町など存在しない。
つまりここは日本ではない。そして、どうやら自分の姿が全く変わってしまっているらしいことを加えて考え、ある一つの結論にたどり着いた。
(異世界転生ってやつか…?)
仕事を辞めてからこの方、暇だったのでWEB小説を読み漁っていた太郎であったが、最近は現実から異世界に転生・転移して無双する物語が流行っていた。
よくトラックに轢かれて異世界へと行くのがパターンだが、確かに彼の境遇と似ている。
(まさか本当に異世界に来たのか…?)
信じられない考えを、最悪のパターンとして考えなければならなかった。もし異世界転生していまの状態があれば、彼には戸籍も頼れる両親も存在しないことになる。その場合、彼はいったいどうやって自らを生存せしめることができるのか?
全ては今の状況にかかっていた。争っている2つのグループ…農民と領主。どちらに与すればよいのか?
「農民の皆さんは、領主に不正があると判断して城を攻めているわけですよね?」
「もちろんだ」
「さっき一族皆殺しなんて言ってましたが、他に方法はないんですか?その帝国とやらに直接訴えるとか…」
「直接訴えるだと?どうやってだ?あんな遠い王都まで行こうとしたら大量の食糧が必要になる、その食料が無くて喘いでいるんだ!おまけに移動に使える馬だって徴税の対象なんだぞ」
「な、なるほど…」
太郎は少し考えて、次の言葉を選ぶ。
「その不正の証拠って何見ればわかりますか?」
「お父様がつけてる帳簿見ればすぐに不正がないことが分かるはずよ!お父様の部屋の金庫にあるはずだわ」
農民の代わりに後ろのフランシスカが答える。
「…それは難しいな」
クワ男がそれに難色を示す。
「ふんっ!本当は不正がないって分かってるんじゃないの?領主の城に攻め込むなんて大罪よ、どうなるかわかってるんでしょうね?」
「難しいといったのはそういう意味じゃない。領主も婦人も殺してしまったからだ」
「…え?」
今まで聞いた中で一番弱々しい声が、太郎の耳に届いた。
(こいつらマジかよ)
太郎は心の中で独りごちる。冷静に考えれば、領主の城に攻め入っている時点でマジに決まっている。
(不正があるかどうか今の時点だとはっきり出来ないってことか?う~ん)
太郎は、複雑なことを考えるのが得意ではなかった。仕事を止めた理由もそこに起因しているのだが…。とにかく彼はこの場でこれ以上考え事をするのが面倒になっていた。
(もういいや、どうせこいつらは俺に危害を加えられないし、俺の好きなようにやろう)
太郎は後ろの少女に声をかける。
「えーと、フランシスカさん?私はあなたを助けようと思ってるんですが…」
「何だと貴様!」
農民たちが声を荒げるが、太郎は無視した。
「助けるのにちょっと条件がありまして」
「…なによ?」
太郎は…ロリコンで加虐趣味で、それ故に童貞であった。転生前はその性癖を完全に隠して生きてきた。当然である。それを発露すれば間違いなく犯罪者として捕まっているだろう。
だが、この世界ではどうなのだろうか?未成年に対する性交渉は犯罪か?もしかするとこの世界では認められているのでは?これは自分の「夢」を叶える絶好の機会になるのではないか?
そんな考えが太郎の頭をぐるぐるとまわり、自らの欲望故に彼はフランシスカに、こういった。
「私とセックスしてほしいです。もちろん性的な意味で」




