黄黒病①
魔王と出会った次の日。ヴィクターたちは当初の目的通り馬車でイプセンの街まで移動した。道中、フランシスカは熱心に魔王と会話し、「日」「年」の概念を覚えさせたが、魔王からは「寝とったから何日とか何年とかよく分からん」という回答しか返ってこなかった。
イプセンの街に到着した後、興味津々にうろつこうとする魔王をフランシスカがどうにか誘導し、無事にクエストの報酬を受け取った。その時には太陽がヴィクター達の真上に爛々と輝いていた。
「エトランゼの図書館に行きましょう」
フランシスカの提案に、すぐに反応したのはイヨだった。
「そうですね。魔王さんのことを調べる必要がありますし、首都に戻ることには賛成です」
イヨは魔王を特別魔法騎士団内で調査をし、フランシスカは図書館で魔王の記載がある本を調査する。その方針にヴィクターは異論がなく、魔王は関心が無かったため、4名の意見は一致し首都に戻ることになった。
いつものように目の前の景色が突然変わると、そこは巨大な図書館になっていた。
「おお!」
ヴィクターは図書館が好きだった。本が特別好きなわけではないが、図書館のような空間に、なぜか子供のころから一種の安心感を抱くことがあった。もしかすると単に静かで、他の人と話す必要のない場所だからだったかもしれないが。
「おおお!?なんじゃ今のは!?いきなり景色が変わったぞ!」
「魔王さん!静かに、図書館では静かにしないといないですよ」
「お、おお?そうなのか?すまんな」
瞬間移動魔法を初めて体験してテンションの上がった魔王をイヨがたしなめる。図書館の中にいた、おそらく魔法騎士団だと思われる人が一様に魔王の方を見つめていた。
その人たちに向かってイヨが深々とお辞儀をすると、図書館は無関心を取り戻したように静かになった。
「私は魔王さんを特別魔法騎士団の研究室に連れて行きます。おそらく夕方までは戻らないと思います」
「ええ、私はヴィクターと一緒に魔王ちゃんのことを調べてみるわ」
「お願いします」
2人が素早く言葉を交わすと、イヨと魔王は一瞬にしてその場から姿を消した。と、同時にその場に一人の人物が表れた。
「イヨの代わりに、お前の監視に付くことになる。今だけだがな」
それは、イヨから団長と呼ばれていた男であった。
(なるほど、イヨちゃんが近くで監視できない代わりに団長さんが出向いてきたってわけか…)
「えーと、魔王様のことはイヨさんから?」
「ああ、聞いている」
「なら、一緒に調べていただくことは…」
「別にかまわない」
団長は、短く必要なことしかしゃべらない。そのまますたすたと歩いて、本棚の方に行ってしまった。
「私たちもはじめるわよ」
「どこから調べますか?」
「まずは冒険記ね。ヴェスプッチの本を中心に見ていきましょう」
「ヴェスプッチ?」
「あんたね、前に説明したでしょ。エルフを見つけた冒険者よ」
そういえばそんな名前が出てきたか…と記憶をたどるヴィクターだったが、残念ながら思い出せなかった。いや、おそらくはそもそも記憶をしていなかったのだろう。
「ヴェスプッチはエルフからいろいろなことを聞いて本に残している。もしかするとその中に何かあるかも…」
「わかりました。まずはそこを中心に調べてみます」
了解した後で、ヴィクターはふと気になったことを訪ねてみた。
「そのこと、あの団長さんには言わなくてもいいんですか?」
「いいのよ。好意みたいだし、魔法騎士団長の視点で探してもらえれば、私の視点だけより効率がいいはずよ」
フランシスカの答えに納得して、ヴィクターは魔王さがしの作業へと入って行った。
しかし、魔王どころか、それらしき記述も一向に見つからない。そもそもこのヴェスプッチという冒険者、冒険の記録だけ残しているのかと思いきや、詩集や小説の類まで作っていた。しかも題名が「ソレイユ帝国を見渡して」など、一見して伝記なのか詩集なのか分からないところが厄介であった。
しかし、そうこうしているうちに、ヴィクターの目に一つの記載が目に留まった。
「フランシスカさん」
「なに?もしかして見つかった?」
「魔王の記載ではないんですが…」
ヴィクターはフランシスカに該当の部分を見せた。それは、詩の一節であった。“かの魔族すら今の私とっては羽虫のように他愛ないものなのだ”、という一節。
「この“魔族”ってやつは魔王と関係あったりしないんですかね?」
「…関係ない。いえ、決めつけるのは良くないわね。でも…」
フランシスカはそうつぶやき、しばらくの間黙ってしまった。
「そもそも、“魔族”ってなんなんですか?」
「魔族は、約1000年前に突然現れた異種族…と伝えられているわ」
フランシスカは魔族について語りはじめた。
約1000年前、人間・獣人・エルフといった種族とは別の“魔族”と呼ばれる種族が現われ、当時存在していた国をことごとく滅ぼしていったこと。そして、その魔族を討伐し、世界に平和を取り戻したのがソレイユ帝国の初代皇帝ムルソウ1世であったこと。そのムルソウ1世の帝国が今でも続いていること。
「ただ…」
「一般的にその話は神話の類として認知されている。実際に起きたことだとは考えられていない」
フランシスカの説明を補足したのは団長であった。
「え、どういうことですか?」
「つまり、この話はソレイユ帝国と皇帝の正当性を説明するために作られた物語ってこと。もちろん、中には信じている人もいるわ」
「ああ、なるほど。だから…」
「ええ、正直私もこの話は信じてない。エルフと違って存在をほのめかすような資料はこの神話以外にないしね」
説明を終えると、再びフランシスカは黙ってしまった。
彼女は、この“魔族”という荒唐無稽な種族について、認識をあらためる必要があるのではないかと考えはじめていた。
「この物語では、“魔族”はムルソウ1世に封印されたと伝えられているけど…」
「それが魔王様かもしれない?」
「…たとえ、この物語を信じたとしても容姿がだいぶ違うわ。褐色の肌、白髪、この世のものとは思えない紫に輝く瞳…魔王ちゃんとは似つかない」
ちょうどその時、イヨと魔王がその場に現れた。
「団長、ありがとうございました。こちらは終わりました」
「どうだった?」
「詳しいことは、何も…」
「まあ、そうだろうな」
団長は、イヨが解析しても分からなかったものを他の魔法騎士団がいくら見ても無意味だとわかっていた。彼はイヨの能力を高く評価していたが、それはイヨ自身の評価とは大きくかい離していた。
「俺は戻る。あとは任せたぞ」
「はい」
短いやり取りの後、団長の姿が消える。それを見計らったように、フランシスカは魔王に対して質問をしはじめる。
「ねえ、魔王ちゃん、あなた“魔族”って知ってる?」
「ん?魔族?知らん」
「その魔族っていうのは褐色の肌と白髪、それに紫の瞳を持っているらしいんだけど…」
「ん~?やっぱり知らん」
「そう…、まあ、そうよね」
フランシスカは少しだけ、魔族という種族が実在していたという情報が得られるのではないかと期待していた。だが、魔王の否定によって期待は裏切られ、若干落胆した表情を見せる。
「やはり、ここでも魔王さんの情報は見つからなかったんですね」
「ええ、今のところは。全部の本に目を通している時間もないし、魔王ちゃんから聞ける情報を聞き出した方がいいかも」
「一旦、イプセンの街に戻りましょう」
「そうね」
イヨが魔法を使うと、イプセンの街へと一瞬で移動する。
「とりあえず、宿屋を探しましょう…」
「…?」
その時、ヴィクターは街が妙に騒がしいことに気が付いた。昼の喧騒とは違う、不安が街全体に充満しているかのような重苦しい感覚。当然、魔王以外の2人もそれを感じていた。
「…なにか妙ね」
フランシスカは、近くで世間話をしている女性にすたすたと近づき話を聞いたかと思うと、血相を変えてヴィクター達のところまで戻ってきた。
「黄黒病よ!街が閉鎖されてる!」
「え!?」
「え?」
おうこくびょう、というフランシスカの言葉にイヨは驚愕し、ヴィクターは困惑し、魔王は…そもそも話を聞いていなかった。
「あの、おうこくびょうというのは?」
「伝染病よ、致死率がかなり高い、ね。そのせいでついさっき、グリーグ伯爵がイプセンの街の閉鎖を宣言したらしいわ」
「え!?じゃあ」
「私たちはこの街に閉じ込められたってわけ」
伝染病、ペストや結核のような病気の流行が今起きている、という事実にヴィクターは背筋が凍った。自分自身はそんなもので死なないだろうと無根拠に確信していたが、フランシスカやイヨは違う。
とにかく無理やりでもこの街を出た方がいいのではないかと彼が考えはじめたとき、唐突にイヨが彼の体に触れてきた。
「え、イヨさん?」
ヴィクターの困惑を無視して、イヨは彼の体をぺたぺたと数回触った。そして今度はフランシスカ、そして魔王の順に触れていく。
「とりあえず皆さんには今のところ感染していませんね。ヴィクターさんと魔王さんには不要かもしれませんが、一応感染防止の魔法をかけておきます」
「すごいわね、そんなこともできるの?」
「はい。黄黒病であれば感染の防止と抗生物質の作成ができます。ただ、感染して症状が出てしまうと魔法での除去は困難になります」
「…イヨちゃんは、この街の医者と協力して黄黒病の対応にあたった方がよさそうね」
「そのつもりです」
イヨはヴィクターの方を向く。
「ヴィクターさんも一緒に来てください。あなたの監視もおろそかにするわけにはいきませんから」
「ええ、わかりました。…フランシスカさんたちは、どうしますか?」
「私は今日泊まる宿屋を探しておくわ…空いていればね」
今朝は街に入れていたが、それが突然閉鎖されたとなると街から出られなくなった人たちが宿屋に殺到するのは目に見えていた。最悪、馬車の中で夜を過ごすことになりそうだとヴィクターは感じた。
◇
医者のところに向かう間、ヴィクターはイヨから黄黒病について話を聞いた。
かつて帝国でも何度か流行し、時代によっては複数の領地を滅ぼしたこともあるという。症状は最初の嘔吐感からはじまり、発熱・頭痛・吐血。症状が出てから3日後には体中に黄疸が現われ、自由に動かすことができなくなる。このころになると患者の体からは強烈な刺激臭がしてくる。
さらに1日後になると患者が感じる症状は軽くなるが、黄疸はますますひどくなる。そしてさらに2日後、手足が壊死しはじめ、全身に黒い痣が出てくる。その2日後、患者は激痛に1時間ほど苦しみ叫び声をあげた後、絶命する。
死体は、黄疸と黒い痣によって斑になり、そこから「黄黒病」と名前が付けられたのだ。
「それは…嫌な死に方ですね」
「黄黒病患者を最初に解剖したリウーという医師によると、患者の血液は黄色に、骨は真っ黒になっていたそうです。見た目と死ぬ時の絶叫から、帝国内で一番恐れられている病気だと言っても過言ではないと思います」
「でも、今は抗生物質があるんですよね」
「はい、もちろん」
そういったイヨの顔は何故だか得意気に見えた。
「運がよかったです。ほんの20年前までは有効な治療法が見つかっておらず、感染源と思われるネズミを駆除するしかありませんでしたから」
「ずいぶん最近の話なんですね」
「そうです。何しろ、この抗生物質を作ったのは団長ですから」
「え」
ヴィクターは、先ほどまで一緒に居た団長の顔を思い出していた。とても医療に携わる人間には見えない容姿だ。
「団長はすごいんです!遠くの敵陣を見るために光を操作する望遠魔法というものがあったんですが、団長は発想を転換して近くの物体にこれを使ったんです。その結果、微生物という目には見えない生き物たちを発見しました」
急に饒舌にしゃべりはじめたイヨに驚きながら、ヴィクターは黙って話に耳を傾けた。
「団長はさらにそこから、黄黒病の原因となる細菌を発見し、黄黒菌と名付けました。そして、黄黒菌の繁殖を妨げる別種の細菌を発見、さらにその細菌が生成する物質の抽出に成功したんです!」
「なるほど、それが黄黒病の抗生物質というわけですね」
「はい!団長のおかげで帝国内の黄黒病による死亡率は大幅に下がったと言われているんですよ」
イヨは、本当にうれしそうに団長について喋った。その姿を見て、ヴィクターはなんとなく、彼女の思いを察した。
そうして、ようやく、2人はイプセンの医者の家へ到着したのであった。
しばらく、更新止まります。




