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テントを張ってもうすぐ一週間。そんな時に二人が来た。
「もう良いの?」
駆け寄って聞くと頷いたから、取り敢えずテントの中に通した。
外は今、雨が降ってる。濡れた体を拭くのにタオルを貸してあげると、お礼を言って受け取った。
「街はどんな感じ?」
この一週間。街の事ばかり話していたライ君が、今は黙って外を見てる。気になってはいると思って、僕が代わりに聞く。
「魔物の逆鱗に触れて街が壊滅した。そういう事で説得した結果、もう魔物に構わないという事になりました」
あれだけ怖い思いしたもんね。しみじみと頷いちゃう。
「それから街の復興の為に、領主が動きました。初めは皆さん文句を言っていましたが、人を動かすのが上手く、特に自分自身が動く事によって、次第に一丸となって動く様になりました」
まだぎこちないですが。と付け加えたリアさん。事態が収束して、心底ホッとしている。
「ふ~ん。ちゃんと謝った?領主さん」
「ええ。それは盛大に」
その様子を思い出したのか、くすくす笑い出す。そんなに面白かったのか。
「じゃぁもう安心だね?」
「ええ」
久し振りにほのぼのとした空気が流れる。
「うし。じゃー行くぞ」
それがライ君の一言で崩れる。
「もう?雨は?」
「止んでない。つーかこれ暫く降るから」
「何で分かるの?」
「ここはこの時期、長期に渡って大量の雨が降る。行くなら弱まっている今だ」
憮然として言うライ君。
「そんな風の動きしてないけど・・・」
空気と雲と風の動きを見ると、明日には晴れそうだけどなぁ。
「ち。エルフには通用しないか」
心底残念そうに言うライ君。
「そんなに此処に居たくないの?」
眉を顰めて聞くと、ライ君が苦虫を潰した様な顔をした。
「当たり前だ。あんな変顔の土地にこれ以上用は無いんだよ」
「素直じゃないわね。街の復興についてあれこれ言ってた癖に」
ティルがジト目で言った。
「!」
ライ君が赤面した。そりゃもう見事に真っ赤っ赤。
「うるせー!豆粒チビ!」
「んなっ。妖精なんだから小さくて当然でしょう!」
「様はチビだろーが!」
「屁理屈じゃない!」
二人が言い合いを初めたから、僕達は端によってお茶にした。
「子供の喧嘩ですね」
リアさんがお茶を啜り、遠目で二人を見守りつつ言う。
「うん。二人とも突っ込みだから」
「貴方というボケ役がいて初めて均衡が取れるのね」
納得された。でも僕ボケて無いよぉ。ちょっと不満顔。
「子供の喧嘩とはあまり関係無いだろ」
アークさんがやっぱり遠目で言う。時折ティルを応援してる。
「取り敢えず明日は出発だから、今の内に調子を整えようね」
次の日は快晴。朝食を食べてから、デイノールへ帰った。
「何か。平和だな~」
家路を行きながら、しみじみと言うアークさん。リアさんが横で微笑んでる。
「とか言ってる間に家か~」
気落ちして言う。
玄関を開けると待ちかねていた様に、カベックさんが出てきた。
「おお!帰ったか。やはり詰まらんかったろう!」
第一声がそれですか。無事を喜ぶ位しても。
「いーや!充実してたね!」
「にゃにおぉう?」
手に魔力を込め始めた所で、ライ君の剣が閃いた。
「魔法は止めろ」
「ふ、ふん!いいじゃろう」
負けじと言うカベックさんだが、膝は笑ってる。
「充実して様がしてまいが、条件がクリアーできてなけりゃいかんぞ」
どっしり構えて、父親の威厳を醸し出す。でも膝は笑いっぱなし。
「はっは~ん!残念でした。クリアーできたんだよっ。クソ親父!」
親子喧嘩かぁ。僕も昔はよくしたなぁ。
流石に、今の二人の様な取っ組み合いはしなかったけど・・・。
「嘘を吐け!お前に何が出来たというんだ!」
取っ組み合いで涌く埃が凄いから、ちょっと離れて様子を見る事にした。
「色々だよ!なぁ!」
僕達に話を振る。
「トニーに突っ込む代役?」
とは、ライ君。
「ライのストレス発散用サンドバック?」
とは、ティル。
「ティル魔人の生贄!」
とは、僕。
「や・・・役に立ってた用だな」
後ずさって冷汗を掻くカベックさん。
「条件。関係無い」
とは、ルック君。
うわぁ!ルック君が喋るなんて珍しい!
「そ、そうだ!条件と関係ない!」
「つーかそんな役立ち方したくねーよ!」
アークさんが思いっきり叫んだ。
「えと。私とのコンビプレーで沢山捕らえたわ(人を)!」
リアさんが割って入った。
「何?こいつにそんな頭脳プレーが出来たのか!」
心底驚いてる。アークさんて誰が見てもへっぽこなんだぁ。ちょっと同情。
「出来たんだよ!しかも街に魔物は居なくなった!」
偉そうに言うけど、それって僕達の働き。
結局僕達が一番働いてたよなぁ。
「ぬ、ぬぅぅ。いやしかし」
カベックさん圧され気味。全く、負けず嫌いはアークさんと一緒。
「兎に角!条件はクリアーしたんだ。旅に出るぜ!」
「あー!そうかいそうかい。解ったよ!出て行け出て行け!二度と戻ってくるな!」
「おー!その積もりだ!クソ親父!」
罵倒を吐きながらずかずか部屋に行き、荷物を持って戻ってきた。
「二度と戻るか!」
と、勢い良く外に出て振り返らずに進んで行く。それを見送るカベックさんの顔を、アークさんだけが見ていない。リアさんは荷物を持ってくると、カベックさんに「行って来ます」と言って、アークさんを追った。
「カベックさんも素直じゃないね。ライ君位に」
「俺様をこんな親父と一緒にするな」
痛いから。こめかみグリグリしないで欲しぃよぉ。しくしく(泣)。
「煩い。お前らもさっさと行け」
声に張りが無い。
「行くともさ。依頼料貰ったらな」
どんな状況でもライ君はがめつい。
依頼料を貰って(奪って?)アークさんの所へ向かう。
二人は町の入口に居た。
「ほら。金だ」
アークさんが嫌そうに、僕にお金を渡した。意地でもライ君には渡さない様だ。
「有難う御座いました」
「んーん。言ったでしょ。序でだったって」
「ええ、それでも。言いたかったのです」
「もう行くの?」
「ええ。・・・あの」
「何?」
口篭るリアさんの先を促す。横では例の如く、ライ君とアークさんがいがみ合ってる。
「旅の先輩に、旅に必要な事を教えて頂きたくて」
「自分を見失わない事。
自分以外を知る努力をする事。
世界を知る事。
一番大事なのは命を失わない事」
「そうですか。有難う御座います」
お辞儀をして。アークさんにも無理矢理させて、二人はデイノールの町を後にした。
「さてっと。んじゃ、俺達も行くか」
「うん。そだね」
「やっと。何時もの旅に戻れるのね」
「・・・」
ルック君も嬉しそうだ。
アークさんとリアさんの旅は、今此処から始まった。
そして僕達は、僕達の旅に戻る。
あの二人は、きっと家に顔を出せる時が来るだろう。僕達もいつかは帰れると良いな。