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セックスに一番近い男  作者: IK_N
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愛の寓意①

コジモに到着したフランシスカは早速自分の買いたいものをそろえていった。羊皮紙、乳鉢、亜麻で作られたハンカチ、軽石、そしてパン。フランシスカが欲しかったのは物書き用の道具だった。


羊皮紙は当然として、インクを作るために乳鉢を、羽ペンを拭くのに亜麻のハンカチを、羊皮紙のざらつきを無くすのに軽石を、消しゴム代わりにパンを使うのだ。


道具をそろえたフランシスカは居ても立ってもいられないようで、早速宿をとって今までの出来事を書いておきたいようだった。


「部屋を2つ用意してほしいわ。3人用と1人用」


フランシスカは宿の主人にそう告げたが、すぐさまイヨから訂正が入った。


「いえ、フランシスカ。部屋は2人用を2つです」

「え?どういうこと?」


イヨの言葉にフランシスカは驚いて聞き返す。


「私はヴィクターさんの監視役を仰せつかっているので、部屋を別れるわけにはいきません。フランシスカと魔王さん、私とヴィクターさんで部屋をとりましょう」

「え、本気ですか?」

「冗談でこんなことは言いません」


イヨの提案に声を上げたのはヴィクターだった。いくらなんでも女の子と2人きりになるのはいろいろと問題があると思ったのだが、イヨは完全にその気らしい。

フランシスカは少し考えた後、主人にこう言い直した。


「やっぱり4人部屋1つでお願い。イヨもこれなら文句ないでしょ」

「…ええ、そうですね。年頃の女性が男性と一緒の部屋というのはあまり関心しませんが」

「それはあなたも一緒でしょ」

「私は任務ですから」


若干いざこざがあったが、結局4人は一緒の部屋で過ごすことに決まった。ヴィクターも女の子3人と一緒の部屋に居られるのは嬉しかったが、肩身が狭くなることが容易に想像できて、そこだけは憂鬱だった。


部屋についたフランシスカは早速部屋の中にあった机を占領し、自分の領地にしてしまった。羽ペンを使って羊皮紙に今まで起こった出来事を書き連ねていく。


ヴィクターはフランシスカのその様子をずっと眺めていたが、ふとあることに気が付いた。


「イヨさん。そういえば私、魔法の練習やり続けているんですが、もう次の段階行けますよね?」

「そういえば、黄黒病の件ですっかり延び延びになってしまっていましたね」


結局ヴィクターは2週間で十分だった視覚化の訓練を2ヵ月以上も実施してしまっていた。


「映像の視覚化の次の段階は、音の視覚化です。やることは以前と変わりません、視覚化する対象が音になるだけです」

「なるほど、音を出して、それと全く同じ音を頭の中で響かせればいいわけですね」

「そうです。映像の視覚化で感覚はつかんでいると思うので、これは一週間くらいで大丈夫ですよ」


ヴィクターは部屋の中で音の視覚化を試しはじめる。ベッドを撫でたときの音、床を叩いたときの音を聞き、それと全く同じ音を頭の中で響かせる。そして、再度実際の音を鳴らして、補正していく…。


一体どれくらい時間が経ったのか、ヴィクター自身分からないほど集中していた。ふと集中力が切れて目を開けたとき、目の前には意外な人物がいた。


「あれ?団長さんですか?」

「ああ」


そういったきり団長は、イヨの上司である特別魔法騎士団団長は黙ってしまった。よくよく周りを見渡してみると、さっきまで居たはずの3人の姿が無い。


「すみません。3人は今どこに?」

「フランシスカという少女なら魔王を連れて街に出た。インクが足らなくなったとかでな。イヨは皇帝陛下に報告することがあるから今エトランゼだ。代わりに私が来た」

「なるほど」


いつの間にか全員が出払っていたらしい。ヴィクターはフランシスカが魔王と一緒に出掛けてしまったのが気にかかった。街中なら大丈夫だという認識は、イプセンの街で過去になってしまった。


「フランシスカさんたちが心配なので、探しに行きます」

「…今、グリーグ伯爵の城にいる」

「え」

「今調べた。なぜ伯爵の城に居るのかは分からないが…」


たしかに、インクを買いに行ったはずなのに伯爵の城に居るのはおかしい。ヴィクターの胸騒ぎは大きくなり、一目散に宿から飛び出していった。



インク切れで街に出てきたフランシスカと魔王は街の一角に人だかりができているのを見つけた。フランシスカが興味をもって近づいてみたところ、そこでは絵画などの作品の一般公開がされているようだった。いわゆる画廊である。


美術はこの世界では裕福な人間だけが嗜む、というよりも誇示するものだった。それを大衆に画廊という形で見せるということは、よほど自己顕示欲や虚栄心の強い人間のやることと相場は決まっている。少なくとも、フランシスカはそう考えていた。


(離れた方がいいわね)


直感的にそう悟ったフランシスカは人だかりに背を向けて離れようとした。

その時である。


「やあお嬢さん、お久しぶりですね…」


フランシスカの上から、男の声が絡みついてきた。


「…! ええ、ごきげんよう。グリーグ伯爵」


フランシスカが振り向いたとき、そこには一人の男が立っていた。ヴィクター並の身長だが、ひょろりとした印象。特に目の細さがその印象を強くさせる。口元は笑っていたが、フランシスカは前からこの男の笑顔が苦手であった。


「まさかこの街に来ているとは驚きです。城の方に来ていただければ、歓迎したのですが…」

「あまり長居をするつもりもありませんでしたし、それに私は今貴族ではありませんので」

「ああ、そうでしたね。しかし、バイロン伯爵もポリドーリ伯爵も、もちろんシェリー伯爵も私の友人です。今でも変わらずね。当然シェリー伯爵のご息女であるあなたとも、今まで通り接していきたいと考えていますよ」

「…ありがとうございます」


フランシスカは内心厄介な奴に捕まったと思っていた。グリーグ伯爵。第二魔法騎士団に所属し、趣味は絵画集め。趣味つながりでバイロン伯爵と仲が良く、フランシスカも数回会うことがあった。


だが、フランシスカはこの男にいい印象を持っていなかった。別に悪いうわさがあるだとか、無礼なことを言われたとかそういうわけではない。単純な彼の印象、その蛇のような雰囲気が苦手だったのだ。


どう話を切り上げようかと考えているフランシスカの肩を、魔王がつんつんとつつく。


「こいつ誰じゃ?」

「魔王ちゃん。この方はグリーグ伯爵。私の父の友人なの」

「魔王…?」

「父?」


グリーグ伯爵と魔王が両方とも疑問符をつけてきたので、フランシスカは狼狽した。


「グリーグ伯爵。この子は名前が分からなくて…自分で魔王だと言っているので私たちもそう呼んでいるんです」

「ほお、ははっ、面白いなぁ」


続いてフランシスカは魔王のフォローに回る。


「魔王ちゃん。父は父親の…私を育ててくれた人のことよ」


正確な表現ではないとは思いつつも、フランシスカは魔王に説明する。だが、魔王はその説明でもよく分からなかったようだった。


「育ててくれたとはどういうことじゃ?」

「え、えっと。魔王ちゃんにも居たでしょ、言葉を教えてくれたり、食事を用意してくれた人が」

「おお、なるほど!」


やっと理解したか、とフランシスカが安堵したのもつかの間、魔王はとんでもないことを言いだした。


「つまり私にとってのおぬしというわけじゃな!」

「いや、違…いえ、もういいわ。それで…」


この問答が長くなりそうなのを感じで、フランシスカは説明をあきらめた。それを見ていたグリーグ伯爵は、突然大声で笑いだす。


「ははははは!ずいぶんと面白い友人をお持ちのようだ。積もる話もある。どうですか、私の城まで」

「えっ…」


フランシスカが一番聞きたくなかった言葉が、ついにグリーグ伯爵から出てきてしまった。


「いえ、他にも友人がいて、その者たちと宿をとっているもので」

「おお、それはその友人に悪いですね」


これで諦めるだろうとフランシスカは考えたが、そうは問屋が卸さない。


「では、少しだけでも城に来ていただけませんか?絵画はあの画廊にあるものだけではないのです。私の城には秘蔵のものが置いてある…お好きでしたよね、絵画」

「え、ええ」


正直、フランシスカはそこまで絵画が好きというわけではない。だが、以前グリーグ伯爵と会話したときに興味あるふりをしていたのだ。実際、彩飾写本は好きなのでそこまで嘘ではないのだが。


「…お言葉に甘えて、うかがわせていただきます」


そう口にしたとき、フランシスカはまるで自分を巨大な蛇が締め付けているような錯覚を起こすのであった。



グリーグ伯爵の城に呼ばれたフランシスカと魔王は、早速絵画を集めている部屋へ通された。絵画は様々なものがあり、言い方を変えれば統一感というものが無かった。裸婦画。1000年前に起きたと言われる魔族との戦いを描いたいわゆる宗教画。風景画。肖像画。数年前に貴族の間で流行ったという幾何学模様をキャンバスに落としただけの代物…。


(結局、絵画が好きなんじゃなくてこういう絵画を集められる自分が好きなんじゃないの?)


フランシスカはその光景に批判的な感情を抱いた。


「これは何なんじゃ~?」


再び魔王の質問タイムがはじまった。その興味は、数々の絵画に向けられているようだった。


「これは絵画よ、風景や人物を白い板の上に描いているの」

「? なんでそんなことするんじゃ?」

「いろいろ理由はあるわ。お金儲けのため、言葉が分からない人に宗教や伝説を伝えるため、権力の誇示のため」

「これもそのうちの一つなのか?」


そう言って魔王はある一つの肖像画を指差した。


「…?」


フランシスカは、その肖像画に違和感を覚えた。描かれているのは一人の女性。しかも、あまりきれいな身なりとして描かれてはいなかった。服はいかにも農民が来ていそうな服で、顔も美人とはとても言えない。


普通肖像画で書かれるのは身分の高い人物ばかりだったので、そこが違和感の一つであった。そして、もう一つの違和感は。


「黒いインクしか使ってない…?」


その肖像画は白いキャンバスに、黒いインクのみを使って描かれていた。習作ならわかるが、その絵はしっかりと額縁に入れられ、部屋に飾られていた。


「さすが、お目が高い」

「きゃあっ!」

「おっと失礼」


突然後ろから声をかけられて、フランシスカは悲鳴を上げてしまった。グリーグ伯爵だ。彼はフランシスカの非難の目線をかわし、その白黒の肖像画の前に立つ。


「これは私の…いわゆるお抱えの絵師のものでね。素晴らしい技術でしょう」


フランシスカは改めてその肖像画を見てみた。ただ黒色のインクしか使っていないものの、濃淡はしっかりしており、確かに高い技術を持っている人物のようだった。何よりも、恐ろしいほどに生々しい。


「まるで生きているようだ。本当なら、私の自画像を描いてもらおうと思っているんですが」

「…何か問題でも?」

「彼はね、この女性の絵しか描かないんです。母親の絵らしいんですが、この女性のみを描いた絵をアトリエに大量に抱えているんですよ」

「この絵だけを…」


フランシスカはその絵を、その女性の眼を見つめた。その眼の精巧さは震えが走るほどのものだ。虹彩の一本一本まで正確に、決して逃さぬように、まるで追われるように描かれていた。

ふと、フランシスカは奇妙な錯覚に襲われた。自分がこの絵を見ているのではなく、この絵が、その描かれた瞳を通して自分を見つめている錯覚。そして、その錯覚を振り切って再び絵を目にしたとき。


ぱちり、


と、絵の中の女性がまばたきをした…ように感じた。


「ひっ…」

「恐ろしいでしょう…私はこの絵を見ていると、ときどき逆に見られているのではないかと錯覚してしまうときがある。妻などはね、まばたきをしているとか口が動いたなどと言って、この部屋自体に近づこうとしませんよ」


そして、グリーグ伯爵は最後に付け加えた。


「だからこそ、彼には私の自画像を描いてほしいんです」


フランシスカは乱れた心臓を少しずつ落ち着けていった。再び絵を見るが、当然まばたきをしたり、口が動いたりなどはしなかった。


「グリーグ伯爵。今日はありがとうございました。私はそろそろ戻らないと」

「おお!絵に夢中で忘れるところでした。お連れの方があなたを探して私の城まで来ましてね、今部屋で待ってもらっているのです」

「え!?まさかヴィクター…いえ、銀髪の男ですか?」

「ええ。実に美しい銀髪だった。少し青みがかっていてね、英雄譚から出てきたような青年でしたよ。それになぜか特別魔法騎士団の団長さんを連れて」

「わかりました。すぐに向かいます」


フランシスカはヴィクターと会うために部屋を出た。その時、一瞬だけ女性の肖像画の方を振り返った。

その絵には、額縁の下の方に題名が書かれていた。

『母の肖像画』でもなく、母親の名前が書いてあるわけでもない。

そこにはこう書かれていた。


『愛の寓意』


と。


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