第八十一片 初めて過ごす夜
中籠との対面から後、飯だ城内説明だ風呂だと事は俺を置いてきぼりにするくらいの速度で進み、既にこの世界の夜も更け、俺は割り当てられた自室で天蓋付きのベッドに横たわっていた。右側の壁には一面ガラスがはめられており、優しく夜を照らす月光が部屋までも明るくする。その光はどこか安心するもので、ずっと見ていられそうだ。
ふかふかのベッドに横たわり、一人考える。
よくよく考えてみれば、俺がこっちの世界で夜を過ごすのってこれが初めてだよな。今まではユキに毎日あっちに戻してもらってたわけだし。
……今、あっちの俺ってどうなってんだ? ……まあ、どうでもいいか。
どうでもいいというより、考えてもしょうがない、か。この大陸にあの木づちがあるかどうかも分からないし、通信手段もないんじゃあ。
……通信手段?
そういえば、俺の中にはハハルさんにかけてもらった魔法があるんじゃないのか?
それを俺から起動させられれば、アストリア大陸のハハルさんとは通信ができる?
どうすればいい。魔法ってことは、魔力がいるよな。魔法陣の位置はどこだ? 探り探りやるしかないか。
まずは魔力を生成する。体内を循環するのとは別に。使用するための魔力を。体の中で練り上げる。
練り上げたそれを使って、体の中で魔力の流れを確かめる。魔法陣があるところは、魔力の流れがおかしいはず、っていう確証のない仮説だけど。
どこだ………………。右腕……違う。左腕は? ……違う。足……違う。腹……背中……。ん? 背中になんか違和感がある。丸くて、薄い、あちこち欠けてるけど、円盤? みたいな……、これか!
見つけられれば、あとは練り上げた魔力を魔法陣に注ぎ込む!
必要量がどれくらいなのかは分からないけど、ありったけの魔力を注ぎ込んでやる!
……もっと、……もっと、もっと……もっともっともっと!
ハハルさん。ハハルさん! ハハルさん!
俺、無事です。無事ですよ! 俺、無事ですよ!
聞こえてたら答えてください!
ハハルさん! ハハルさん!
「…………っぷはぁ! はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
反応がまるでない。こっちからの要請は出来ないのか?
でも体内の魔力量は確かに減ってるから、魔法陣に注ぎ込むこと自体はできてるみたいだ。
というか、よくよく考えてみれば、あのハハルさんが魔法のことを思い出さないはずがないか。とすればすでに試してるはずだ。あっちから試していてダメならば、俺からやって無理でも仕方ないというものだ。その場合、また心細いことにはなるが……。
まあ、今更心細い状況なんてのには慣れてるしな。
俺はどうにかこっちで無事に過ごしてることしかできないな。
よし、夜も遅いし、もう寝よう。
眠ることに頭を切り替え、俺はベッドにもぐった。
俺は少しだけ、あっちに戻れなくなってもいいと、そう思っていた。
―――*―――*―――
翌日、朝
アストリア大陸 首都レスト
ハハルの自室
「……さて、冬くんのことは気になるけど、それはフレアに任せて、私は私の仕事をしなくっちゃね」
「……るさん、」
「ん? 頭に、なんか聞こえる?」
「……ハルさん、ハハルさん!」
「この声、……冬くん!? でもどうやって?」
「俺、無事です。無事ですよ!」
「冬くん? 今どこにいるの!? 冬くん!」
「俺、無事ですよ、ハハルさん、ハ……さ……、ハハ……ん」
質問への答えになってない、ってことは、リアルタイム通信じゃない……? 魔力に心理が溶けて届いてるの? 渾身の力で何かに魔力を注いだ? ……そうか、前の魔法の陣だ! でもあれは一回きりで消滅するはずなのに、いや、残滓ならいくらか残ってるか。それを自分の中から見つけ出して、一か八かの賭けに出たの? ……全く、バカだわあの子!
……でも、そんな馬鹿ができるってことは、彼は無事なのかもしれない。安心はできないけど。
さて、彼が頑張ってくれたんだから、今度はこっちが頑張んなきゃね。
「フレア、聞こえる?」
「いきなり通信機で呼び出すな。こっちは寝ずに精密機器で彼の消えた痕跡をたどってるんだ」
「有力な手掛かりが掴めたの。手伝ってちょうだい」
「……?」