第八話 飛び道具は悪い文化で間違いないです、姉さん
あれから数日後。
何度か金色の髪をした邪神がやってきたこともあったが、おとなしいもので。
平和っぽい毎日をそれなりに送れていた。
あの日々も、数日たてば賑やかしにちょっと通り過ぎた夢のように思う。
そんな中。
帰宅途中の目の前に、ふらふらと不自然に歩く人影を見た。
少しよろよろと、歩くことに慣れていないかのような動き。
今にも倒れそうな、力ない一歩。
「大丈夫ですか?」
思わず声をかけてしまった。
中学生の自分が見るのだからではない、普通でもかなり高い身長。
そして顔には喪服のような薄く透ける感じの布がかけられている。
「そこの、脇に…」
か細い声でそう聞こえた。
それに何事も、何を疑うこともなく従い、少し体を支えるようにそちらへ。
建物の陰になるようにするすると入っていった。
目立ちたくないのだろう。
その程度の認識である。
すると。
少し荒いその人の息が落ち着いたように見える。
何となく安堵したが…。
そのあと深呼吸るようにして吐いた一言。
これに僕は震えることになる。
「ねえ〇リキュ〇知ってる?プ〇キュ〇。プリ〇ュ〇可愛いよね?〇リキ〇ア。プリ〇〇ア。〇リキ〇ア好きだよね〇〇キュア。興味ある?プリ〇ュ〇。〇リ〇ュ〇さあ。お姉さんね〇リキュア、着替えたらプ〇〇ュアなれるんだよプ〇キ〇〇。だから僕君わたしんちいこうかねえ〇〇キュ〇、〇〇キュ〇見たいよねプ〇〇ュ〇可愛いもんね〇〇〇ュアみんな好きだよね〇〇〇ュ〇ねえプ〇〇〇〇ね!!!」
変態だこれ!!!!!
すごい勢いでいきなりがっしり二の腕をつかんでいつ息継ぎしてるんだと言うほど喋り出す。
こわい!
悪魔や怪物よりまだ怖い!
「見たい?見たいよね?そりゃ男の子だもん見たいよね?ねえ」
布越しでもわかる。
目がもう人間に許される感じじゃない。
「すみません!!!」
一目散に逃げた。
学校帰りのひと時といえ、あれはそのままやり過ごすのは無理だ。
もう逃げるしかない。
自分がどういう顔や、どれほど力任せに相手を振りほどいたかは覚えていないが。
とにかく全力で家に帰った。
せっかく平穏な精神に帰ってきたのに。
なんてことだろう。
「も…もうあんなのはいやだ…」
帰り着いたのになぜここまで泣きそうなのか。
逃げられない非日常が迫ることに拒否感がまだあるのか。
それは自分でもわからない。
だが。
玄関先で途方もない悲しみに項垂れるのは仕方ない。
望んでいないのだから。
そう思っていた。
「まあ、つらいことはあるだろうけど一杯コーヒー飲んでからにしようぜ、私の分も注文しとくぜえ」
そう思ったところにこの能天気な声。
なんで家の中からするのか。
「またいるのか追い出され邪神の人は」
思わずイラっとして喧嘩腰になってしまう。
「人じゃねえし」
ベル(自称)が勝手に上がり込んで廊下にまた顔を出していた。
一応律義に物置のディスプレイだけでなんとか暇を打開していたらしい。
「今度はどこから入り込んでるんですか、呼んでないですよ」
「いやちゃんと入れてくれたよ今回は」
「誰にですかそんなことするのは」
姉に遭ったのならこんなに横柄な態度はしていないと思う。
誰が一体そんなことをするのか。
「あ~、あたしあたし」
…?
「ごめんねちょっと用事あったんだけど、校門前だとか公園だと私多分もう死ぬ可能性あるんで入れてもらったよう」
未来さん…?
いやどっちにしても、なんで入ってきてるの。
「我が支配できる範囲だからだよ」
「ぬぁっ」
気付けばすぐ横にチェルノさんもいた。
怪しい面子がこんな日に限って勢ぞろいとは。
「必要だったわけではないが、何度もここで私を拡大したのは見ただろう」
「それそういう効果もあるんですか」
「まあ説明する必要はない」
大事な気もしますが。
「それと、もうひとつ要件もある」
「また何か…」
非日常をこれ以上重ねるのは今日はやめていただきたい。
ショッキング映像をさっきVR顔負けに体感したばかりなので。
しかしそれは。
「それは、僕君のにじみ出る魅力が…いけないんだよ…ヒヒ、ヒヒヒヒヒヒヒ…」
最悪の形でこれまた、上塗りされるわけである。
「!!!!!」
まさか!
やめてほしい記憶が鮮明に蘇る。
「なんかの声まねでは!」
そうであってほしい。
「マイダーリン…私はあなたのためだけに生まれてきたんだよ…望めばもちろんプ〇〇〇〇にだってなれるよ…」
自分の部屋のドアから玄関先に出てくる悪魔が見えた。
悪夢というのも生ぬるい。
「だからさあ、今すぐ家に行って取ってこれるよプ〇〇ュア、何がいい〇〇キュ〇。プ〇〇ュアどれが僕君の好みかな!生着替えももちろんありでもう命かけて〇リキュ〇したげるよあらただけのプ〇キ〇〇だよ」
「もうプ〇〇〇アからは離れて!!」
いい加減声も荒げたくなる。
「とりあえずなんで家の中が魔境なのか未来さん解説して…」
「おうけい~、お茶湧いたらばっちり話をしようじゃないか~」
「淹れるのは僕なんですね」
「私紅茶党なんで~」
「コーヒー、コーヒーはよおお」
「僕君私僕君の口移しなら甘酒でもにがりでも飲めるんだよ」
ハアハアその一言だけで息を荒くしないで。
こわい。
いやでも二人きりでないのはいざとなったら誰か止めてくれる安心感のある状態ということでも…。
…………。
ないな。
そして適当に支度をして。
「さあもういいでしょ、あとその人隣に座らせないような配置で」
「僕君照れ屋さん!」
「無意識なのか何なのかあからさまに私の陰に隠れるのはそれは近くてもいいって感じで受け取っていいのかいマユう」
このさいハエでも邪神でもいいです。
いろいろ危機を感じてどうしようもないので。
だが言う言葉としては。
「違いますよー、いざとなったら遮蔽物にして逃げるのに一番都合がいい大きさだからですよー」
自分でも言ってることが非道である。
「まあいいけどさぁ」
「とにかくお話を」
見た目、滑稽なんだろうな。
女の陰に隠れて女を見て女に暴言って何してるんだろう。
こんな人にだけはなりたくないって思ってた人物像そのものなのではなかろうか。
悲しい。
だが、それはそれとして。
「よっけいよっけい~」
とても明るい人が一人。
そんな楽し気な未来さん視点だと、こうだ。
そろそろ本の新しい号が出るのでちょっと慌ただしくなっても不思議じゃないのと、悪運の対処を確認したくて僕の家に来た。
すると玄関先で携帯ゲームしてるこの金髪のほうのハエな邪神がいて、邪魔すぎなので中に入って待つことに。
待っていると、とてつもない悪寒がするとチェルノさん様が言ったので吸い込んでみた。
らしい。
らしいはいいが、誰なんだと。
「では」
思ったより、お茶を出す頃になるとその人も落ち着き払って、普通に話せるようになっていた。
「相原愛、あなたに最もふさわしい奇跡的相性の伴侶です、私以上に僕君を満足させられる存在はいませんのよ」
「言いきられた…」
なんと根拠のない出だしと意味不明な自信か。
「私も相性はいいと思うんだけどねえ、マユなついてるし」
「お前は関係ねえ」
近くにいる金髪が頭を撫でようとするのは払いのけてシッシッとジェスチャーする。
えーという表情はするが、軽いノリっぽいのがわかってる感が出て逆にちょっとむかついたりもするが。
それはそれとしても。
それだけなら、この異常な邪神集団に性格以外は混じれるはずはない気がする。
むしろ一番濃いけど。
それでも違和感はあるのだ。
歪んだものだとしても生物的に人間なのなら。
「そして同時に、エレシュキガルです」
??
なんつった?
服装スタイルや呼ばれている趣味の総称みたいなものなのか?
エレ…なんて?
「人としての性質と同時に、私は神でもあります」
言いながら顔の布を取る。
あからさまに狂気を含む瞳。
常に恍惚としたその表情。
「あなた様にふさわしいのは、どうあっても私以外あり得ません」
「本の関係者で、完全にこの人の場合混ざりこんでるわけなのさ~」
未来さんは、まあよくあるよね、みたいな口ぶりですごいいつもの調子なのだが。
混ざる?
「制御するって役割の人もいないわけで、無視できない状況に鉢合わせたわけで~」
「だからって持ってくることないでしょ…」
言いながら、名乗られたからには調べてみる。
エレシュキガル
メソポタミア文明期に祭られていた神の一柱。
死者の国の神と伝えられている。
色恋に狂った挙句支配者の座は明け渡したとされているらしい。
「あれは自分のテリトリーから自身が出ることを許されない神だ、ゆえに存在をこの世のものとすり替えるかのように目を送り出す、つまりこいつだ」
チェルノちゃん様が今度はずいぶんと饒舌に話し出した。
なんとも珍しい。
「あんまりわかりませんが…何もなかったころの本人の意志ではないと?」
「いや、自身の力を与える影響で神官が意識もろともまで染められていくのだろう、つまり強すぎる色のように混ざるのだ、影響力を制御できないだけなのかもとより神官を乗っ取る意図なのか知らぬが」
「大変なことになってる…」
「でも、僕君には最高のプラスなのは間違いないよ…何でもしてあげられるのは私しか…」
その時。
ピンポーン
遮るようないいタイミングでチャイムが鳴った。
小包でも集金でもこの際はいい。
真人間に触れて心を落ち着かせよう。
救いの神がやっと来たと思わんばかりに出る決意をした。
「いいですか、玄関に出てこないでじっとしててくださいよ今だけ」
『はあい』
邪神どもが全員そろって声を合わせる。
物分かりはいい。
たぶん。
根拠はないが信用しよう。
「はいどちらさま…あれ」
開けると、見たことがある顔がある。
震えた手。
少し恥じらうような顔。
それを隠すように何かを持ったまま目を合わせない奥ゆかしさ。
これだよこれ。こういうのでいいんだよ。
こういう甘い時間っていいよね。
と、そうじゃない。
「鯖江さん…だよね」
「う、うん!」
どうしてこんな魔境に一般人が偶然とはいえ…。
接触しに来てしまおうといのか。
タイミングとは恐ろしい。
「ど、どうしたの、なにか学校でいけないことがあったかな…」
話す言葉のきっかけすらないと、なかなかこの間はつらい。
求めていた常識との皆合とは、少し違ってどうも落ち着かない。
「あ、あの、あのね」
クラスメイトといえ、校内の居て当たり前とは違うシチュで、お互いスムーズにいかないようだ。
「こ、これ作ったの」
「そうなんだ…」
と。
その時ふと、未来の予想展開が頭に展開した。
まずい。
恋に恋するを超越した錯乱状態のエレシュキガルという魔物が今その数歩先に居る。
なにか勘違いをしてこんな普通の人に敵対的な目を向けられたら殺されることすらあり得ない話ではないのだ。
これはちょっとした選択ミスでまた大変なことになるのでは。
「役に立つとうれしいなって思って…その」
「あ、ありがとうクッキーとかなのかな」
「に、にゆ…ニューナンブ…なんだけど…」
聞いたことあるけどなんだっけ。それ。
「使うことがあるって聞いて…役に立つと、うれしいな…」
「そっかあ」
とにかく今は、目を離すといけないヤツに監視の目を戻すのが先決。
時間は猶予などない。
「ごめん、とりあえずあした学校で貰うって順番でも、いいかな」
「え…それって…」
手が少し震えている。
重い物を持っているからのようにも見えるが、違うだろう。
少し傷つけたからに思えてしまう。
これはまずい。
「いや、嫌いだからとかじゃないんだ、むしろ好きなほうだと思うけど、いま家に置くのだけ少し気まずくて、すごくうれしいんだよ、ごめんうまく言えないけど…」
少し曇っていた顔が、その言葉で戻った気がする。
なんとかなったか。
「今だけだけど、ごめんね慌ただしくて」
「い…いいの………持ってきて、よかった…」
少し声が震えてる気もする。
フォローもう一ついるのだろうか?
「明日が待ち遠しいな」
少し震えた手をちょっと触って笑顔を作ってみたり、この上なくフォローを入れてみる。
時間的にはもう限界を超えているので、もう片手は玄関ドアを手にかけたままだ。
「じゃあ、明日」
「うん、明日…」
そろりそろり、締め出すように見えないよう、そっと戸を閉める。
これだけあれば悪いことをして泣かせたことにはならないはずである。
「よしっ」
ダッシュで自分の部屋に。
中は…。
「お、口説き終わって戻ってきた、ひゅーひゅー」
「なになに、真勇くんクラスメイトから毎日こんななの~?」
割と和気あいあいな空気だ。
さて爆弾のようなエレシュキガルはというと。
「さて、わたしもちょっと用事ありますし、頑張ってきますかねえ」
「なんでしょうか、用事ってコンビニとかではないんですよね」
すごい笑顔。
エレシュキガル初めて見せる全開の笑顔である。
で、その口からは。
「アバズレ猫をだいたい五十くらいの部品にしてお部屋に飾ってみたいと急に思い立ちまして」
「みんな助けてください!!」
邪悪極まる悪行の一言。
やはりこいつも、最初から確信してたけど邪神か。
そして、僕の一言からわずか数瞬。
暗闇があったかと思いきや、エレシュキガルだけが消えてなくなった。
あ、これは。
「借りを作ったことは忘れぬように」
チェルノ様、迷うことなく食べてしまいましたね。
割とあんまりだと思いますが。
「すごいですね」
まあ、その。
やめとこう、とは、言えなかった。
-ちなみにであるが、それから帰り道に買い物がてら付き合いながら。
「でも人間が一人いなくなるって大事になる気がすごいするのですが…」
一応は気が咎めて聞いてみた。
するとチェルノさん様は。
「ほれ」
横を、ちょいと指さす。
「なにか………あ」
ちょうど、パトロール中なのか無人の交番の前だった。
指されていたのは掲示板。
不審者情報
「あいつの人生はもう終わっている」
いくつかの写真と連絡先と似顔絵とあるわけだが。
六件ほどが全て彼女でそれぞれ連絡先が違う。
警察署も被害に遭ったという個人も戦う姿勢でやっていると思えるこの感じ。
「指名手配レベルになってる…」
僕以前もやりたいだけやってたというのか、あの人。
うろつかなくなる分みんな幸せなのかもしれない…。
僕はそう思って、今日そのものを無かったことにすると誓った。
ありがとうエレシュキガル、さようならエレシュキガル。
今万感の思いを込めてクラクションが鳴る。
ぼくはきみを忘れない。
こんな人がまた出てきたら、すぐに警察が必要だ。
決して見て見ぬふりをしてはいけない、その小さな誓い。
それを教えてくれたその存在を忘れないだろう。
だから、ずっと出てこないでください。
そう、心から思ったのだった…。