余所者②
死刑判決から2時間後、ヴィクターは刑場まで続く通路を騎士と2人で歩いていた。ヴィクターの元いた世界は違い、ここでは迅速に刑が執行されるのである。そもそもこの世界に懲役や禁固などの刑罰は存在しない。冤罪というものを考慮していないことと、犯罪者を管理するのに労働力を使うくらいなら、他のことに使おうという考えからだ。
通路はバロック風…と言っていいのだろうか。柱の一本一本に過剰とも思える彫刻がなされていた。とても刑場まで続く通路にふさわしいとは思えなかったが、ヴィクターはその美しさに感嘆していた。
(見事なもんだな…行ったことないけどイタリアとかフランスとかだとこういう建物たくさんあるんだろうな)
通路の終わりが見えてきた。薄暗い通路から出る瞬間はまるで光の扉をくぐっているかのような錯覚を、ヴィクターに与えた。
(なんだここ?)
通路の終端。おそらく刑場と思われるそこは、ヴィクターの想像していたものと違っていた。そこはまるでコロセウムのような広い空間だった。当然のように、電気椅子も絞首刑用の縄も、薬殺用の設備も見当たらない。一緒にここに来た騎士は、ヴィクターをそこに残したまま踵を返してしまった。
広い空間のなかで、ヴィクターは一人で佇むことになる。
(ここで死刑執行?クマやライオンでもけしかけるつもりか?)
ヴィクターの想像はおおむね正しかった。しばらくすると目の前の、ヴィクターが通ってきた方とは別の通路から、2人の人間が現われた。
(………………………なんだあれは)
2人とも白いローブ…いや、ローブと言うには前がはだけすぎていて、マントのようになっていたが、それを着こんでいた。そのお揃いのローブで2人が何かしら共通した組織に所属しているのだろうとヴィクターは推測した。
1人は直刀を持った青年。痩せ型に見える体型に、本当に前が見えているのか疑わしいほど前髪が長かった。
1人はフランシスカとさほど変わらない年齢と思われる少女。黒いセミロングの髪と黒い瞳。ギュっと口を結んで厳しい顔つきをしていたが、それがむしろ愛らしさに拍車をかけていた。
(この世界は、いったいどうなっているんだ?)
目の前の2人を見つめながら、ヴィクターは驚愕によって心拍数が上がっていくのを感じた。安全だと思っていた道路を歩いているとき、自動車にニアミスされたような感覚が襲ってきた。
ヴィクターの目の前に現れた2人の強さは、常軌を逸していた。
(あり得ない…第一魔法騎士団が最強じゃないのはあの裁判長を見てれば分かったが、いくらなんでもこれはおかしすぎる。同じ世界の住人なのに、個々の戦闘力がこんなにも違うなんてことが起こりうるのか?)
ヴィクターは先ほどまで裁判長の100倍、1000倍までの強さなら大丈夫だと考えていたが、普通に考えれば、人間の強さにそこまで差があることなどありえない。20台男性の筋肉量は22kg程度だといわれているが、単純に10倍するとそれだけで体重が200kgを超えてしまう。100メートル走の小学1年生の平均タイムは22秒程度らしいが、10倍速く走ったら世界記録を軽く超えてしまう。
だが…目の前の2人はそんなヴィクターの常識をあざ笑うかのように現前していた。
裁判長との倍数で表そうとすれば、不可説不可説転の彼方まで行かなければ到達できないほどの実力。ヴィクターの感覚は、2人の強さをそれほどだと、彼の脳に伝えていたのである。
(なるほど、あの2人が俺の死刑執行人ってわけなのか)
背中に冷や汗と、相手に伝わるのではないかというほどの心臓の音を感じながら、ヴィクターはほっとしていた。あの2人が同時に襲い掛かってきたところで、自分一人の今の状況であれば簡単に切り抜けられるだろう。そう考えたとき、ふとヴィクターは今フランシスカがいったいどこにいるのかが気になった。
「これより死刑を執行します!」
ヴィクターの思考は少女の声によって中断させられた。それは黒髪の少女が出した声だった。
(おお、顔も可愛いけど声も可愛いな。乳首つねりあげたらどんな悲鳴あげるのか聞いてみたい…)
そんな下卑た空想に浸っているヴィクターをよそに、黒髪の少女はヴィクターに自分の手のひらを向けた。と、同時にヴィクターは黒い光に包まれる。
(!これってあの魔法使いが使っていた魔法か…いや、なんかちょっと違うな)
黒い光が空に向かって伸びていく。それはまさしく初老の魔法使いが使っていた『マガツヒ』と呼ばれる魔法だった。だが、少女はそれだけではなく、複数の魔法を連続でヴィクターに使用していたのである。それを彼は『マガツヒ』とは違う奇妙な圧力として感じていた。
『マガツヒ』の光は次第に収まり、その中から無傷のヴィクターが現われた。
「そん…うっ…」
少女はヴィクターの姿を認めると、驚愕の表情を示した後、すぐにうつむいてしまった。ヴィクターはうつむいた理由が一瞬分からなかったが、自分の姿を見て納得した。彼は裸になっていた。おそらく食らった魔法の中に衣服が耐えられないものがあったのだろう。
(フランシスカちゃんみたいに悲鳴は上げてくれないけど、目を背けるくらいの羞恥心はあるのか。いいなぁあの子…)
黒髪の少女に興味がわき、その姿をまじまじと見ていたヴィクターだったが、その隣の青年の姿が見えないことに気が付いた。
その青年は、突然ヴィクターの目の前に現れた。
(瞬間移動魔法かっ!?感知できなかったぞ)
ヴィクターの驚愕が表情筋に伝わる前に、青年は直刀で首を一閃した。カーンッと金属音がだだっ広いコロセウムの中に鳴り響く。青年は自分の手にある直刀をまじまじと見つめた。
直刀は、ヴィクターの首を切り落とすことが叶わず、逆に折れてしまっていた。
「皇帝陛下のところに行く。見張りを頼んだ」
「はい!」
青年は黒髪の少女に指示を出すと、また瞬間移動魔法を使ったのかその場から消えてしまった。残されたのはヴィクターと黒髪の少女の2人のみ。少女は、キッとヴィクターをにらみつけ、彼もその強い眼差しから逃れることができず、見つめあったまま時間を過ごすことになった。
(なんだ?予想通り死ななかったけど、まさかとは思うがこいつらより強いやつがいたりするのか?)
あまり想像したくないことであったが、あの2人が他の人と比べて異次元の力を持っていたことを考えると、さらに別格の力を持った存在がいることも否定はできない。
流石のヴィクターも、彼らからさらにグラハム数倍されたような奴に出てこられると勝てるのかどうか分からなくなる。
そんなことを考えている間に、再び青年がコロセウムの中に現れた。青年はすたすたとヴィクターに近づいていき、その距離3メートルほどのところで止まった。身長は170の後半くらいはあるだろうか。転生前であればヴィクターの方が見上げなければならなかっただろうが、今では逆に見下ろす側だ。
「皇帝陛下がお前と直接会話したいといっている。付いてこい」
「え」
「付いてこい」
青年は有無を言わさぬ態度で、ヴィクターに近づきその手を掴んだ。すると、突然ヴィクターの視界が切り替わった。
(お、瞬間移動魔法か。なんか慣れないな。子供の時の車酔いになりかけの感覚を思い出す…)
ヴィクターは青年より前、殺人犯としてこの首都に連れてこられた時もこの魔法を騎士に使われていた。首都に着くまでに何十回と転移を繰り返すので、気分が悪くなったのを思い出す。
ヴィクターが転移させられたのは、小さな部屋だった。いつの間にか、黒髪の少女の方も部屋にいた。
(応接室か?いや、謁見の間って言ったほうがいいのか?あれ、謁見の間って玉座があるところだっけ?あれは玉座の間か?)
ヴィクターがそんなどうでもよいことを考えていると、青年が手に服をもって近づいてきた。
「この服を着ろ」
「あ、はい」
そういえば裸だったと改めて気づいたヴィクターは慌てて着替えだした。これから皇帝と相見えるのに、裸なのではまったく笑えない。
ヴィクターが着替え終ってから10分ほど経ったころだろうか、右手側の扉が開き人が入ってきた。それは、ヴィクターの知っている人物だった。
(裁判長?なぜここに?皇帝が来るんじゃないのか?)
自分に死刑判決をした裁判長。その本人が部屋に入ってきてヴィクターは驚いた。裁判長はヴィクターの前まで歩き、椅子に座った。
「君も座りたまえ」
「あ、はい」
状況がよくつかめなかったが、とりあえず目上の者に従っておこうの精神でヴィクターも椅子に座った。椅子は、ヴィクターが今まで体験したことのないほど優しく彼の臀部を包んでいく。
(ふああ~。この椅子すごいなぁ~)
若干夢心地になりながらも、表情は崩さず裁判長に向かい合うヴィクター。その椅子には立派な肘掛もあったのだが、使うとなんだかエラそうなので企業面接のときのように膝に握った拳をおいた。
「君の死刑は正常に執行された。君は死ななかったが、後ろの2人に殺すことができないのであれば、他の誰にもできないことだろう」
裁判長の言葉に、ヴィクターは少し安心した。口ぶりからして、やはり後ろの2人こそがこの国の最高戦力らしい。それでも一国としては過剰な戦力と断言できるだろう。
「これ以上帝国側から君に何かをすることはない。もちろん、君が帝国の法に触れなければの話だが」
「は、はい。ありがとうございます」
「今回の件とは別に、君にお願いしたいことがある」
「はい、なんでしょうか」
「特別魔法騎士団に入る気はないかね?」
特別魔法騎士団、という言葉をヴィクターは聞いたことが無かったが、言葉の雰囲気から第一魔法騎士団よりも上のランクの騎士団なのだと予想した。彼の予想はおおむね正しかった。特別魔法騎士団は魔法騎士団のなかで最も皇帝に近い存在で、その護衛を担当している。
さらに魔法研究の最先端を行く者たちであり、国からの待遇も厚い。それだけ聞くとかなり良い話なのであるが、ヴィクターは大きな懸念点があった。
「私は魔法騎士団について詳しくはないのですが、大変よいお話をいただいているのは分かります。しかし、裁判でもお話したとおり、私は魔法が使えないのです」
「それは問題ない」
「…と、言いますと」
「『魔法騎士団』は帝国の武力の象徴だ。騎士団が責任を負うのは外敵の排除と、外敵の排除のための研究について。魔法は手段であって、それ以外で目的が達成できるのであれば問題はない」
ヴィクターは、この裁判長が自分をこの帝国に取り込もうとしていることを理解した。後ろの2人の攻撃を防いだヴィクターなら、戦力として申し分なし、といったところなのだろう。
(でもなぁ…)
ヴィクターは躊躇った。たしかにいい話ではあるが、彼には気がかりなことがある。フランシスカのことだ。彼女は今どうしている?きっとまだ首都のどこかにはいるのだろう。彼女がいなくては意味がないのだ、彼女がいなくては…。
そんなことを考えていたヴィクターは唐突に、「自分はなぜここまでフランシスカに執心しているのか」と疑問に思った。
「ふふ、あまり乗り気ではないようだ」
「え!ああ、いやぁ…」
「すぐに答えを出してもらう必要はない。だが、君ほどの力を持った者をただ放っておくことはできないことも理解してほしい。イヨ」
「はい!」
裁判長の呼びかけに、黒髪の少女が元気よく答えた。ヴィクターは、この子の名前が「イヨ」というのをここで知った。
「お前は彼と行動を共にし、彼を監視しなさい」
「わかりました」
「え!?」
半分の驚きと、半分の喜びがヴィクターを襲った。裁判長はイヨを彼の監視役として置いておくつもりのようだ。それは正直面倒だ。いろいろ気を使う必要も出てくるだろう。逆に、こんなかわいい子と一緒にいられるのはまんざらでもない。
「もちろん、君が特別魔法騎士団に入ってくれるのであれば、彼女の監視は解除しよう」
(半分脅しだな…、俺の方は面倒が半分だから、実質四分の一が脅しだな)
意味のない計算を頭の中で行ったヴィクターは裁判長に向き直って答えた。
「わかりました。しばらく時間をいただきたいと思います」
「いい返答を期待している」
裁判長は立ち上がると、入ってきた扉から出て行った。ヴィクターは退室を確認すると、ふぅと溜息をついて椅子から立ち上がった。そして、ひかえていた青年の方に声をかける。
「すみません。皇帝陛下ってこれからいらっしゃるんですかね?」
「…何を言っている。先ほどお前と会話していただろう」
「え?」
「あのお方がソレイユ帝国の皇帝、ムルソウ19世その人だ」
「そ、そうだったんですね…」
(ってことは、皇帝が自ら裁判してたってことか?結構暇なのかな)
そんな失礼なことを考えているヴィクターの前に、黒髪の少女が歩いてきた。
「これからよろしくお願いします、ヴィクターさん」
「はい。よろしくお願いします。イヨさん」
(うっひゃあ~近くで見るとほんとに可愛いな、ほっぺたやわらかそ~)
心の中で変態的な考えをめぐらせながら、表面上はにこやかにイヨに挨拶をするヴィクター。
「それで、これからどうしますか?何か予定があれば、私の魔法ですぐに移動しますよ」
「これから…」
イヨにこれからのことを聞かれたヴィクターの頭の中に浮かんできたのは、やはり一人の少女の姿だった。彼女と一緒にいなければならない。そんな焦燥感が彼の中で膨れ上がっていった。




