栄光のユートピア
「サブキチ食いてえな」
隣で男がハンバーガーを食みながら言った。
乱暴に食いちぎられた断面からは萎びたレタスがのぞいている。肉は、上に乗ったトマトよりも薄かった。弾力のない、つなぎの分からないパテを咀嚼する。
「サブキチ食いてえな」
「うるせえな、俺たちにそんな金あると思うのか」
最後の一口を放り込むと、何も残らなかった。ポリマーでコーティングされた薄っぺらな紙を丸める。
ハンバーガー屋の店内は薄暗く、おまけに明かりは赤かった。無精髭の生えた相方の口につく、僅かなゴミに反射する。
「10年だな」
ソースを唇につけたまま、男が口にする。
サブキチは地元にある不思議と人気のあるラーメン屋で、確かに10年ほど行っていなかった。
「決めたわけでもないのに、なるようになるもんだな」
トレーに乗った色の淡い広告を見つめながら応える。
「解散だな」
初めて、はっきりと隣の男の顔を見た。眉の下にたるみと、口元に皺が見える。きちんと10年分、歳を重ねていた。
彫りの深い、二重の目が瞬きする。
その目があまりにもぼんやりとしていたので、笑いをこらえながら言葉を続ける。
「ビタイチ売れなかった」
「500円はビタにならんのか」
「才能が足りなかった」
「努力でカバーする馬鹿さもなかった」
「時代は追いつかなかった」
「時代に追いつけるだけの速度もなかった」
夜の11時を超えたファーストフード店は、安っぽい酸味の効いたソースの香りがした。
10年。途方も無い長い時間、隣の男と漫才をしていた。
アルバイトで生計を立て、雲のようなチャンスを何度か指先に掠めて、掴めず地に這いつくばっていた。
機械油の染み付いた相方の指を見る。
「今更、漫才以外のことをしろなんて言われても、無理だよな」
来年、彼の指には銀色の細い輪がかかることだろう。7年付き合っている彼女がいた。そろそろ、責任を取らなくてはいけない。
相方に向かい合う。
「10年、ありがとうな。楽しかったよ。漫才ができて」
「違うだろ」
相方は鼻で笑った。最後のハンバーガーを口に押し込む。
咀嚼し、飲み込むと、背筋を伸ばす。姿勢を正して体の前で手のひらを組んだ。
ちょうど、お辞儀をする形だ。
「『どうも、ありがとうございました』」
深々と頭を下げる。慇懃でやり慣れたその仕草に、思わず口元がほころんだ。
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