余所者③
「フランシスカさん…ですか」
「はい。金髪で蒼い瞳の女の子、ちょうどイヨさんと同じくらいの歳だと思います」
「う~ん。他に特徴ってありませんか?」
「えっと、髪はちょっとウェーブがかかってました」
「…」
ヴィクターとイヨは応接室から移動し、城の中を歩いていた。青年の方は別の仕事があるらしく、皇帝との謁見の後にすぐ消えてしまった。
「そのフランシスカさんが首都にいるということであれば、しらみつぶしに探すしかないですね」
「でも、この首都すごく広いですよね…」
「ええ、私が魔法でサポートしますので、ヴィクターさんが探してみてください」
イヨはそう言うと足を止めて、スッと自分の目の前を手で払った。すると、彼女の前の空間が歪んで、城下町らしき映像が浮かんできた。
「おお!」
「城下町はかなり広いので、複数同時に映しますね」
すると、大きな一つのゆがみだったものが12個に分裂し、それぞれ別々の場所を映し始めた。その光景は、まるでSF映画でも見ているような錯覚をヴィクターに与えた。
(高度に発達した魔法は、科学技術と区別がつかないな…)
「30秒ごとに映している場所を切りかえます」
「ありがとうございます」
ヴィクターはじっと12個の窓を凝視した。次々と映す場所が切り替わっていくが、一向にフランシスカは見つからない。
「…人探しの魔法とかってないんですかね」
「私が会ったことのある人なら方法も無くはないですが、魔法はそんなに万能ではありません。あなたの持っている『祝福』もそうですよね?」
「『祝福』ですか」
ヴィクターは、イヨから出てきた『祝福』という言葉に食いついた。裁判で皇帝とフランシスカとの会話に出てきた単語、それがヴィクターは気になっていた。
「すみません。私は『祝福』というものを良く知らないんですが、それはどんなものなんですか?」
「え」
イヨは心底驚いたようで、ヴィクターをじっと見つめた。
「『祝福』はその言葉の通り、神から人間に与えられた祝福のことです。魔法とは違って先天性で、誰もが持っているわけではありません」
「イヨさんも『祝福』は持っていないんですか?」
「はい。持っていません。『祝福』持ちはかなり希少です。帝国の歴史上でも『祝福』持ちとされる人物は10名ほどしかいません」
「その『祝福』というのは、魔法よりすごいんですか?」
「…」
イヨは、ヴィクターの質問にどう回答するか少しだけ悩んだ。なかなかに答えづらい質問だったのである。
「『祝福』にも魔法と同様に種類があります。中には魔法で簡単に代替できるものもありますが、唯一無二の特殊なものもあります」
「魔法にもできないことができるってことですか」
「はい。過去には相手の心が読める祝福や、未来を予知する祝福などが現出したことがありました」
(心を読むとか未来予知は魔法じゃできないんだな…あー、じゃあ催眠魔法とかもなさそうだなぁ。ちょっと残念)
頭の中でバカなことを考えながらも、次々と切り替わる映像を見続けるヴィクター。イヨもそれにこたえて、首都のいたるところを魔法で写し続ける。
「…皇帝陛下は私が『祝福』持ちではないかと疑問を持たれていたようですが」
「当然です」
ヴィクターが質問を言い切る前に、イヨは回答した。
「魔法を使えない人間が第一魔法騎士団に勝つことなど不可能です。まして、私と団長の攻撃を魔法で防げる人間なんて、この世にいません」
「いました」
「いえ、いません」
「あ、すみません。フランシスカさんがいました」
「え」
イヨはヴィクターが指差している歪みの窓を見た。そこにはたしかにフランシスカの姿があった。彼女は、あまり人気のない通りでぼうっと脇にある何かを見つめているようだった。
「みつけましたね。早速向かいましょう」
イヨはそう言うと、指でピンっとフランシスカの映った歪みをはじいた。すると、その歪みが人が通れるほど大きくなったのである。
「おお!」
「それでは行きましょう」
イヨは、ためらいもなくその歪みの中に足を踏み入れた。すると、彼女の体がそのまま歪みの向こうに移動していく。
(なるほど、どこでも○アみたいな感じか。魔法みたいだな…魔法だけど)
魔法の挙動に納得すると、ヴィクターもその歪みへと足を進めていく。瞬間移動魔法を使われたときのような違和感を覚えた後、周りの景色が一変しているのに気づく。
(こりゃすごい、魔法の世界って感じだなぁ…)
「ヴィクターさん、あの人がフランシスカさんですよね」
「あ、はいそうです」
初めての魔法体験に感慨にふけっていたヴィクターを、イヨが正気に戻す。彼らの目の前にはフランシスカが確かに立っていた。しかし、フランシスカは2人の姿に気づいてはいなかった。彼女はどうやらあるお店の前で棒立ちになっているようだった。
ヴィクターがゆっくりとフランシスカに近づく。もう手を伸ばせば髪に触れられそうなところまで近づいても、フランシスカはぼうっとお店の方を見ているだけだった。
ヴィクターは、その状態のフランシスカに声をかけるのが躊躇われたが、イヨも傍らにいる状態でずっと黙っているわけにもいかず、拳を握りしめて決心をする。
「フランシスカさん」
その声にフランシスカは反応し、少し首をヴィクターの方に向けた。その無機質な目線にヴィクターは少し冷や汗が出たが、次の瞬間フランシスカは目を丸くして叫んでいた。
「ヴィ、ヴィクター!?え、あなた死刑になったんじゃあ…!?」
「ええ、死刑になりました。執行もされましたが死ななかったので戻ってきました。探しましたよ」
「え、は、はあ」
まったく事態が飲み込めず、混乱の極みにあったフランシスカだったが、ヴィクターがあまりに落ち着いていたので、彼女も次第に動揺が収まってきた。
「生きてたのは、よかったわ。私のせいで死刑にされたんじゃ、後味悪いもの」
「別にフランシスカさんのせいでは…」
「私はそう簡単に物事を割り切れないの」
「…そうですか」
フランシスカはヴィクターから目線を外し、再び店の方を向いた。
「どうして、戻ってきたの?私との主従関係は解消されたでしょ」
「元々主従関係だったとは思っていないので…」
「じゃあ、なおさらなんで私のところに来たのよ。特別魔法騎士団に誘われたんでしょ?」
「え、なんでそれを?」
「…あなた、特別魔法騎士団のイヨでしょう」
フランシスカはイヨの方を振り向いて声をかける。自分に声がかかると思っていなかったイヨは、少しの驚きの後フランシスカに答えた。
「はい、そうです。お会いしたことはないはずですが…」
「ええ。でも、そのローブを羽織って私と同じ年の子なんて、うわさに聞いたイヨくらいしか知らないもの」
ヴィクターはこの時、イヨが特別魔法騎士団であること、そしてあのローブが制服であることに確信が持てた。なんとなくそうだろうなとは思っていたが、所属を断った手前直接聞くのがはばかられていたのだ。
「そうです。皇帝陛下はヴィクターさんを特別魔法騎士団に誘いましたが、難色を示されたので一時保留となりました」
「い、いや別に難色と言うほどのことは…」
「ではなぜすぐに所属を決めなかったのですか?」
「う…」
イヨに痛いところを突かれてヴィクターは黙った。フランシスカは軽い溜息をついて、話を元に戻す。
「魔法騎士団入りを断ってまで私に会いに来て、何がしたいのよ。って1つしかないか、あんたの場合」
ヴィクターは最初、フランシスカの言葉が何を示しているか分からなかった。何しろ、彼自身でさえなぜこんなにもフランシスカと会わなければならないと感じているのか、説明がつかなかったからだ。
「すみません。自分でもなぜフランシスカさんと会わなければならないのか、理由がよく分かっていなくて」
「………はあ?」
ヴィクターの方を振り向いたフランシスカの顔には驚きと怒り…そしてしばらくして羞恥が加わった。
(あ、やばい。これはミスったな)
フランシスカのその表情を見たことで、ヴィクターは彼女が何を想像していたのかを理解した。
「セックス」である。
そういえば彼女と出会ったころから常にヴィクターはフランシスカとセックスしたいと言い続けていたのだ。彼女にとっては、ヴィクターが会いに来る理由などそれくらいしか思いつかないのであろう。
しかし、先ほどまでヴィクターがフランシスカを求めていた理由にセックスは含まれていない。彼の焦燥感の正体はそんなことではない。それは、彼が一番よく分かっていた。
だが、ヴィクターはフランシスカの感じているであろう羞恥心を抑えるために、嘘をつくことに決めた。
「少し、おふざけが過ぎましたね。実は単にフランシスカさんとのセックスの約束を果たすために来たんです」
「え」
ヴィクターの言葉に対して、声を上げたのはイヨだった。彼女は突然のカミングアウトに呆気にとられてヴィクターの顔を見つめる。
「…ま、そんなところよね。それが終わったら、あんたはどうするの?」
「え?」
「何か、やりたいことはあるの?」
「…」
ヴィクターは、フランシスカから飛んできた予期しない質問に面食らった。
フランシスカとセックスし、それが終わったらどうするのか?基本的に物事を深く考えることをしないヴィクターは、そんな先のことに興味を持っていなかった。しかし、それはないがしろにすべきではない重要な問題であった。
ロリのハーレムを作りたいという野望はあるにはあるが、この場で言うにはどうにもはばかられる。
「私のお父様は、若いころは結構いろいろなところを旅していたらしいの。私はその時の話をよく聞かせてもらっていたわ」
ヴィクターの考えがまとまらないうちに、フランシスカは話を始めた。
「北方にすむ獣人の遊牧民だとか、エルフの里の探索隊に参加した話だとか、そんなお父様の話を聞くうちに、私も外の世界を旅してみたいと思うようになってたの」
「でも諦めてた。私は女だから、バイロン伯爵の子息の誰かと結婚して、貴族として死ぬ。そういう人生だと思っていた」
「そう思ってたのに、1日であっけなく変わっちゃった。城のみんなは殺されて、お父様はお母様を騙してバイロン伯爵と関係を持っていて、仲がいいと思っていたポリドーリ伯爵は私を恨んでた」
「おまけに私を守った人は私に体を要求して脅してくるし」
「う」
非難されたヴィクターはうめき声をあげた。フランシスカの言葉も効いたが、彼の隣にいるイヨからの鋭い視線も、彼の居心地を悪くしていた。
完全に自業自得である。
「もうどうにでもなれ、って思ってたけど、このまま歴史になにも残さないまま消えていくのは、死ぬよりイヤ…!」
語尾強く、静かに叫ぶと、フランシスカは彼女の前の店を指差した。ヴィクターがその店を確認すると「ヴィスコンティ彩飾写本製造」と書かれている。
「彩飾写本?」
「ええ、写本に装飾画をつけたり、金箔を張り付けたりして煌びやかにしたものよ。ここはそれを作る専門店」
「これが何か?」
「私もいつかここで写本を作ってもらう…いえ、作らせるのよ!」
フランシスカは小さな二つのこぶしをぎゅーっと握った。
「昔のことわざでもあるでしょ『ペンは剣よりも永し』!紙に書かれたものは永遠に残るわ。私はこれから世界を巡る旅にでる!そしてその出来事を本にして売り出すのよ。この店だけじゃない、世界中の彩飾写本製造人が私の本を作ることになる!」
そう力説した後、フランシスカはヴィクターの目を正面から見据えた。
「それにあんたも協力して」
「え、いったい何を協力すれば」
「旅が終わるまで私を守って。その代わり、あなたのやりたいことにも協力するわ」
「…」
ヴィクターは、フランシスカの言葉を聞いて。半分安心し、半分がっかりした。
どうやらフランシスカはヴィクターが思っていたほど落ち込んだりはしていなかった…いや、落ち込んではいたようだが、そこから自力で復活したようだった。それがヴィクターを安心させた。
しかし、『あなたのやりたいことにも協力するわ』と言われたのは残念だった。ヴィクターはサディストだった。ただのセックスや、あるいは加虐趣味的な行為もよいのであるが、その嗜好の本質は『男の行為によって捻じ曲げられる少女』という部分なのである。
最初は生意気だった少女を暴力で従順にしたり、気の強そうな少女を凌辱して許しを請わせたりする行為が彼の欲望を満たすのだ。
最初から『なんでもやってあげる』と言われても、息子は反応しないのである。
「ちょっと!どうするの?」
しばらくボーっとしていたヴィクターに腹を据えかねたフランシスカが声を荒げる。
「えーっと、協力するのはやぶさかではないですが、裁判の結果的にこれって良いんでしょうか?」
たしかフランシスカはヴィクターとの主従関係を解消されていたはずである。そのことをイヨに聞いてみると、彼女は平然と次のように答えた。
「主従関係を結ぶのであれば裁判の結果に不服ありと見なされます。帝国の法では種類のことなる罪でも2回犯したものは極刑となりますよ」
「雇用関係なら問題ないわよね?」
「はい問題ありません」
「あ、問題ないんですね…」
なんだかいろいろ抜け道がありそうにヴィクターは思えたが、イヨが問題ないというのであれば問題ないのだろう。
「…わかりました。約束もありますし、協力しますよ」
「ありがとう。今無一文だから、当分金銭の報酬は払えないけど…その間の金額はいつかちゃんと払うわ」
「え」
「?何か不満?」
「いえ、てっきりその間の報酬は体で払ってくれるのかと…」
「雇用関係って言ってるでしょ!金銭のやり取りじゃないと認められないわよ!」
「まったくその通りです」
フランシスカは顔を赤らめてヴィクターに反論した。イヨはそれとは正反対に冷たい目でヴィクターを見つめていた。
(ああ、なんか、この感じいいなぁ)
ヴィクターは、この異世界での自分の状況が意外に悪くないことに驚いた。なんだかんだで彼の周りには可愛い女の子が2人もいるではないか。少しだけ、ロリのハーレムを作るという夢に近づいている気がしないでもない。
フランシスカとイヨは2人で会話をはじめていた。イヨの方からこれまでの事情を詳細に説明しているらしい。2人の女の子が会話している姿は、実に愛らしいものだった。
(まあ、俺の欲望を満たすのは後でもいいか。今はフランシスカちゃんの夢の協力をしてあげよう)
そう、心の中で決めるとヴィクターは2人の会話のどこかで話に入り込めないか、タイミングをうかがいはじめるのであった。




