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第一話 変な人が立っています、姉さん

次の日。


 起きると一緒に住んでいる姉はもう出かけていた。

 今日は一人の、居間のテーブル。

 用意された朝食を摂り、登校する、今日も固定したサイクル。

 見ればテーブルの食事と一緒に、なにか包み紙と付箋紙がある。


 なんだろうか?

 硬いものが何個も入っている感触がある。

 開くと…。

 アメ?


『昨日愛情がしまっておけなくて、金太郎あめのまーくん仕様を作成してしまいました。お友達と食べてね?』


 無理です。


 またグッズが増えたのか。


 姉は、たまに変なものを作る癖のようなものがあるらしい。

 下手すぎて害になるわけでもない、という事がむしろ恨めしい。

 この間は、ラテアートのプレートなるものを僕の似顔絵で作っているのを見せられた。

 その前はぬいぐるみ。

 どうもポスターやプリントデカールもあるらしく、社用車に貼ったよと悪魔のような画像を見せられた記憶もある。

 …まだあったが、忘れよう。

 朝食を食べられるほど胃の余裕がなくなりそうなので。


 今回くらいは、できれば会社かどこかで、それが普及したりしていないことを祈りたい。


 一方の食事はいたって普通。

 ハート形のハンバーグであったり、飾り包丁の自画像らしきものが乗ったサラダ。

 …味はとても普通。


 そして何事もなく登校。

 何気ない毎日見る通学ルートの道の途中。

 疲れた顔をしているかもしれないそんな途中…。


「あなた、なんてものを人の集まる場所に運搬してるんですか!!」

 いつもと違うことがあった。

「どう考えても信心が足りません、さあ今すぐ洗礼を受けるのです」

 修道女、というコスプレがこんなだったのをどこかで見た記憶がある。

 誰なのかは知らない。

 そんな格好の人だ。


「・・・・・・・・・・」


 女性、だと思われる。

 フードと黒い修道服だったか何かと呼ばれるものを多少連想される衣装。

 そしてそこから覗く金髪。

 ちょっと見えないが、目鼻立ちも割と見目麗しい気配があるようなないような。

 だが、確かめるべく立ち止まる気分ではなかった。


 状況的にも。


 考えうる、そして取るべき手段はただ一つ。



 ダッシュ。


 ものすごいダッシュ。

 やばい人が道路に立っていた。なんでだ!

 そう思ったときに取るべき手段が、他にあろうか。


 だがそれは過去形だ。

 無視に限る。


 何か後ろで叫んで、しかも追いかけてきた気配を感じたのも含めて無視だ。


 そう。


 何も見ていない。

 たまに話に聞く、街頭勧誘というものがあれだろう。

 おそらく。


 話によるとずっと念仏のようなものを動かないで唱えているだけとも聞いたが、嘘だった。

 こんなアクティブなことをされるとは。


 とにもかくにも全力だ。


 校門まで行けば、かりにまだ追いかけられても先生に助けも求められるだろうから。

 そして学校へ。

 最も平和な場所についた。


-落ち着く。


 ここがパライソであるのか。


 家族も親戚も、黒くてねちっこいしがらみもない。

 気を抜いて時間を過ごせるところだ。

 僕にとっては。


 見回せば、追いかけてくる人影もない。


 やはりここは聖域に違いない。

 ここに鳥居も立てようかと思うほどのご利益まである。

 学校はいい…。


 何度も僕は幸福をかみしめた。


 ちなみに勢いあまって門前にいた用務員さんに三拍一礼しようとしたら、やめてと言われた。

 お茶目な人であったようで。


「真勇くん、おはよう」

「おはようございます」

 隣の席からかかる声。

 裏も表もない。

 これだけでなんて幸福なんだ。

「おう真勇」

 別のほうからも、声。

「モンガスのイベ順位お前今何位よ」

「4200くらいだったかな、朝起きた時で」

 これは、引っ越してからの長らくの友人、隼駆一郎はやくいちろう氏。

 あまり努力しないところでの競争に、思い立ったときにたびたび頑張るのが彼のポリシーっぽい。

「ようしよし、俺2800行ったぜ昨日」

「すごいじゃん!!」

「前のイベでポーションガリガリ使ったからなあ。報酬食らいついててよかったわあ今回の特攻ついてたし」

「うらやましいなあ」

(実は持ってて順位も上とは言えない…)

 その後そのまま数人が会話に乱入。


 女子トークとは違うものの他愛もない数人囲んでの友人との談笑。

 このために生きている。

 それも決して誇張ではない気がする。

 そんなことを改めて噛みしめる、そんな朝だった。

 

 さて。


 それから、時刻は進み。

 あっという間に昼休み。


 給食を片付けてたまに集まる中庭。

 相変わらずの友人トークの合間に、例のアイテムの話を出してみる。

「まじであんのか…」

「CMみたことねーな」

「出版社みたらデア○じゃなかったし、しないのかもね」

 言って、付録だった粘土を取り出した。

「へぇ」

「面白いじゃん、なんか手っぽいし」

「あー、言われればそうだな」


 ………?


 そんな物体だったっけ。


「言われると…」

 昨日袋を開けた時には特に形として何とも思えない塊に見えたけど。

 人によって見え方が変わるもんなのかな。

 持ってきてよかったのかも。

 見れば、今は確かにいくつかに枝分かれした粘土が手っぽく見えなくも…。


 ピク。


「動いた?」

 驚いて、持っていたものを落としてしまった。

「いやないわー」

「いや、話を聞いて総合的な判断をすると、そうとも、かぎらない」

 ?

「これはつまり育成される邪神!」

「知っているのか浜電!」

 浜村電機店のせがれです。

「つまり三日後百倍の巨人だよ」


『な、なんだってー!』


 みんなでこういう時は声を合わせる。

 驚いたのではなく、しっかり合うとうれしいのでたまにやる定番の遊びというものにすぎないが。

「そして巨大になったそれは街を踏みつぶし…」

 ごくり


「殺すぞこらあああああぁぁぁぁああああああ!!」


「ひっ!!!」


 えっ、誰。

 円形になっている友人たちの声ではない。

 後ろのほうから、思いがけない声がする。

「真勇くん…お弁当、もう食べちゃったかな」

「…給食さっき食べたよね」

 同級生の女子だ。

 なぜいるのか。

「そ、そうだよね!お弁当食べるのは早弁のシチュやってみたい人くらいだよね!あはははは」

 そうなのかな。

 そう言い終わると逃げるように、彼女が立ち去る。

 なんだろう、すごいはやい。

「ほう、ぺろっこれは恋愛ドラマの味!」

「ないない」

「ないかーないのかー。かわいいのにサバトさん」

「適当なあだ名全員分作るのやめませんか」

「いいとおもうけどなあー、ないかー」


 ないです。


 一応転入した小学校以来の付き合いとはいえ、幼馴染てわけでもないし。

 そんな感じで、そこからはサバトさん…もとい鯖江當子さんに関してひたすらイジられ…。


「あ…いやべつに嫌いとか何も考えないとかではなくて…」

 再びした後ろの物音に、思わず言い訳をする。


「わかります」

 誰?

 今度こそ本当にさ。


 全く知らない声。

 振り向くと。

 外人さん?

 なにか銀色のような虹色のような髪の、えらい美人が立っている。

 服装も制服ではない。

 年下っぽいが、ドレスのような私服のような。

 明らかに言えるのは、学生じゃねえ雰囲気。

 朝の人?

 いや、明らかに背が違う。

 低い。


「え……」

「ですが色々と間違って、その方もかわいそうなことです」

 どういうことだ。

 何言ってるのこのひと。

「持っているそれを渡してください。でなければ殺します」

「だから何言ってるの!」

「言葉で細かく言う暇がない、その欠片を」


 よくわからない。


 本当にまったく。


 しかし言われることに覚えはある。


「えと…この粘土のと…」

 その瞬間、違和感に気付く。

 友人が、突っ込みも喜びの声も上げていない。

 こんな美人がいるのに、だ。


「はれ」


 そうして気づく。


 初めての非日常に。


 彼らは、倒れている。

 そして動かない。


 まるで倒れて死んでいるように。

 目も開いたまま。


「これ…」

 やばくない?

「早く」

「ち、ちょっとまってどうなって…」

 友人を起こそうとすると同時に、目線で粘土を見る。

 手だ。

 明らかに手だ。

 ツメまでみえた。

 彼女は確実に、これを言っている。

 たった数秒で理解する経緯はなかったが。


 確信した。


「じゃあこれを渡すから」

 手に取る。

 すると。


 するするするするるするするする。


 動いた。

「うわキモ」

「こいつ!!!!」

 袖口から僕の制服の中へ。

「早く渡しなさい」

「でもこうなると、脱がないと…」

「早く」

 しぶしぶ脱ぐ。

 男の細かい脱衣シーン見たいかね…彼女は。

 そのままブレザーのyシャツを脱ぐわけであるが。

「どこだよ…」

 見つからないのだ。

 肘くらいから触った感覚もないので、そこにいるのに違いないはずなのに。

「あの…ない…」

「出しなさい」

「全部脱ぐのは…」


「出・し・な・さ・い」


 やめて。


 もうこれ以上は年齢制限に!


 脱衣麻雀で脱ぐ個所を出し惜しみするその感情を理解したような、しないような。

 そのまま、間があく。

 何の音もない間。

 動きが止まったまで時間が進んでいるのを感じるような。


 間。


 その間の結果…。

「もはや時間に任せるのはできない、すべて私がやる」

 目が光ったようにも見えた。


 瞬間、周囲には、浮かび上がり、人の形っぽくなる黒い影。


 戦いを…選ばれてしまった、のか。

 心の奥で、なぜかそれを確信した。

 友人の安否すら見ていないのに。

 危険な雰囲気が、自分の周囲も、自分の心も、包み込んでいた。


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