第七話 姉さん、神様ってエサでなつくのでしょうか
「やっぱ喧嘩になったよ…世の中は鬼ばかりだよ…」
ずいぶんテンション下がったな。
しかも雨で普通に脱水してない洗濯物みたいになって。
「服無くしたのもあったけど、ならふたりで裸で玄関でお出迎えとかよくないって言ったら、もういきなりモップだよ、あんな殺人兵器でかかられたら私だって居られないよ」
何の知識ならモップは殺人できる強さに…。
「でもうちだって、姉の許可か何かがないといきなりそんな…」
友人ですらないしな。
一応見た目は異性でもあるし。
姉に説明できません。
「行くとこもうないんだよお、わかってくれよう」
「………まあ、ねえ」
わからなくはない。
だが人なら百歩譲ってわかるが。
神様じゃないあなた。
なんで貧しさに耐えて生活してます風なの。
「なら、それこそこの状態は誤解されるんで、服かわかすだけでもしてください」
「うん」
言うと、するするするっと、遠慮なく上がり込む。
そういうのが得意、または特色なのかいこの神様は?
まったくなんだろうか。
「とりまお風呂あがったとき見計らってご飯だしといてにぇ、42度でお願いします」
「ふてぶてしい!!てか脱がないで!!」
廊下でいきなりナニシテンノ。
やっぱりこれ悪魔か邪神でいいんじゃないかな。
「うっせえよ風呂の場所わかんねえな何処だよ全部脱がれる前に言えよ」
さらに開き直る客。
手を出したり暴力に訴えられないと見越してのことか。
「追い出すぞ!」
来た早々、この客は二度と敷居を跨がせたくないと思った。
そしてちょっと後。
「くはあぁぁ、お風呂でビール最高だなこれ」
リビングに能天気な他人の声が響く。
「そこまで満喫しろとだれが言いましたか…」
何の義理もないのに、結局言われるまま食事の支度をする自分が悲しい。
ともかくへんな行動しないよう、うまくなだめて帰ってもらえれば、それに越したことはない。
「もう一本くれ」
「だから服を着て!」
冷蔵庫を裸で漁ろうとしないで金髪の悪魔。
「じゃあ寝間着くれよ」
「泊まる気か!!!」
「夜のうちに自分の家に帰りついた亭主が家を出るとお思いか?」
たしかに。
言われるとそうだが。
「じゃあ普段どうしてたんですか」
「クローゼットにしまわれてたり、ばれそうになって公園でお前たちの信仰は間違ってる、いい宗教を教えてやるよってあの時の服で勧誘したり…」
「今日だけは泊まらせましょう」
「話わかるな小坊主くん!」
常識がないというのは本当にヤバい。
そんなの毎日してたらだめだろう。
不審者を増やさない慈善事業だと、今日は思おう。
「てか聞いてる?みんな逃げるんだよメジャー宗教の格好なのに」
「逃げますよ普通にそれ…」
いやむしろ。
こいつ警察にそのまま持って行こうか。
「きいてーるー!?」
「早く食べて寝ろ酔っ払い!」
タオル一枚の神様にシャツやパジャマをとりあえず投げつける。
「信仰心ちょっと足りないんじゃありませえん?」
「邪神じゃねえか!」
一応後ろを向いておく。
…じっと見て何か、茶化されてもいけない。
付け込まれてもいいけない。
そしてもう一つ。
ここ数日ろくに帰ってこない姉から今日もメールがあり。
つまるところ今日帰ってきそうにないということは感づかれないようにしたい。
余計、何か、気まずくなるのは最高に避けたい。
こんなのと。
「まぁいいよ、それさっさとくーわーせーろ」
「この家の主人か!」
お前に喰わせる手の込んだ料理はない。
冷蔵庫からチンした米と水炊きの鍋だけだぞ。
「あ、なんかすげえ祭りみたい」
それでもアク取ったり手間はそこそこかかるんですけどね。
ああ、こんなののためにというのが本当に割り切れない。
「ポン酢とか取り皿落とさないでくださいよ」
「わってるわってる、箸はちゃんと使えるんだぞ私」
「箸で取ろうとすんじゃないです」
「ちっ……ジョークじゃねえかよ」
いちいち常識が通じないような、空回りを見せられるような。
しかしなんとなく、一緒に鍋をつついていると親近感のようなものは湧くもので。
「んで、さっきからずっと私の名前を君は呼ばないわけだけど」
「長いから忘れました」
目を合わせないようスルー。
「流石にそれはないじゃん、綴りで四文字だぞ私。前はベエルが一番なじんでたけど今なんか悪いほうで呼ばれる感じだから…バール…いやバルかな」
迷い箸に注意したかったが、話ついでで雰囲気を考えつつ無視。
「自分で決めるんですか」
も、できないので、呼び名を決めるまでは参加。
「そうだバルたんで統一するのはどうだろう」
「権利的な意味でよくないんじゃないですか」
ダメですよね。
「やっぱバルかベルがいいんだけどなあ…」
「ベルさんが一般的にもあり得そうな名前だからそれにしてください」
「当たり障りがない逃げは嫌いだなわたしはなあ」
言える立場か。
泊めてもらってるんだから謙虚さを見せるべき。
「だったら居座らないで出て行ってもいいんですよ…!」
「なんのなんの、こんな格好で出ていけないですので」
そして今、言いながら。
僕とこの邪神は小さな戦闘をしていた。
箸をぶつけ合い、鍋から取り出した一つのものをどちらが取り皿に取るかを競う。
対象は。
鳥団子。
あり合わせをぶち込んだ水炊きの貴重で希少な今回の蛋白源。
それを箸で取りあいながら、にらみ合いの会話。
だがこっちには手段がある。
「服なら乾いてますし」
「!!うそん!」
やはり。
乾燥機を知らん世代か。
いただきます。
「なに!この隙にだと!!」
予想外の言葉で緩んだ手の動きを見て、すかさず鳥を口に。
「あひあひあひあひ」
「ふははははは!この勝負結果的に危険を避けた私の勝ちだな!」
なぜ喜ぶのか邪神。
おのれ。
というか、つゆが無いからそれだけだと特別うまくもない。
やってしまった。
「やっべ魔法じゃんすっげ!すっげ!」
そうこうして、食べるものを食べた後に乾燥機まで引っ張っていってみせてやると、またずいぶんな喜びようであった。
なんとも無邪気だ。
少しほほえましいけど、実際はただのテンション上がった酔っぱらいなんだよなこれ。
「でも泊めてくれるんでしょう?」
「そこの物置で寝るなら許可しますんで」
追い出されるかの念押しする知恵はあったのか。
しかし部屋では寝かせてやらんぞ邪神。
「やーだやーだ座布団座ってテレビとネットしてあの夜のニュースの司会者くたばれとか一緒にあおりたいー!!!」
「駄々っ子か!てか歪んでるにも程がある」
というか、いつそんなネット優先の子供っぽいこと覚えたのだろうか。
「てかさ、寝ないんだよ私」
「え」
「人間じゃねえんだからさ」
そーだったね。
生き物じゃないなら寝るのが当然でもないんだね。
「でもさ、でもさ、だまって物置に居るとか無茶言うなよう、かまえよー」
「こっちは寝るんです!」
酔っ払った悪魔だか邪神はろくなこと言わないな。
で、協議の結果、物置に使っている段ボールまみれの一室を軽く整理して、僕の部屋のディスプレイとゲーム機はそちらに貸し出されることとなった。
「あぁ、こんな時間じゃないですか」
「いやもうこれは城だね、この変なでっかい箱ずらせば、入り口って感じで」
聞いてない。
さらに上機嫌すぎて少し腹が立つ。
ともあれ、部屋として使うため、中に空間を作ろうと端に寄せた段ボール。
それが塀のようにある様はまさに要塞と言えなくもない威容を感じなくもない。
気のせいだが。
「使い方は読めるでしょ、そこ朝までに何とかして暇しない程度に遊んでください」
「あいよーう」
付き合ってとっくにいつもの寝る時間すぎていた。
日付超えて夜更かしするようにできてないんだよまだ。
そんな文句も吐き出しつつ、落ち着かせてそこに朝までいるよう念を押し。
そして、就寝。
5分経過。
「小坊主、コンセント足んないケーブルどこかからクレ」
爽快なまでに眠りを妨げるドア音と夜中に明るい声。
悪魔めが!
「はいこれどうぞ」
「ナイス対応!出世するぞ」
「もうおとなしくしてくださいね…」
30分経過。
「小坊主君!なんかきれいに映んない」
「あ゛ー…ちゃんと挿してなくて接触わるいんでしょ…僕も最初やったです」
「おおお、完璧なサービスじゃないかえらーい」
「もういいですよね…」
55分経過。
「坊主君コントローラの電源切れた」
「これ電池…」
「わーるいね!ないとなんもできないの辛いよね!」
「もうだめです…だめですからね…」
2時間経過。
「マユ!すごい、これこのアニメわたし最強くさくね!メ○○○○ン使うよ!」
「お前は自分がハエなの妥協するのかねてろ」
「マユ、私なんだかんだ扱いいいよねこれ」
「いやもう寝てます…」
5時間、経過。
「というかさ、マユ」
「んま…」
「こんだけサービスシチュの夜に、ここまで無防備同士でどうして関係がこんななわけよ」
むにゅ。
なにかが当たってるような、匂いがいつもと違うような。
「ご褒美じゃないけど、お友達ならお互いいい目に遭っても私はむしろ歓迎するわけで、さ…」
すごいことを言われているような、なんか重いような。
寝ぼけて目を開けられないのと、暗いのが合わさってよくわからないが、のっかっている人がいる気がするのは呪いの影響か何かか?
とにかくよく覚えていない。
「生き物として楽しいことするの、嫌いじゃないよね…」
そんな感じのことを言われた気が、しなくもない。
実際目を合わせてきいたら、ころりと転んでいたのだろうか。
コレ相手でも。
たぶんない。
それが最終的な結論だが………。
そして
7時間経過後。
「あぁぁ、寝不足…まったくあれのせいで…」
目覚ましで起きる。
快適とはとても言えない朝だ。
何度も何度も起こされて、こっちの生活の邪魔でしかない来客はもう二度と相手しないと思わせる。
一方起きた相変わらずなはずの自分の部屋を見回すと、いろいろ物が消えている。
「そりゃそうか」
暇つぶしのものをたくさん物置に貸し出しているんだから。
そういえば物置はどうなってるのか。
まさか一晩でいろいろ壊れたりはしてないとおもうが…。
そう思いながらドアを開け中を見ると。
居た。
なんだっけ金髪のこの邪神。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカ。
見ると、段ボールにかこまれて丸くなって振動している。
震えているのか。
「ま、ままま、マユ、同居人が夜中、私の肩を、肩を」
着替え取りか何かで、姉が帰ってきてた雰囲気がする。
「なにかしたんでしょ…」
「私は殺すとか壊すとか邪悪なことしに来てはないんだぞ…なんなの、なんなの」
「姉は怒るときは怒りますんで」
「てかあれ人間なのか!お前の部屋に居たら両肩掴んでじかに触れたら消し去るってはっきり言われたぞ!」
「そんな人です」
愛がどうの、なかなか表現に厳しいのは住むようになってからずっとそうだ。
「いやあれ触れられただけで死ぬと思ったし、人間じゃねえよなんなんだあの存在!」
「人の実の姉に暴言言い過ぎですからね、ちゃんと朝食食べたら出てってくださいね」
「いやもう怖いって、マユの部屋入ったら足を、触ったら手を、さっきみたいなこと言ったら頭を一寸刻みでヤってやるって普通神様に言わないよ!」
「人間にだって言わないですねえ普通の毎日で」
「じゃあなにあれ!」
「愛の表現て聞いてるんで、突っ込まないでやってください」
「こええよ!!!!」
ちなみにこの後、帰ってきた証のように置手紙が食卓に遭った。
内容は。
『捨て犬を拾うのはいいですが、初々しいイロンナノはしっかり撮影するので姉の許可したときにしましょうね。今回は不許可です。ではまーくん今日も最高に愛してる』
たしかに若干怖い?
…気もするが、まあいつもの姉だ。
ちなみにあの邪神は、登校時間までひたすら恐怖て動けずに居た。
まあ、次から多少おとなしくなってるきっかけだと、いいなあ。
姉に少しだけ感謝しながら、きょうも登校するのであった。