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セックスに一番近い男  作者: IK_N
13/39

森の魔王の領域にて②

夜。

一日ではグリーグ伯爵領には届かないので野営をすることになった。


フランシスカとイヨは食事の準備をしているが、ヴィクターはそれをただぼうっと眺めていることしかしていなかった。彼も一応、料理の手伝いや薪の収集などをしようとしたのだが、前者は「料理は女の仕事」という一言で断られ、後者はイヨがやってしまった。


流石魔法使いというべきか、イヨは近くに生えていた木に対して魔法を使ったかと思うと一瞬で程よい大きさに切断され、乾燥まで加えられていた。おまけに火も魔法で付けるため面倒な火つけの作業もなし。

ヴィクターは、それを見ると自分のいた世界よりも便利な生活ができているのではないかと考えてしまった。


「はい。できたわよ」


フランシスカの声でヴィクターは我に返った。

ヴィクターの前には暖められたミルクとパンが2切れ出されていた。


「少ないとは思うけど、この先何があるか分からないし、我慢してよね」

「いえ、十分です。いただきます」

「『いただきます』?」

「あー、私の元いた世界では食事の前にこう言うんです」

「ふーん。前にオムレツ食べたときは言ってなかったじゃない」

「あれはオムレツ自体に驚いていたので…」


確かに今回のミルクとパンには驚くべきものは無かった。少し違うのはミルクが魔獣からとられたものだということくらいだろう。

3人は昼間ストレイシープと呼ばれる羊と似た魔獣に出くわしていた。とはいえ、その魔獣自体は温厚な性格らしく、むやみに人を襲わない。


ところが、フランシスカがこのストレイシープからミルクを確保しようと考えたのである。ストレイシープの群れの中から子供に乳を与えている母親を狙い、ヴィクターが魔獣の体を押さえてフランシスカが乳を搾る。イヨは他の魔獣が襲い掛かってこないように防壁を張る。


そうやって手に入れたミルクが今ここにあるというわけである。結局一食分しか確保できていないが、そもそも保存することもできないのでこれで十分なのだ。


ヴィクターは手に持ったパンをかじる。この世界に来て食べた中で一番堅いパンだった。保存性を高めるために水分が少なくなっているのである。このパンも往路の分は確保してあるが、復路の分はない。この道中で、なんとか食料を確保する必要があった。



この日の夜。見張りはヴィクターがすることになった。

馬車の近くで火の面倒を見ながらあたりを警戒する役目。それをヴィクターに依頼したのはフランシスカであったが、それには理由があった。


「ヴィクターのいないところであなたと会話したかったのよ、イヨ」

「はい。わたしもです。フランシスカ」


馬車の中、2人の少女は顔を突き合わせて会話をしはじめた。実際にはイヨが無音魔法を使っているので、こんなにこそこそする必要はないのではあるが。


「ヴィクターさんは、一体何者なんですか?フランシスカは何か知っているんですか?」

「…ヴィクターが何者かは、私にも分からないわ」


フランシスカは自分が初めてヴィクターと会った時のことをイヨに話した。


「…こんなところね。私もあいつについて知っていることはあんまり無いの。ただ…」

「ただ?」

「あいつ、以前から『自分は別の世界で暮らしてた』って話をよくするの」

「食事の時も言ってましたね。そんなこと」

「あいつの強さにはそれが関係してるのかも…」


そういうと、フランシスカは押し黙る。結局のところ、今の情報でヴィクターが何者なのか、考察する情報も見当たらないのだ。


「…もう一つ、聞きたことがあります」

「なに?」

「あの、ヴィクターさんとフランシスカは…そういう関係なんですか?」

「ちがうわ」


『そういう関係』の意味をすぐに理解したフランシスカは即否定した。


「あいつ、最初に私を助けたときに、助けた代価にそういうことを要求してきたのよ」

「え、じゃあ…」

「実際にはまだ何もやってないけどね…。私は助かるけど、あいつがいったい何を考えてるのかさっぱりよ」

「そうなんですね…」

「イヨも気を付けた方がいいわ」

「…?何をですか?」

「あいつ、ときどきなんだかものすごく気持ち悪い目で私を見てることがあるの。全身がおぞ気だつような気持ち悪さ…。最近、それをイヨにも向けてる時があるの」

「え」


フランシスカからの忠告を受けて、イヨは驚いた。彼女は、そんな視線には全く気が付いていなかったのである。フランシスカの言う目線とは、つまりヴィクターが心の中で彼女たちを嬲っているときの目線であった。


「特別魔法騎士団のあなたなら大丈夫だとは思うけど、一応ね」

「わ、わかりました。以後、気を付けます」


正直、イヨもいったい何に気を付ければいいのか分かっていなかったが、とりあえず今までよりもヴィクターから距離を取ることに決めた。


翌日。ヴィクターは妙に自分を警戒し、距離を置いてくるイヨを見て、昔友達が旅行に行くといって突然押し付けられた猫のことを思い出した。



2日後。

3人は予定通りにイプセンの大樹林に到着した。


(へえ、思ってたよりも明るい林だな)


イプセンの大樹林の入り口まで来たヴィクターはそんな感想を抱いた。太陽の光が、広葉樹で完全に遮られずに、地面の草花を照らしている。風が吹くと光がさざめき、ゆらゆらと踊る。見ていて飽きない光景だった。


「ヴィクター。何してるの」


フランシスカに呼ばれてはっと我に返った。ヴィクターは、先行していた2人の後を付いていく。

ずんずんと林の中を進んでいくフランシスカとイヨを見て、ヴィクターは驚いた。おそらく、それはカルチャーギャップに近いものだったのかもしれない。


(う~ん。こういうところは虫とか蛇とか気になって、歩くのに慎重になってしまう…)


もちろん、虫や蛇などがヴィクターに害をなせるわけがないのだが、そこは現代っ子ならではといったところか。いくら強くなったといってもゴキブリが苦手なのと同じことなのである。


フランシスカはそんなヴィクターの胸中など知る由もなく、先行して進んでいた。とはいえ、少し進むごとにナイフを使って木に印をつけて、帰る際に迷わないように配慮はしていたが。


しばらく進んでいくと、フランシスカとイヨは木の影にさっと隠れた。


「あの…」

「!」


ヴィクターの声を聴いたフランシスカは、鬼の形相で後ろを振り向き、『静かにしろ!』とジェスチャーを行う。そこでようやくヴィクターは彼女たちの前に頭が牛で体は人間の奇妙な生き物…ミノタウルスが歩いているのを見つけた。


(お、おお!ミノタウルス!マジでミノタウルスだ。この世界でも頭が牛の怪物はミノタウルスって言うんだなぁ)


ミノタウルスは1匹だけだった。その手には棍棒のようなものを持っている。ゆっくりと大樹林の中を練り歩くその姿は、その体に当たる木漏れ日も相まって、神秘的な雰囲気をかもし出していた。


「まずはあの一匹を襲いましょう」


そう、フランシスカはヴィクターとイヨにささやいた。


「ヴィクター、まずはあなたが押さえつけて」

「わかりました」


フランシスカからの命令を素直に聞いて、ヴィクターは一人ミノタウルスの前に姿を見せた。


「ヴォッ!」


すぐさまヴィクターの存在に気づいたミノタウルスは、鳴き声を上げると同時に棍棒を両手で握り、自分の右肩近くまで引き上げた。それがミノタウルスの威嚇のポーズらしい。ヴィクターにはその姿が、出来損ないのバッターに見えた。


ミノタウルスの警戒をどこ吹く風と、ヴィクターはずかずかと前進していく。ミノタウルスも威嚇のポーズから一切体を動かさず、近づいてくるヴィクターをその視界にとらえ続けた。


近付くにつれ、ヴィクターはミノタウルスの大きさに驚かされた。190cmはあるはずのヴィクターよりもさらに頭一つ分大きい。間違いなく2mを超えているその体躯は、魔獣と呼ばれるのにふさわしいものがあった。


(こんなやつ、元の世界では絶対に近づかないだろうな)


そう考えながら、ヴィクターがさらに一歩踏み出した瞬間、ミノタウルスは先ほどとは比べ物にならないほどの大きな鳴き声を発した。


「ヴウォォォォォォォォッ!!」


それが攻撃の合図だったかのように、棍棒を大きく頭上まで掲げて、ヴィクターの脳天めがけて振り下ろす!

普通の人間であれば、間違いなく絶命必至の一撃。だが、攻撃を行ったミノタウルスが見たのは、棍棒を片手で受け止めているヴィクターの姿であった。


「悪いが、少し眠っていてくれ」


ミノタウルスはヴィクターの言葉を理解できない。だが、その言葉の直後に放たれた右ストレートが、自分を容易に気絶させるだけの威力を持つことに、野生の直感で気づくのであった。


バキッという音と共に、ミノタウルスの体は数センチほど宙に浮き、その後力なく地面にあおむけになり倒れた。ヴィクターは気絶したミノタウルスから角を採取しようと、まず頭の右側にある角に手を伸ばした。

その時、


「ちょっと待ったーーーーーーー!」


ヴィクターを呼び止めたのはフランシスカであった。ダッシュで自分の方へ向かってくるフランシスカを見て、ヴィクターは何か自分がやらかしたのかと困惑してしまった。


「あの、何かまずかったですかね?」

「角!手で折ろうとしちゃだめよ!」


肩で息をしているフランシスカはかろうじてそれだけ言葉にした。そのまま、手に持った依頼書のある部分に指をあてる。そこには以下のように書かれていた。


“インク入れ素材用”


「インク入れに使うから、断面は綺麗にしとかないと」

「ああ、なるほど…でもどうすれば…」

「私がやりましょう」


2人の会話を聞いていたイヨは、ミノタウルスの右側の角に手を伸ばす。すると、あっという間にスパっと角が切れてしまった。


「おお!」

「流石ね」

「このくらい、なんでもないです。じゃあ左側も…」

「それはダメ!」


フランシスカにピシャッと反対されて、イヨは驚きの視線を彼女に投げた。


「ミノタウルスは両方の角を失うと群れに居られなくなるのよ。群れからはぐれたミノタウルスが村の穀物を荒らしたり、家畜の食料を奪ったりするから片方だけにしないとダメ」

「そんな習性があったんですね…」


ミノタウルスの習性について、基本的に首都で魔法研究を中心に行っていたイヨにとっては目からうろこの話であった。フランシスカは、父親の冒険譚を聞いていたために、冒険者としての情報を多く知っていたのだ。


「でも、一体から角一本しか取れないとなると、結構時間かかりますね」


依頼は『ミノタウルスの角24本』。これからまた林の中にいるであろうミノタウルスを探して、一本だけ回収して…ヴィクターにはそれが気の遠くなる作業に思えた。


「大丈夫よ。さっき言った通り、ミノタウルスには群れを成す習性がある。このミノタウルスは見張りの可能性が高いわ。だから、さっきの大声に反応して…」


フランシスカが言い終わる前に、林の奥から何体もの足音が聞こえてきた。


「さあ、お出ましよ」



ヴィクターはイヨと協力して、ミノタウルスたちを一網打尽にした。気の遠くなる作業だと思っていた『ミノタウルスの角24本』の収集はあっという間に完了してしまった。

いや、正確には収集したのは25本となった。フランシスカも自分用にインク入れが欲しいらしく、1本余分に収集したのだ。


「フランシスカ、早めにここを離れましょう。あなたの指示通り、一体も殺していないので、いずれ目を覚まします」

「ええそうね。ありがとう」


イヨの提案通り、3人は気絶したミノタウルスをそのままに移動を開始した。

ミノタウルスの角はいずれ再生する。殺さずそのままにしておけば、再び角を収集することができるのだ。これも冒険者の知恵の一つだった。



「さてと」


ミノタウルスから十分に距離を取った後、フランシスカは冒険者組合から貸し出された地図を広げた。そこにはイプセンの大樹林の中で、どこにミノタウルスが出るか、グリフォンが出るか、といった情報が記載されている。

しかし、イプセンの大樹林すべてを網羅しているわけではなく、あくまで林の入り口から数キロメートル程度のところまでであった。

そこから先は、他の冒険者たちが入ったことのない…あるいは、入った後戻ってこなかった領域なのである。


「ここから西に1km位のところね。古い情報だから結構誤差があるかもしれないけど…」


目標値を決めて、再び歩き出す。ヴィクターは初めてのクエストに若干緊張していたが、それもこのころにはほぐれてきた。


しばらく林の中を歩いていると、再びフランシスカとイヨが木の影に隠れた。

ヴィクターがその先を見てみると、上半身は鷹、下半身はライオン…ゲームでもおなじみのグリフォンがそこにいた。


グリフォンはその巨大な鉤爪を使って、イノシシを捕まえ、その肉を食べている最中だった。


(肉食なのか…いや、鷹の頭にライオンなんだから当然か)


「チャンスね。お行儀は悪いけど、食事中にお邪魔しちゃいましょう」

「それでは、やりましょうか」

「ダメよ。ヴィクターじゃあ近づく前に気づかれて逃げられる。グリフォンはミノタウルスみたいに守る群れもないから、こっちを待ったりしてくれないわよ」

「では、私が」


イヨは木の影に隠れた状態からグリフォンを一瞥した。次の瞬間、グリフォンは地面にたたきつけられ、ギャーーーーッという人の悲鳴のような鳴き声を上げた。


「押さえつけました。あとの収集はおまかせします」

「じゃあ、私とヴィクターで収集しましょう。グリフォンの羽根も生え変わるから、48本全部あいつからとっちゃいましょうか」

「今回、何か気を付けることは…?」

「特にないわね。羽ペンに使うものだから根本からとらないとだめだけど、逆に根本以外からとる方が難しいし」

「わかりました」


フランシスカの言うとおり、グリフォンの羽根は簡単に採取できた。今回も依頼より1本だけ多く集めている。これもフランシスカが羽ペンとして使うためのものである。

『ミノタウルスの角24本』『グリフォンの羽根48本』の収集はあっけなく終了した。しかし、これはヴィクターやイヨというたぐいまれな戦闘能力を持った2人がいたから達成できたことである。


普通の冒険者はミノタウルスの群れと真っ向から戦おうなどとは思わない。数と力であっさりと蹂躙されるからである。グリフォンを動かないように抑えつけることもできない。熊よりも強い筋力で振り払われて、鉄をも切り裂く爪で鎧ごと三枚おろしにされるからである。


これならこの先もなんとかやっていけるかもしれない。そうフランシスカは考えた。


「さあ、それじゃあ近くの都市に行って、換金しましょうか!」


景気よく宣言し、元来た道を戻ろうとするフランシスカ。しかし、彼女は周りを見渡して、唐突に歩みを止めた。


「フランシスカさん?どうしました?」

「もしかして、道が分からなくなりましたか?私の魔法で馬車まで戻りましょうか」


2人の声も、今のフランシスカには届かなかった。


(これ…これってまさか…)


先ほどまで普通に見えていた大樹林の姿が、今のフランシスカには全く別のものに見えはじめていたのである。


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