第八十二片 迎え、そして驚きの邂逅
こっちに飛ばされてきてからすでに一ヶ月が経っていた。
カレンダーは十二月の分を残すのみとなった。寒い風が身を縮こまらせる。
中籠は四六時中俺に悪戯をしかけてくるが、それのおかげもあってか、だいぶ打ち解けることができた。時々音もなくどこかに消え、数分後にひょっこり戻ってくることもあるが、コトリに言わせれば「これも悪戯のうち」なのだとか。
城の中の人たちも好意的に接してくれて、あまり気疲れはしなかった。最初のうちはアストリアの話を聞かせてくれとか何とかでいろんな人に追い回されたけど、それはまた別の話。
そんなこんなで、こちらでの生活にも慣れてきた頃合いで、俺は急に王様に呼び出された。
「王様、お呼びでしょうか」
同伴してくれている中籠が最初に口を開いた。
「うむ、実は、先ほど西の港町から連絡が来た」
「連絡?」
「冬。お前の迎だそうだ」
「っ!」
俺の迎え? ってことはつまり、アストリアから使者が来たってことか。
「しかし、港に来たのはアストリアの者だけではない」
「……??」
俺の迎え、なんだよな?
「リツォンコーネ、モルフェディア、ムーの統治者、ならびにそれぞれの実力者がともに来航した」
……。
「私はすぐさま港に向かう。お前もすぐに行ける準備をしろ」
「……はい」
腑抜けた声が出てしまったが、俺はそれに気づけなかった。
「冬、お前大丈夫か?」
謁見の間を出てから中籠に尋ねられたが、生返事しかできなかった。
俺の迎えに、四カ国の首領が来るということが信じられなかった。
アストリアだけでないというだけでも不審なのに、ラスフロスを除く四カ国すべてだ。
おそらく、俺の迎え以外にもやりたいことがあってのことだろう。
それは理解できたが、ことが大きすぎて、脳内で実感することができていなかった。
謁見の間を出てから十分後、兵士が呼び出しに来た。
港までは魔法陣で行くことになった。石造りの城内にある十畳ほどの天井の高い部屋が転送部屋になっていた。部屋の中には何故か中籠とコトリもいた。
国王に「行きたい」と言ったところ、お許しが出たそうな。
気まぐれなのか、俺が心配なのか。……後者は多分ないな、うん。
それほどの時間差もなく王様と側近の女性が到着し、転送が開始された。
兵士が一人、先見として転送され、そのあとに中籠、コトリ、俺、そして女性、王様の順で滞りなく転送が完了した。
「それでは行くぞ」
転送先の小屋から出ると、正面の道を歩いていた人たちの足がぴたりと止まった。
続いて皆が一斉に動き出し、車が五台は平行して通れるであろう太い道の両脇に固まり、中央に通り道を作った。
王様が片手をあげ、「感謝する、国民たちよ!」と力強く言い放つと、そこかしこから歓声と拍手が沸き起こった。
……これが王様か。すげぇ。
なんて感動していると、王様は大きな足で、一歩一歩進みだした。
体が大きければその歩幅も大きい。彼の一歩は俺の三歩になるくらいでかい。
そんな王様に置いてけぼりを食らわないよう、俺は急いでその後についていった。
―――*―――*―――
街を抜けて港に着くと、湾岸からのびる埠頭の傍に大きな軍艦が一隻停泊していた。モルフェディアに行くときに乗った船だ。
埠頭の先には十数人の人影が確認できた。
「待たせてしまってすまない。そして、今回の非礼を詫びさせてもらう。すまなかった、レジル」
「そうだな。今回の一件はそうとう心配させられた。しかし、冬君には悪いがこれもいい機会になった。情報交換も兼ねて、みんなを呼んだんだ」
埠頭に着くなり、王様はレジルさんを見つけ出して頭を下げた。
レジルさんも平然とそれに応えている。
「冬さ~ん!」
「ん? ……ぶっ!」
国王同士のやり取りに目を向けていると、左の死角からボディタックルを食らった。
なんとか倒れることなく持ちこたえ、姿勢を戻す。
声とボディタックルの高さから、誰なのかは一発で分かった。
「ユキ、痛い」
「心配したんですからね、冬さん!」
俺の言葉なんて聞く耳持たず、ユキは俺を抱きしめてくる。
それがこれ以上なく恥ずかしくて、頬が赤くなるのが自分で分かった。
「冬く~ん!」
「ん? ……おっ」
同じ方向から、もう一人ハグしてきた人が一人。ハハルさんだ。ユキと俺をいっしょくたに抱擁している。これまた恥ずかしくて死にそうだ。
「こんなとこにいたのか、馬鹿が」
「ん? ……いてっ」
頭に硬いモノが軽くぶつかる感触を覚えた。頭に乗せられた長物の先をたどっていく。
ハハルさんの横から顔を出しているのは、メネスさんだった。
目は怒っているようにも見えるが、口元が笑っている。
これくらいが丁度いいな、と内心思った。
「冬、お前災難だったな」
「あ、春」
右に顔を向けると、そこにはちょっと前に仲良く(?)なった春の姿があった。当然サクラも一緒にいる。それどころか、春の後ろにアスナロウ小隊全員の姿が確認できた。それともう一人、青白い髪と白いドレスを潮風になびかせる、碧眼の女性。皴のない肌からすると若いように思えるが、漂うオーラが予測年齢に不相応な気品と落ち着きを感じさせる。たぶんあの人が、リツォンコーネの統治者だろう。
リツォンコーネの集団の隣には、マヤさんとセラムさん、それにエースさんの姿があった。エースさんは目が合うとこちらに向かって手を振ってきた。俺も不自由ながら振り返す。
残る集団はムーの人たち三人組。
一人はもみあげと合体するほどあごひげが濃く、顔も濃い武闘派然としたガタイのいい男性。防具らしきものは身に着けておらず、柔道着のような白い服と黒い帯が印象的だ。
もう一人は逆に細身で顔のいい、短い金髪のすっきりイケメン。肘、膝、胸、そして利き腕であろう右腕を守る最低限の防具とワインレッドを基調とした軍服。腰に差している細剣らしき剣から、おそらく剣士であろうと推測される。
そして、最後の一人は……。
…………。
ん?
見間違いじゃないよな?
……間違いないな。
「どうしたんですか冬さん? 目なんかこすって」
「いや、あれ……」
俺の視線の先を追うユキとハハルさん。ユキは「ああ、あの人ですか」と平然と言う。
「あの人こそ、ムー帝国を修める帝、クロア・ムー・ベイルさんです」
「……」
くろあ、むー、べいる。
なにそれおいしいの?
いやいや、もちろん冗談だが。
俺がこんなことを考えてしまっているのは、相手が偉大な人だと肌で感じたからとかではない。
だって、あそこにいるのは間違いなく。
「……? おぉ、清水。元気だったか?」
「野薪先生、何してんですか」
我が担任、野薪先生その人だったのだから。