第六話 姉さん、悪魔ってやっぱりクソです。
「なに、ここ…」
ベッドの上で声がした。
ちょっと話し込んで放置してたが…。
そうだった。
裸の人が家で、正確には廊下で寝てたんだった。
起き上がるその女性。
ちょっと身構えたが、その行動はずいぶんと予想外であった。
「…訴えなさい…私の力が必要なら、あなたには欲するものを与えてもいいのですよ…」
何か含みのある、いたずらと言うか、なんか年齢設定的によそへ行くべき妖艶さと言うか。
はらりと落ちたタオルケットの中身と、その柔らかそうな丸い物をさすりさすりしているのを、直視してしまった。
「チェルノちゃ~ん、また吸ってダムあたりで戻そか~」
未来さんがそこに、明るい笑顔とイントネーションで返す。
あれ、なんか厳しい空気ですか?
「え…」
話の発端を切り出した、そのベッドの上の人が、きょとんとする。
少し止まり。
そして周りを軽く見まわして。
「きゃあああああああああ!!!!!!!!!」
叫んだ。
「なななな、なにをする気なんですか、わた、わたしは偉いんですよ、軽々触れたりしちゃ、いや私はみんなに与えるためにいっぱいがんばってその…」
そこで、初めてこれが誰なのか思い当たる。
もしかしたら、あの時の朝の人だったのか。
また。
コリもせず、なんで今度は裸に。
名前は確か…。
「ベエル=ゼブルごときがまさか私の中で食われないとはな」
そうそうベエルゼブル。
「て、え?」
「どうも、神格モードなチェルノちゃんに取り込まれて同化できないから、吐き出したって感じみたいだね~」
「消化不良で出てきた髪の毛みたいな扱いですね」
これもひどい言い方ではありますが。
「とっにかく、なんだよあなたたち、弱らせて何するつもりなんだ、乱暴するの!?人間性捨てた人たちの食事風景なのここは!」
「そうすることは、たやすい」
「チェルノちゃん、言い分聞くまではスト~ップ」
聞くだけ聞いたら、また、なんかする気だ。
「とにかく~、こっちとも状況確認はちゃんとしておこう」
乱暴でもなく、大人っぽい冷静さもちょっと見せる。
なんか、ちらちらこっち見ながらなのが気になるけど。
何が気になるのだろう、未来さん。
「とにかく、君たちが邪悪なのは私が実証したようなものです、後悔しなさい」
「そうでなく、ベ…なんとかさんの身の上なんかと、目的みたいのが」
「なに、私をこの上辱めたいの!」
「もちろんそれもできる」
おいおいチェルノちゃん様。
そういう性格なのかい、なんかちょっと子供向けじゃない人なのかい。
「ひっ…酷いことしようとしても私だって、私だってねえ、さんざ苦労して色々ねぇ…」
殺気立ったチェルノちゃん様がトラウマみたいになってるのか、もう話しかけられるたび泣きそうで、何かいっそ助けてあげたいくらいの感情にさせられる。
さてそれから話を聞く。
-むかしむかし、例えようもない執拗ないじめを受け、悪魔だ邪悪だとさんざん罵られて世界に広められたというベルなんとかさん。
信徒もいない、神殿を美しく保つ人もいないまま力も姿もなくしたのだという。
それから。
覚えていないほどの時間が過ぎ。
ある日急に目覚めた。
そこを見て、新しい従者ができて神殿もきれいになったのだと喜び…。
これもまたつかの間。
好きにしていいと、そこをさっさと追い出されたのだという。
哀れだ。
ていうか神様追い出すその人こそなんだろうか。
「いや、居てもいいとは言われたんだよ?」
人差し指で枕をぐりぐりと押し、いじけたような仕草をする金髪の神様。
「じゃあそれで解決なのでは…」
あまり構いたくない。
できれば変な噂の元になる前に円満解決して他人に戻ろう。
「でも『うち新婚だから、二人でいるときは二人にさせといてほしい』って言われて…」
「間が悪いんだね~」
「そしてね、じゃあ私のしもべになれば、二人でいるときずっと幸運に恵まれるように子宝与えられる呪文とか横で掛け続けてあげるよって言ったら、ブチ切れられて喧嘩になっちゃって…」
うん。
お前が悪い。
全面的に。
晩婚でずっと子供ができないお悩み夫婦ならまだしも、若い新婚さんに言ったら露骨すぎで引かれるだろうそれは。
「私も私で意地はあるから、じゃあ何でもいいから幸せになる助けを私の力でするぞって言ったら」
「いったら?」
「夫婦二人に居る時にだけは、誤解されるから家にいないでくれって言われちゃった♪」
『そりゃそうだー』
未来さんと声が合う。
いやだって、その通りですし。
「納得してんじゃねえぞ虫けらども!」
「それは蠅扱いのお前が言っても冗談にしかならん」
チェルノちゃん様も思わず突っ込みに入る間抜け度合。
ほんとなんなんですか、あなたは。
「ていうか、名前では尊称みたいに呼んでこき下ろす方向なの、おかしくないですかみんな」
「は、はあ」
言われる意味は分かってないが。
「ベル、そこが名前でゼブルは偉大なて事だからね、なんで偉大なひとにバカとかいうの、改めてよね」
「ベル…ゼブル…」
ああ、聞き覚えあるな。
端末をちょっと弄って調べると。
おお、一発目ですぐ出たよ、文字通り、ハエが。
ベルゼブブ
悪魔の軍団の首領として魔王と同一ともされるとても恐ろしい悪魔。
聖典みたいな本でもそれは登場する。
罪深さでサタンと並ぶともされる。
ほう。
「ほう」
「うわっ」
調べているうちに、後ろに女の人がのぞきに来ていた。
すごく近くに顔があって驚いた。
「ものすごい悪い人なんじゃないんですか…」
「いや、わたしハエじゃないし、だから苛めだっていってんじゃん…」
ちょっと拗ねた。
「ゼブルとゼブブが似てるからバカにされるようになって、それから悪魔めとか蔑まれるようになって、最終的にこんなだし、もうわかってよ私の悲しいこの身の上をあ!」
「こういうなんか裏話聞けるって、割といいよね~」
いいのかなあ、泣いてる人見てほほ笑むのはいいのかな、未来さん。
「ていうか、その、裸に近寄ってくるのはちょっと…」
「あー、うんうん、まあそれはあれだね」
ベルさんでいいのか、とにかく少し落ち着いた金髪の人。
「そもそも男だったから、たまに不用心になっちゃうけどそこは偉い人の権限でひとつ」
軽くいうなやハエ。
だがそうは言えない。
思い出してちょっと動転して思わず…。
「で、でもついてたりしなかっ…」
「ほほお、ずいぶん、じっくり見てたな外道の子供」
「あらあらまーくん、顔に似合わずやらしいこと言うの~」
!!
「い、いやあのっ」
口々にチェルノちゃんさんペアがからかうのを流せない。
たぶん真っ赤になっているのだろう、顔は。
「その辺は許す」
よかったね僕。
「とにかく、今はどうやっても自分の姿になれないのだよ、だから最初目覚めたとき居たものの姿でしのいでいる現状だ」
「ああ、新婚さんの」
海外から引っ越してきた夫婦だったのかね。
「とりあえずそのまま歩いてたら叩かれたりえらい乱暴だったがな」
裸で外行こうとしたな、あんた。
「とにかく私でなくともわかる、おまえらは邪悪だ!」
びしっとこちらを指をさすハエ。
「とはいえ悪魔の筆頭に言われても、勝てないよとしか~」
「誤解だって言ってんだろ!」
未来さんはまたうれしいそうだ。
すごく。
マニアック同士楽しそうだなあ…。
「だいたい、大概おかしいじゃないか、悪魔だなんだ神とずっと争ってたって言ってなんで人が出てきた後からしか強いの出てこないのよ」
「お、調べてますね~いろいろ~」
目が光った!未来さんの目が光った!
「私だってあんのクソ宗教全部鵜呑みにしたら三人か四人に私一人が増えてることになるし、バカにしてるにも程ってもんがある話だよ、ねえ」
「振られましても…」
「私の名前を語って力を奪ったりすり替わって悪さした悪魔がいたみたいな話に全くならないのが、色眼鏡すぎて恨めしいったらないったら、もうまた腹立ったから酒持ってきてよ!コンチクショウ!!」
盛り上がり、未来さんとハエが対面で二人の空気も結構ヒートアップしつつ割と楽しそうなこの空気。
お友達として楽しくやれそうですねお二人。
だからさっさとここからは出て行け悪魔め。
「なかなか興味深い…いやあいいねえ宗教学とかそういうの知ってるってさ~」
さらにノリノリだよ、未来さん。
ほんと、二人で外でやってくれないかな。
「でも、私だってそれなりに偉い時期を知ってるからさ、偉くなってまたみんなと楽しくやりたいからさ」
「ま、楽しくやるならイイのかもしれないですが」
「あのエセ宗教の人の格好で私のとこに入信させたり子供を何気なく私のものにしようとしたり色々頑張ってたのに」
あ。
それ知ってるわ。
てか見たわ。
「やっぱあんた邪神ですね」
結論。
「まってまって!!ワンモア!ワンモア!」
やったことに対してワンモアってなんだよと。
しかし一応は聞こう。
「き、きみらみたいな根源からの悪を始末すればみんなの信望総取りで私安泰なんで…」
「悪魔め!もう言い逃れできないぞ!!」
「世の中正しくしようとしてるはずだぞう!?」
全くとんでもないやつがいたものである。
だが詳しく聞けば、正直コレとは敵対しないと生きていけないわけでも、無い。
お互いべつに、勢力として大きくなれるならそれでいいのだ。
つまり広いこの世界、かち合わなくてもある程度の願望は果たせるのだ。
どっちにしても。
「まあね、世間からの目で比べられればどうせ同じ穴のなんだっけ、ピーーだよピーーー」
「ほんと滅ぼされてください、今すぐ」
品もない。全く悪魔はいつもいつも。
「今度は何悪いこと言ったのさ私!!」
一応比較的には話が通じないわけでもないようだ。
一方で常識は通じないのがわかる。
「わたし、まだいっぱいお話聞ければいいなと思ってるから好感度65くらい持ってるよう~」
数字で示す意味は。
てかさらに伸ばして長居しようとしないで未来さん。
「消化に失敗したのなら、もうほっとくで構わぬ」
チェルノさんも敵視はしてない態度だ。
「というかだにえ、何回のみこんだんだ!もうなんで謝らないのさそっちのほうは!」
「過去の英雄なら、負けは負けたほうが悪い程度の理、今も昔も変わるまい」
「くぬぬぬぬー!」
むしろ謝罪で済むくらいの話なのか逆に言うと。
なら妥協点はある感じ。
つまり、共通の難題があればきっと仲間にもなれる。
子供ながらに何となくだが。
そう思った。
「ていうか服何処だよう!服返せようぅぅぅ!!!!」
なんのかんのあって、問題は解決し、夕方には解散となるのであった。
今日だけはめでたしだ。
きっと。
そして夜。
ピンポーン
呼び出しのチャイムが鳴った。
姉の気がするが、カギがあればそのまま入ってくるはずなのに。
という疑問。
あとそのくらい遅くなのである。
「どなたですかー」
「…けて」
「ん?」
勧誘の類でないと考え戸を開ける。
すると、そこには、ずぶ濡れの人間がひとり。
「…泊めて…もう何でもいいんで泊めて…」
やばい雰囲気の、バルブブ?
さっきのそういう名前の人が、うなだれて立っていた。
何が………。