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セックスに一番近い男  作者: IK_N
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森の魔王の領域にて③

「この木…」


フランシスカは近くにあった一本の木に近づいた。よく見ると、その木には白い花が咲いている。


「クリだわ」


フランシスカが見ていた木はクリの木だった。クリは大体5月頃に独特の形状をした白い花をつける。日本人にとってはなじみ深い食べ物でもある。ヴィクターもその名前を聞いて、この世界にもあることに驚いたと同時に、昔食べた栗ご飯のおいしさを思い出していた。


「クリですか。まだ実はなってないですね」


今は5月なのだから、当然である。クリは種類によるが、大体8月からが収穫期となる。


「このクリがどうかしたんですか?」


イヨが不思議そうにフランシスカに尋ねる。確かに、たかがクリである。この世界において、クリが特別珍しいわけでもない。


「周りを見て」


フランシスカが、2人にそう促す。イヨもヴィクターも周りを見てみるが、何かおかしいところがあるようには見えなかった。彼らの周りにはクリの木が生えている…ただそれだけである。


「すみません。フランシスカさん。一体何のことか私にはわかりかねますが…」

「クリの木は純林を作らないの」

「え?」

「クリの木は純林を作らない。純林があるとすれば、それは誰かの手が加わった場合だけなの」


フランシスカが足を止めた理由はこれだった。自然には発生しないはずのクリの純林が今、目の前にある。このことは彼女の好奇心を大いに刺激した。


「ここは…いいえ、もしかするとこのイプセンの大樹林は人工的に作られたものなのかもしれない。もしかするとエルフの里があるのかも…」


エルフの里。それはフランシスカが大きな関心を抱いていることの一つでもあった。かつて父親が挑んで断念したエルフの里の探索。もしかすると、それが手の届くところに近づいているのかもしれない。そうフランシスカは思いを強めていった。

彼女は、このクリの林がエルフの植林によって作り上げられたのではないかと推測していたのである。それは、彼女の願望が多分に入り込んだ推測であった。


「エルフの里、ですか。しかし、エルフが植林を行うという話は聞いたことがありませんが…」

「そもそもエルフの情報なんて少なすぎるでしょう?エルフは他の里との交流なんかも全くやっていないみたいだし、場所によっては独自の文化を形成しているところだってあるかもしれない」

「…それは確かに」

「エルフって、あまり生態がわかっていないんですか?」


イヨとフランシスカの会話にヴィクターは口を開いた。彼が知っているファンタジー小説に出てくるエルフと彼女たちが会話しているエルフにはかなりの乖離がありそうだと気づいたからである。


「あんたエルフも知らないの…」

「ええ、まあ」


かなり残念そうな目線を向けてくるフランシスカに、別に全く知らない訳でもないんだけどなぁ、などと考えるヴィクターだったが、この世界のエルフについては知らないのは事実なので、素直に聞くことにした。


「エルフは昔から伝承や文献で存在が示されていたけど、つい50年前までは実在が証明されてなかったのよ。それを冒険者だったクリストファー・ヴェスプッチのパーティが発見。そして帝国中に存在が知れ渡ったってわけ」


ヴィクターはその説明を聞いて、なんかパンダみたいだな、という感想を抱いた。


「それ以降、エルフの里は見つかっていない。クリストファーが見つけたエルフの里の人たちも、他と交流を持たないからそもそも自分たち以外のエルフが存在しているのかすらも知らないらしいわ」

「それは…また…」

「でも、それを見つけられるかもしれない。私たちがよ!」


フランシスカはエルフの里を探す気満々だった。と同時に彼女の話を聞いたヴィクターもエルフに対する興味がわいてきた。エルフという存在自体も彼に興味を抱かせるに十分だったが、歴史的な発見ができるかもしれないという高揚感を彼も持ったのである。


「確かに興味深い話ですが、どうやって探しますか?」

「決まってるわ。ここよ」


イヨの問いに、フランシスカは地図を指差して答えた。そこは、いわゆる未踏地帯であった。


「やはり、そうなりますよね」


イヨもその答えに納得した。すでに地図がつくられている場所にエルフの里などあるわけがない。であれば、未踏地帯を探すほかにないだろう。

しかし、それは大きな危険が伴う探索になることを示している。


そう。普通の冒険者であれば。


「フランシスカさんが行く気なら、私も行きますよ」

「ヴィクターさんが行くなら、当然私も付いていきます」


今、このパーティは普通の冒険者とはかけ離れた戦闘力と対応力を有している。逆に、今探索しなければ、今後一生この先に立ち入ることが不可能になるだろうとフランシスカは感じていた。


「そうと決まれば、早速出発よ!」


それまで大樹林から出ようとしていたフランシスカ達は、踵を返して深部へ向かうことを決めたのだった。




大樹林を進んでいた3人は、ほぼ同時に足を止めた。


「ここから先が、未踏地帯になるわ」


フランシスカの言葉を聞いたイヨが、無言で手のひらから光る球体を作り出す。しかし、別に大樹林の中は暗いわけではない。むしろ、そろそろ昼を迎えようとしている大樹林は、一日の中でも最も明るい時間を迎えようとしていた。


「これを先行させます。2人とも、私の後に付いてきてください」

「それは…?」

「魔法が使えない空間に入る前に気づくための仕組みです。もし魔法が使えなくなったらこの光が消えます。そうなったら引き返しましょう」

「魔法が使えない場所があるんですか!?」


ヴィクターは驚いた。それは、僥倖でもあった。

超強力な魔法使いのイヨと魔法の使えない空間。その2つの情報を与えられたヴィクターの頭の中で展開されるのは、普段なら敵でもない男たちに魔法の使えない空間で捕えられて凌辱の限りを尽くされるイヨの姿であった。


(ああ、最初は「魔法さえ使えればこんなやつら…!」って感じで睨んでくるけど、男たちの凌辱に耐えられずに泣き叫ぶイヨちゃんとかすごくいいな。股間に来る)


垂涎もののシチュエーションにヴィクターがトリップしていると、唐突に足に衝撃が走った。見ると、フランシスカがものすごい形相でヴィクターをにらんでいた。彼が、またイヨに対していかがわしい妄想をしていることに気づいたのである。


「魔法が使えない場所というものが確認されたことは、今までありません」


後ろでそんなやり取りが行われているとは気づかずに、イヨはヴィクターの質問に答えはじめる。


「ヴィクターさんには魔法の訓練の途中で教えようかと思っていましたが、そもそも魔法はなぜ使えるのか分かっていません」

「え」


衝撃的なセリフに、フランシスカの視線にたじろいでいたヴィクターは目の前のイヨを凝視した。ヴィクターは当然のことながら魔法のことなど分かっていないが、イヨほどの魔法使いが「魔法がなぜ使えるのか分かっていない」と言ったのである。


「魔法がなぜ使えるのかについて、帝国の中では2つの説があります。『魔力説』と『魔素説』です」


イヨは、未踏地帯を進みながら魔法についての説明をはじめた。

まず、魔力説というのは人がそれぞれ固有の「魔力」というものを備えている説である。これは体力と同様に個人特有であり、個人により差がある。そして体力と同様に訓練によって鍛え上げることができる。その魔力を、可視化によって現実世界に表出させたものが魔法になる。


もう一つの魔素説というのは世界中に「魔素」と呼ばれる、魔法の素になる目に見えないエネルギーが溢れている、という説である。

人は、火打石を使って火を作るように魔素を扱って魔法を作り出している。魔法訓練は魔素を扱えるようにするための訓練である。魔法の強さは個人の力ではなく、どれほど周囲の魔素を取り扱えるか、という才能によって決まる。


ヴィクターはこの2つの説を聞いて、結局使う側にとってはどちらでも構わない議論のような気がしてきた。しかし、続くイヨの説明でその意義を理解することになる。


「問題は魔素説の方です。この説が正しいと仮定すると、『魔素がない場所では魔法は使えない』ということになります。もちろん、今までそのような場所は見つかっていませんが、もしかすると未踏地帯にそれがあるのかもしれない。だからこれが必要なんです」

「なるほど…」


ふわふわとイヨの前方50mくらい先を行っている光の球体を見ながら、ヴィクターはその意義に納得した。

既に未踏地帯に入って500mほどは進んだだろうか。今でもまだ、3人の周りの景色は変わらず、クリの林が存在感を放っている。


今まで冒険者が立ち入らなかったにしては、ミノタウルスやグリフォンがいたあたりと林の雰囲気は変わらない。ヴィクターがなんだか拍子抜けしかかったところで、イヨの鋭い声が耳に刺さった。


「止まってください」


冷静でいて、その中に警告を含んだイヨの言葉が大樹林に響く。


「フランシスカ、こちらに来ていただけますか。決して私よりも前に出ないように」

「ええ」


言葉に従って、フランシスカはイヨのそばまで近づいた。


「これを見てください。なんだかわかりますか?」

「これは…!」


フランシスカが見たもの。それは糸だった。小さなクモが紡ぎ出したような細い糸がクリの木の間に張られている。しかし、一般的なクモの巣とは違い、放射状に広がっておらず、ただ糸だけが木の間に数本張られていた。

奇妙なのは、風が吹いてもその糸が全くなびかないところだった。その事実が、この糸が見た目以上の強度と硬度があることを示している。


「たぶん…アラネアね」

「やはりそうですか」


アラネアとはこの世界のクモの魔獣である。魔獣といっても生態はほとんど通常のクモと変わらない。糸を張り、その糸に引っかかった対象を捕食する。ただそれだけである。

他のクモと違うのは、糸を張るときにその糸に強力な酸性の分泌液を塗布するところにある。


その糸に他の動物や魔獣が触れると、肉を溶かして糸と「一体化」させて逃げられないようにする。そして、獲物のところまできたアラネアは同じ分泌液を獲物自体にかけてぐずぐずにしてから捕食する。

その捕食する姿を目撃したものは、一生食事がのどを通らず餓死してしまうという逸話から「餓死蜘蛛」という別名まで持っている。


「糸があってはまともに進めません。すべて除去してしまおうと思いますが…何か注意することはありますか」

「…私もアラネアについては詳しくは知らないわ。めったに見ない魔獣だし。でも…」


フランシスカは後ろを振り返って突っ立ったままのヴィクターを見た。


「ヴィクター。私たちの話、聞いてた?」

「はい、聞いてました」

「あんたって、クモは大丈夫なの?」

「…正直、苦手です…」

「…」


フランシスカが呆れたように溜息をつく。


(ゴキブリとかムカデとかクモとかああいうタイプの奴ら全般的に苦手なんだよなぁ。ハエトリグモは全然OKなのになんでだろう…)


しかし、さすがに苦手だからといって女の子に虫退治させてしまうのも引け目を感じる。ヴィクターは協力のために近づこうとするが、それを今度はイヨが止めた。


「いいですよ。苦手なら、私が一人でやります」

「でも…生態がよく分かってないのよ?最初にヴィクターをけしかけた方がいいわ」


なんとも物騒なことを言われている、とヴィクターは感じたが彼自身その方が一番安全だろうと考えていた。どのような分泌液を持っていようが、自分には傷一つつけられない。そんな確信が彼にはあった。


「だからこそですよ」


イヨは笑った。


「生態のよく分からない相手に負けるようでは、特別魔法騎士団は務まりませんから」


その言葉と同時に、そよ風をフランシスカは感じた。彼女が糸の方を見ると、今まで張られていた糸がすべて消えていた。イヨが魔法で消したのだ。


「これで、向こうからやってくるでしょう…」


イヨがその言葉を言い終える前に、彼女の目の前に突然巨大な石の柱が出現した。


「きゃあっ!?」


突然のことに転びそうになったフランシスカをヴィクターはすぐに支える。


「な、なに!?もうアラネアが来たの!?」

「いえ、違います、もう終わりました」

「え…?」


イヨが人差し指で石の柱の上を見るようにフランシスカへ促した。そこには、頭部を石で突き刺されて悶え苦しむアラネアの姿があった。石の柱は円錐になっていたのだ。アラネアの体長は2mほどか。しばらく8本の足をがむしゃらに動かしていたが、次第にその動きも止まっていく。


「うそでしょ、さっきまで影も形も…」

「ええ、私も少し驚きました。一瞬でここまで肉薄するほどの瞬発力があるとは思いませんでした」


ヴィクターにも見えていた。アラネアがイヨに突進していく姿は、まさに弾丸だった。走ったというより、跳躍したという表現の方が正しいのだろう。

アラネアが突進してきた方向では何本かクリの木が折れてしまっていた。速度が音速を超えていたのだ。


「とにかく、これで障害物は無くなりましたね」

「え、ええ」


態勢を立て直したフランシスカは仕切り直しをするように、自分で両頬を叩いた。


「よし!いきましょう!」


3人はさらに大樹林の深部へと足を進めはじめた。



「そろそろ、止めにしましょうか…」


フランシスカの、若干弱気な声が聞こえてきたのは空の色が茜色になろうかという時間帯であった。


アラネアと戦った場所からさらに1km近く奥に入ったところで、今度はクリの木の純林が無くなり、ナラやブナが目立ちはじめた。そこから先は自然の林になっていると判断したフランシスカは方向を変えてクリの純林を追うように探索をしたが、この時間までめぼしい成果は得られなかった。


「…最後、まだ探索していないここだけ見て、馬車に戻りましょう」


フランシスカは2人に地図を見せた。クリの純林を目印に探索を進めていたので、唯一残っている部分がドーナツの穴のように開いていた。


「この中心部ですね」

「ええ、正直望み薄だけどね。とても複数人が生活できる広さじゃあないし…」

「ま、まあ依頼自体は達成したんですから、そのお金使ってまた探しましょう」


あきらめムードになっているフランシスカをヴィクターが慰める。変わらずイヨが魔法で作った光の球体を先行させて、2人がその後に続くというスタイルだ。


ふと、先を歩いていたイヨの足が止まった。


「イヨ、もしかしてまたアラネアとか?」

「いえ、違います。あれを見てください」

「!」


イヨの進む先にチラリと見えたものに、フランシスカは色めきたった。それは明らかに人工物…祠のよな建物の先頭部だった。


「う、うそ!?ホントに?」


建造物に駆け寄りそうになるフランシスカをイヨはすぐに止めた。


「待ってください。安全が確認できるまでは私が先行します」

「そ、そうよね。ごめんなさい…」


一歩、また一歩と建物に近づくたびに、フランシスカの興奮も高まって行った。その建造物は高さ3メートルほどしかなかった。レンガを積み重ねて造られたそれは、小さな聖堂のようで、神秘的な雰囲気をヴィクターに感じさせた。


建造物の周囲を回ってみたが、入り口は一つだけだった。レンガには植物の蔦が這っており、何個か形が崩れてしまっているものも見受けられた。

フランシスカが「もしかすると製造者の名前が彫られているかも」と崩れたレンガを詳しく見ていたが、結局何も見つからなかった。


「それじゃあ、中に入るしかないわね」


フランシスカは意気揚々としていた。エルフの里は無かった。しかし、もしかするとそれ以上の大発見を自分たちが成し遂げるのではないか、という期待が高まっていた。

そして、その思いは、ヴィクターもおおむね同じであったのだ。


「では、私が先行して入ります」

「ええ!お願いイヨ」


先ほどまでと変わらず光の球体を先行させて建造物の中に入っていくイヨ。そして、イヨにほとんど寄り添うように歩くフランシスカ。その少し後ろにヴィクターが付いていた。


建造物の中は狭かった。3メートル四方…ちょうど六畳間くらいしか空間が無かった。その真ん中にはレンガ造りの椅子があり、そして…


「え」

「え」

「え」


その椅子を見て、異口同音に3人は呟き、そして目を丸くした。

その椅子には、フランシスカやイヨと同年代と思われる少女が、全裸で座っていたのである。


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