それでも...
世界観とかはぼんやりふんわりしています。
特に何も考えずに読む事をおすすめします。
生きたいと願った。
私だけが、そう願った。
誰も私が生きることを望まなかった。
家族も、婚約者も、沢山存在する人々も。
たったひとりすら、望まなかった。
みな、私が嫌いだった。
みな、私に無関心だった。
幼い私は理解出来なかった。
恨んだ、怒った、癇癪を起こした。
私を見て欲しかった。
誰も見てくれなかった。
むしろもっと嫌った。
大きくなるうちに気付いた。
あぁ、世界に嫌われているのか。
そして、私は、本の世界に閉じこもった。
ひとりの世界に閉じこもった。
安らぐ場所を探してさまよった。
さまよって、さまよって、見つけた。
私と同様に世界に嫌われた存在を。
これは私が7歳の時の話である。
ーーー
「ファウダー・パリャードク、お前との婚約を破棄する。」
私より美しい顔を持つ婚約者がそう言った。
銀の髪はさらさらと肩にかからないくらいで楽しそうに揺れている。意志の強そうな青色かかった銀の瞳は冷たい視線が良く似合う。私に向けるその視線のような。
「私は、公爵令嬢ファウダー・パリャードクはその申し出をお受けしたいと思います。
…家同士の婚約ゆえ、私は従っていただけですので。婚約破棄の手続きのお話はオーダー公爵にお願いします。」
私はそれだけ言うと、婚約者とその後ろに隠れている愛らしい女性を背にして歩き出した。
お気に入りの赤く長い髪はこれでもかとウェーブを描いている。化粧はせず、地味な制服を身につけている私はとてもじゃないが、公爵令嬢には見えない。
何よりも私はオーダーという苗字を使うことが出来ない。結果、沢山の人々は私が公爵令嬢であることを知らない。
何が言いたいかと言うと、昼休みのカフェテリアでオーダー公爵令嬢に婚約破棄を言いつけたために私が公爵令嬢であることがカフェテリアにいる生徒に露見したということだ。
少なくとも明日までにはこの学校のほとんどの生徒は知ることになるだろう。
忌々しい血濡れの女子生徒が、今までさんざん虐めてきた女子生徒が、悪意を持って接してきた女子生徒が公爵令嬢であることを。
案の定、カフェテリア内は驚くほど静まった。
「ざまぁみろ。」
カフェテリアを出る時に発した声は案外大きくカフェテリアに響いた。
攻撃的で、蔑みのこもった淡々とした声。
あら、意外に私イラついていたのね。
人気のない廊下を通りながら私は考える。
今日中に彼は家まで話を持っていくはず。
そうすればやっと、やっと私は自由を得る。
ただのファウダーになるのだ。
待ち遠しい。
私の笑顔は少なくとも心温まるものではなかったと思う。
ーーー
「貴様、なんという事をしてくれた!何の役にも立たないどころか、公爵家に、私の顔に泥を塗ってくれたな…!」
私に全く似ていない父はそう言って私の頬を打つ。思ってはいたが、あまりに強い力で打たれたためバランスを崩して倒れた。兄と妹は冷たい視線で私を見る。メイドたちは関わろうとしない。私の味方は誰もいない。母でさえ、うんざりした顔で私を見て、憎悪の視線で私を地面に縫い付ける。
「...。」
立ち上がることも出来ず、座り込んだままふかふかのカーベットをじっとみる。
涙なんで、で出来やしない。
「ちょっと、なんとか言えば?そんなに自分が可哀想なの!?不幸な自分に酔っちゃってるのをみると気持ち悪いのよ!お父様、私、先に失礼しますね、いいでしょ!」
お母さん似の金髪にお父さん似の緑の瞳。
どちらかと言うと母寄りの顔ではあるが、鼻や輪郭は父にそっくりだ。性格も父によく似ているため、妹を父は溺愛している。
「可愛い私の娘、もう少しだけ待ってくれるか?今度、新しいドレスを作ってあげるからな。」
にこにこと気持ち悪いほどの笑顔を浮かべているだろう。見なくてもわかる。
「まぁ、本当!?わかりました、お父様!嫌ですけど、我慢しますわ。」
気取ったような言い方に父も兄も母も優しく笑う。完璧な家族の団欒。私という異分子を弾き出して、作り上げられた空間。私はくだらない茶番が終わるのをじっと待った。
「お前は、オーダー公爵家からも、パリャードク準男爵家からも除籍する。
二度と顔を見せるな。」
父の宣言に家族は喜びに湧いた。
母なんて泣いて喜んでいる始末。
「...はい、失礼します。」
しおらしく、出来るだけ悲しそうに私は答えた。彼らが喜ぶように。
退出すると私は部屋まで走った。
メイド達に捕まって着の身着のまま外に追い出されては叶わない。
私は部屋に入ると家にいる時着るように命じられていた薄汚い服に着替え、隠しておいた鞄を取り出し中身を確認する。...良かったなにも取られていない。お金と保存食と家からくすねた調味料をちゃんとある。
大きな丈夫な鞄に自分で買った金目のものを入れる。全てを入れたら、それをボロい布で包んで目くらましをする。抱えるほどの大きくない手荷物はボロい服だと勘違いしてくれるはず。
部屋を出る前に鏡で今にも悲しそうで泣き出しそうな顔を作る。うん、上出来。
そして、とぼとぼと歩いて部屋を出る。
メイド達はくすくすと私を笑って助けようとなんてしない。
玄関から出れるはずもなく、裏口からこっそり出される。
裏口を出ると、ドアは大きな音で閉ざされた。
私は、家を見上げた。
父には感謝している。
私が知識を得るのを邪魔しなかった。
卒業まではさせてくれなかったが、学校を卒業まじかまで行かせてくれた。
まぁ、私もそこそこの成績で自慢させてやったからとんとんかな?
母にも感謝していることがある。
私を召使いのように扱ってくれたおかげで、家事が出来るようにしてくれたことだ。
兄にも感謝していることがある。
剣術の相手に私を選んでくれたことだ。
おかげで私は高い危機察知力を手に入れた。
妹にも感謝していることがある。
私にメイド達が着くのを嫌がったおかげで、私は家を出る準備を進めることが出来た。
...ろくでもない思うでばかりだけど、それでも貴族に生まれてきて良かった。
「...遂に追い出されたのか。さっさと去れ。」
滅多に家に帰ってこない二番目の兄が私を射抜くような視線で見ている。
私は、反射的にびくっとして、慌てて家を離れようとした。
「待て。」
しかし、兄の声に私は立ち止まる。
恐る恐る振り返ると、彼は私に袋を投げて寄越した。急いでその袋を拾う。中身は多分服と金だと思う。
「餞別だ。王都からいや、この国から去れ。」
硬い彼の声に私は頷いた。
「ありがとう、ございます。」
それだけ言うと私は走り去った。
聞こえたかどうかはわからない。
しかし、次兄に感謝の言葉を言えて。私の思い残しは何もなくなった。
軽やかな足取りで、次兄の警告通りに私はこの国を出ることを決意した。
ーーー
下水道を急いで私は走る。
向かう先は王都の外。
何も持たない私は王都を出ることが出来ない。
次兄がくれた身分証も入った記録がないので怪しまれ、足止めされてはたまらない。
ファウダーという少女は、オーダー公爵領地に居ることになっていたのだから。
私は仕方なく、下水道を通って外に出ている。
王都は下水道から出るのは黙認している。
入る事は難しいが。
臭い下水道を出たら既に夜で、私は急いで真っ暗な森へと逃げ込む。
あんなに騒がしかった森が一瞬で静まる。
私はがむしゃらに走った。
荷物をしっかり抱え、王都の光が見えなくなるまで走る。
息が切れてきて、胸が空気を求める感覚を無視して走る。もうしばらく走ると、口の中から血のような味がしてきたが無視した。遂に、意識が朦朧としてくる。私は、後ろを振り返った。
王都の高い壁は、木々に囲まれ警備の光さえ見えない。気が抜けて、木の根に足を引っ掛けてこけてしまう。
どさっ
あぁ、疲れた。
私は何も考えられなくなって、強い眠気に誘われ、そのまま目を閉じた。
ここまで来れば、大丈夫だよね…?
ここまで来れば、もう、休んでいいよね…?
あぁ、冷たいハーオスの手に触れたい。
ハーオスに会いたい。
…あいたい。
気絶する様に私は眠りについた。
ーーー
世界に嫌われる。
それは、生けるもの全てから嫌悪され、避けられる事であり、誰からも愛されない事なのだと思う。
そう、私のように。
彼のように。
「おはよう、ファウダー。」
中性的な顔は整っていたのだと思うが、今は痛ましい傷が先に目に入るため整っているとはとても思えない。沢山の人々は彼を醜いと言うだろう。真っ赤な髪に瞳。私とお揃いの容姿に兄妹と思われるかもしれないが、私とハーオスは血の交わらない他人だ。
それに、私は平々凡々の顔だ。
両親に全く似ていないのだ。
彼にも似ていない。
「ハーオス、来てくれたのね!」
私は目の前のハーオスに抱きついた。
ここは彼の家。
どの国にも属さない瘴気の森の中にある彼の家だ!
きっと、ハーオスが私を見つけて運んでくれたのだ。
「わ、ファウダー!」
彼は咎めるように私を呼んだが、私は無視してもっと強く彼を抱き締めた。
「...こわかった。いたかった。さみしかった。つかれた。くやしかった。」
抱きしめたまま、私は気持ちを吐き出す。
様子がおかしいことに気づいたのか、彼は私を優しく抱きしめかえした。壊れ物を扱う様な優しい手つきに涙が溢れて止まらない。
そう、人間のように扱われたかった。
「...な、きた、か、った。」
押し殺した泣き声を縫うように言葉を発する。
「...ファウダー...」
彼も泣いているみたいだった。
私達は、互いにしかわからない痛みを洗い流すように泣いた。
ーーー
起きたら、ハーオスは居なかった。
ただ、手紙が枕のすぐ側にあった。
手紙には感謝の言葉と、泣くことによって世界に嫌われる役目が代わる事、そして、ハーオスの半生が書いてあった。
「なんとなく、わかっていたけど...。」
そう、なんとなくわかってはいた。だけど、私は、泣くことを我慢することが出来なかった。
もしかしたら、ハーオスは私を離れないかもしれないとどこかで期待していたのだろう。
だけど、しっくりきた。
今私は本当に世界に嫌われている。
彼も分まで、何倍も嫌われている。
その前の人の分まで嫌われている。
絶対的に私は世界に嫌われている。
...そして、私が嫌われるのを拒んだら、新しい血濡れの赤子が生まれる。
しかし、私が役目を受け入れ、世界が滅ぶまで生きたなら、血濡れの赤子は生まれない。
少し迷ったが、私ほどの力を持つ血濡れの赤子が生まれる確率は低い。また、私の様に恵まれた立場で生まれる確率はもっと低い。
だから、私は役目を受け入れた。
ここで、瘴気を発生させながら生きることを。
他の子に押し付けるよりは、私が請け負った方がいいのだ。それに、瘴気の中は私の世界。誰にも邪魔されず、友達さえ作ることが出来る。
私はハーオスが残した小屋で永遠に生きる。
世界から嫌われることによって世界を救いながら。
血濡れの赤子:世界に嫌われる<血濡れの>運命を背負っ
た赤子。
赤い髪、赤い瞳を持って生まれる。
血濡れの運命を背負ったものは、死にません。代替えしたら基本的に時間が止まります。傷もすぐ治ります。
そして、瘴気を発生させます。
基本的に、代替えするまでは普通の人ですが、決して死にません。世界に嫌われる役目がなくなったら世界は崩壊するので、本能的に殺すことはしません。
...殺すことは、しません。