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セックスに一番近い男  作者: IK_N
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森の魔王の領域にて④

その少女は褐色の肌とこの世のものとは思えないピンク色の髪をしていた。髪は蔦のようなもので括られており、ちょうどツインテールになっている。椅子に腰かけた状態で目を閉じて、まるで眠っているようだった。建物の上側が崩れてしまっているのか、彼女の周りだけ夕日の光で照らされていて、一つの絵画を見ているような錯覚を起こす。


「ヴィクター見るな!」

「はい!」


フランシスカの鋭い叱責を受けてヴィクターは回れ右をする。褐色の少女のもとにフランシスカとイヨが駆け寄った。


「ちょっと、あなた、大丈夫?」


少女に声をかけてみるが、反応がない。眠っているだけかと思いフランシスカが鼻の付近に手をかざすが、期待していた風の流れは感じなかった。


「この子、息してない!」

「え!?」


イヨもすかさず胸に手を当てる。


「…心臓も動いていません」

「で、でも体はまだ温かい…すぐに対処すれば助けられるかも!」

「魔法で心臓マッサージをしてみましょう」


そう言って少女の体の状態を確認するために意識を集中したイヨだったが、その結果に目を見開いた。


「…ありません」

「え?」

「心臓がありません」

「え!?」

「え!?」


フランシスカと一緒に、聞き耳を立てていたヴィクターも驚愕した。心臓がない?いったいどういうことなのか?


「心臓どころか、体の中には何の器官もありません…これは、人形です」

「ええ?」


イヨが確認した結果、その少女の中身は空洞で何も入ってはいなかった。体が温かく感じたのは、ここだけ日の光が入っているからだろうと結論づけた。


「でも、体自体がすごくやわらかい…。本当の人間と変わらないわ」

「ええ、いったいどんな素材でできているのか調べる必要があります。それに、これを作った人物についても」

「たしかに、これはこれでものすごい大発見かもしれないわね」


フランシスカとイヨが様々な推測を述べている中で、一人ヴィクターは若干落胆していた。


(なんだ、女の子じゃないのか…一瞬だったけど、結構可愛かったのに)


ヴィクターにとって、褐色少女というステータスはかなりポイントが高かった。もし生きている少女だったら、なんとかパーティに加えられないか画策したかもしれなかった。


「そろそろ大樹林から出ないと日が暮れるわね。この人形も一緒に連れて行きましょう」

「そうですね。特別魔法騎士団の研究室に依頼して分析した方がいいでしょう」

「イヨ、魔法をお願い。ヴィクター、もうこっち見てもいいわよ」


ヴィクターがフランシスカたちの方を振り向くと、少女の人形はイヨのローブでくるまれていた。


「では転移します」


イヨの声とともに、ヴィクターに瞬間移動魔法特有の感覚が襲ってくる。そして気づくと自分たちが乗ってきた馬車の前に着いていた。

空の西は茜色、東は群青色。夜のとばりがおりはじめる…そんな時間帯だった。


「って、食料調達するの忘れてたわ…」

「戻りますか?まだ若干明るいですし」

「だめ」


ぴしゃりと却下されて、ヴィクターは驚いた。


「今から行くと戻る前に夜になっちゃうわ。『夜の森林に立ち入るべからず』常識よ」

「なるほど…」

「今日はもういいわ。どのみち依頼は達成したんだし、明日イプセンの街で手続きして報酬貰いましょう。そのお金で食料を買えばいいわ」


フランシスカはそのまま今日の夕飯の準備をしはじめる。ここからはヴィクターにとっては再び手持無沙汰の時間帯だ。彼はいつもこの時間に魔法の訓練を行うことに決めていた。


身体をリラックスさせ、自分のイメージとコインの形状をひたすらに一致させる訓練。イマイチ成果が出ているのかわからないため不安だが、イヨに相談しても「それでよい」としか返ってこないので、ヴィクターは真面目に続けていた。


そうして時間をつぶしているうちに、フランシスカから声がかかった。


「できたわよ。寝転がってないでこっち来て」

「あ、はい」


今日の夕食は麦粥だった。ちょうどイプセンの大樹林に向かう途中で自生の麦の群落があったのでそこから拝借してきたものだった。特に小麦だけ選別したわけでもないので、中にはライムギやエンバクが紛れているのだが、腹に入れる分にはまったく問題なかった。


麦粥はイヨが作った木の器に入れられていた。大きさと形に違いがあるものの、木から一瞬で加工してしまえるのだから、魔法さまさまである。


「やっぱり、旅はいいわね。知的好奇心を刺激されるわ」

「私も、首都で魔法研究しているだけでは分からなかったことがあって、結構楽しいです」


(俺は可愛い女の子2人の近くで食事ができてるってだけでいろいろ刺激されるし、楽しいなぁ)


ヴィクターは心の中でつぶやいた。それは彼の偽らざる本心の一つであった。


「特にあの人形は大収穫ね。建物からして古そうだったし、いつ誰が作ったのか、ぜひ知り…」


突然フランシスカが黙ってしまい、イヨとヴィクターはいぶかしんで彼女の方を見た。フランシスカは1点、馬車の方を見て表情を凍らせていた。

2人は同じ方角を確認して…フランシスカが何に驚いているのか理解した。


少女の人形が、馬車を出てこちらに歩いてきていた。


イヨとヴィクターは示し合わせたわけでもなく、一瞬で戦闘態勢に入った。

イヨは人形が何者かによって魔法の操作を受けていると判断してのものだったが、ヴィクターは違った。

ヴィクターはこの世界に来てから、自分の目で見た相手の大体の強さを把握することができる不思議な能力を身につけていた。


その能力がヴィクターに示していた。その少女の人形の強さは、イヨ並みである、と。


(そんなことがあるのか?ついさっき遺跡で見たとき、あの人形は何の力もなかったはずだぞ…?それが突然イヨちゃん並みに?)


ヴィクターは自然と後退して、フランシスカの近くに移動した。もし人形がフランシスカに向かって攻撃を仕掛けてきたときでも対応するためである。


「イヨさん、何か…わかりますか?」

「…わかりません。魔法で確認してみましたが、やはり人形の中には何もありません。誰かが魔法で遠隔操作していると思われますが…」

「見つからないんですか?」

「はい。上空・地下含めて周囲1kmを確認しましたが、それらしき魔法使いはいませんでした」

「…」


当の人形の方は、こちらの緊迫した状況など関係ないとばかりに近づいてくる。開かれた人形の目は、黄金色に輝いており、猫のように縦に細い瞳孔を持っていた。


人形は、ちょうどイヨの目の前で止まった。じいっとイヨを見つめたあと、ついに口を開いた。


「おぬし、私に何かしたか?」

「…」


ヴィクターは、人形が喋ったことにも驚いたが、「おぬし」という二人称を使ったことにも驚いた。人形は問いかけに沈黙しているイヨの周りをくるくると回りながら、いろいろなところを観察していた。


「あなたの体を調べさせてもらいました。あなたは何者なんですか?」


ようやく口を開いたイヨに対して「おお!」と人形も口を開く。


「私は魔王じゃ」

「…」


全員が沈黙した。


「あの、魔王ってなんですか?」

「私が知るわけないでしょ…」


声を小さくしてヴィクターはフランシスカに聞いてみたが、そっけない答えが返ってきた。どうやら『魔王』というのはこの世界での常識の類ではないようである。


「あなたは人間ではないんですか?」

「人間?」

「…私や、そこの2人みたいな種族のことです」

「ああなるほど。違うぞ。魔王は私だけじゃ」


魔王と名乗る少女は手を広げて見せる。ちょうど、イエスが磔にされた絵画に似たポーズだ。


「私は魔王。しばらく眠っていたが、さきほど目を覚ました。お前たちの方こそ、何者なんじゃ?」



「…私たちは冒険者です。イプセンの大樹林で依頼をこなしていた時に、あなたを見つけました」

「イプセンの大樹林?」

「あそこのことです」


イヨはイプセンの大樹林を指差す。魔王と名乗ったその少女もそちらの方を見るが、さっぱり分からない、といったふうに首をかしげる。


「あんな森知らん。レンガで作った祭壇の上で私は眠っていたはずじゃが」

「!そこよ!なぜあなたはあそこにいたの!?」


我慢しきれずにフランシスカが少女に問いかけると、少女は今気づいたといった様子でフランシスカの方を見つめ、近寄ってきた。ヴィクターは、フランシスカと少女の間に体を滑り込ませる。


「ちょ、ちょっと!ヴィクター邪魔よ!」

「ええ、邪魔なのはわかっているんですが…」

「分かってるならどいてよ!」


しかし、ヴィクターはどかなかった。敵か味方か分からない状態の、しかもイヨと同等の力を持っている少女を、フランシスカに近づけるわけにはいかなかった。


「おもしろいやつらじゃな」


その様子を見ていた少女は、笑いながら感想を述べた。フランシスカはしょうがなく、間にヴィクターが挟まった状態で少女と会話をはじめることにした。


「あの祭壇は、あなたが作ったものなの?それとも別の誰かが?」

「ああ、あれは人間が作ったものじゃ。座ってくださいと言われたから座っていた」

「それは何日、いえ、何年くらい前の話なの?」

「日?年?」

「…なるほど、ちょっと時間がかかりそうね」


どうやら、この魔王と名乗る少女には一般教養と言われるものが欠如しているようだと察したフランシスカは、すぐに追及することを止めた。


「食事の途中だったし、続けましょうか」

「え、続けるんですか?」

「何か不満?」


ヴィクターとしては、敵か味方か分からない人物をフランシスカやイヨのそばに居座らせるのは感心できないことだった。今度は、ヴィクターの方から少女に質問を投げかけてみた。


「あなたは…彼女たちに危害を加えるつもりがありますか?」

「彼女?」

「ええっと、この2人のことです」

「ああ、しないぞ。興味もないしな。なぜそんなことを聞くのじゃ?」

「…危害を加えないことを証明できますか?」

「ヴィクター」


2人の会話の間に、フランシスカの冷たい声が入り込んだ。


「証明なんてできるわけないでしょ」

「しかし」

「なに?よく分からない奴とは一緒に食事がとれないっていうわけ?自分のこと棚に上げておいて?」

「うっ」


確かにごもっともであった。ヴィクター自身、フランシスカやイヨから見れば、得体のしれない存在なのである。

その問答を聞いていたイヨが静かに笑う。


「たしかに、ヴィクターさん自身、誰かに危害を加えないとは証明できませんしね」


そうである。実際にヴィクターはポリドーリ伯爵を殺害した。そしてなによりも。


(言われてみればそうか。むしろ、フランシスカちゃんやイヨちゃんに対しては危害を加えたいと思っている方だしな。俺だけ主張するのは、ただのわがままか…)


「わかったら、食事の続きよ。えっと、あなた名前は?」

「名前?」

「えっと、私は人間で『フランシスカ』って名前があるの。こっちは『ヴィクター』、そして『イヨ』。あなたも同じように、名前があるんじゃない?」

「おお!」


少女は、納得いった!という風に大きくうなづいた。そして、


「名前なんてないぞ。私は魔王、唯一無二にして絶対。だから他の個体と言葉で区別される必要がないのじゃ」


と、のたまった。


「…まあ、無いなら無いでいいわ。魔王ちゃん。麦粥だべれる?」


フランシスカは名前が無いことには深く突っ込まず、「魔王」と呼ぶことにしたようだった。イヨもヴィクターもその方針に従うことにした。


「ほお~?これは?」


魔王はフランシスカの差し出した麦粥に興味を示したようだった。


「麦粥って言って、このスプーンを使って食べるの」


フランシスカは魔王にスプーンを差し出す。このスプーンもイヨが魔王によって木から加工したものである。

魔王はそのスプーンをひとしきり観察した後、麦粥の中に突っ込んだ。


「そうそう。それで麦粥をすくって、食べるの」


(まるで老人の介護だな…、いや子供に離乳食を食べさせる母親か?)


フランシスカが魔王に食事をさせる様子を見て、ヴィクターはそんな感想を抱いた。その時のフランシスカの表情は、今まで見たどの表情よりも慈愛にあふれていた気がした。


「なるほどなるほど!」


魔王はフランシスカの説明通り、スプーンで麦粥をすくい。それを口の中に入れた。その直後。


バキッ、ボキッ、っと食事にふさわしくないような、豪快な音が魔王の口から聞こえてきた。


「なるほど、麦粥というのはこういう味なのじゃな!」


魔王が口から出したスプーンから、先の部分が無くなっていた。


「あ、あの魔王ちゃん?スプーンは食べるものじゃないのよ…」

「そうなのか?スプーンも食べた方が量が多くならないか?」

「そういう話じゃなくて…」


イヨとヴィクターは、2人のやり取りを見ながら魔王があの場所にいた理由を聞きだすのは当分先の話になりそうだと理解した。

この日、全く偶然にフランシスカのパーティーは4人目に増えたのであった。


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