第七十八片 新天地
魔物による王都侵攻から一ヶ月半後。
各地の町や村の復興に駆り出されていた俺たちは、王様に呼ばれて謁見の間に来ていた。
「王都を襲った魔物たちがどこから来たのかが特定できた」
王様の第一声で、場に緊張が走る。
「あの魔物たちの元居た場所、それは、ラスフロス大陸だ」
現実で言う、南北アメリカ大陸に位置する場所で、最大級の大陸規模を誇る。
様々な魔物や人がいるのだそうな。
「ここからラスフロスまではかなり離れているが、準備が整い次第、冬くんたちには、私と一緒にそこに向かってもらいたい」
「一緒に、ですか?」
「先日の魔物襲撃は、洒落で済むものではなかったからな。私自ら赴いて、あちら側と話をしようと思ってね」
なるほど、確かにあれが故意に行われたものならば、立派な国際問題だ。
「あいつがそんなことをやるとは思えないが、一応、ね」
レジルさんは、少し難しそうな顔をした。あちらの王様と知り合いなのかもしれない。
「まあ、今日は事前にそれを知ってもらいたくて呼んだだけだ。準備ができたらまた後日呼ぶから、それまではまた、町の復興の手伝いをしてもらいたい」
「わかりました。それじゃあ……」
頑張ります。そう言おうとした瞬間、意識が揺らいだ。
「……!」
頭を割るような激しい頭痛が襲ってくる。思わず目を閉じ、耳を塞いだ。
体の内側から揺さぶられているような、気持ち悪い感覚を覚える。
耳鳴りもしてきて、いよいよ意識が遠くなってきた。
どうなるんだ、俺は……?
―――*―――*―――
「――、おい、目を開けろ、レジル!」
誰か、しゃがれた男の声がする。年を取っているのか、その声は威厳をはらんでくぐもっていた。
「王様、この方はレジル様ではないようです」
「何だと!? レジルにそっくりではないか!」
「あの方の髪色は森の緑ですが、この方は黒です。それに、レジル様はもうこれほど若くはないのですよ」
「むう? 言われてみればそうか」
しっとりとした、女性の声にたしなめられて、テンションの高かった男の声が落ち着いた。
気が付くと、頭痛や耳鳴りが消えていた。まだ気持ち悪さは抜けきっていないけど。
そうしてみると、自分の体勢が分かってくる。どうやら俺は、耳に手を当てた状態でうつ伏せに丸くなっている状態らしい。
「おい、お前。面を挙げよ」
男の声がしたかと思うと、俺の体は軽々しく浮きあがった。襟を掴まれているようで、服が首に食い込んでくる。
「……うぅ」
「王様、そのままではその男性は窒息死してしまいます」
「何!? それはいかん!」
男は女の人の言葉で、俺を床に下ろしてくれた。
「確かに、レジルではないようだな。あいつはもっと老けておるからな」
「そうでしょう、王様」
目を開けて、眼前の状況を確認しようと試みた。
……試みたが、眼前から発せられるプレッシャーが強すぎて、それどころではなかった。
「……」
「ん? お前、何か言いたいなら言ってみよ」
王様とは、本来こういう人を指して言うのだろう。
赤い外套を肩にかけ、筋骨隆々の肉体は岩壁のような硬さを物語っている。燃え盛るような赤を宿す髪と髭が、堀の深い四角顔をより一層怖くしている。俺が顔を上げたのを確認すると、その男は凝った装飾の豪華な椅子に深々と座り、こちらを上から見下げてくる。
「あ、な、たは……誰、ですか」
喉からひねり出された言葉は、そんなちんけなものだった。
「俺が誰か、か。知らぬというなら教えてやろう」
椅子から勢いよく立ち上がると、髭の男は外套が落ちてしまうのではないかと思うほどに腕を広げて口上を述べた。
「我こそは、このラスフロス大陸を統べる者、古くから連綿とその座を受け継がれてきたイグニスの一人、ラスフロス王国国王、ネイスト・マゼレンである!」
王が言い切ると同時、周りに控えていた兵士たちが声を上げ、拍手する。
……ん? 兵士たち?
「そうだ! 俺はどうなって」
「うるさい! 王の前で取り乱すな!」
「……」
本当に、王様とは本来こういうものなのだろうな。
有無を言わさぬ迫力が、無条件で体を強張らせる。
「王様、いきなりこのようなところに召喚され、取り乱すなという方が不可能というものかと」
「……。そういうものか?」
「ええ、一般的には」
「それでは、仕方あるまい。うろたえることを許す」
王の椅子の横に控える女性、またもこの人に助けられたようだ。
と、俺が視線を向けていると、女性は今度は俺に目を向けて話しかけてきた。
「名前は分かりませんがアストリアの方、いきなりこのようなことに巻き込んでしまい、申し訳ございません」
お辞儀をすると、長く伸びた金糸のような髪がさらさらと垂れる。
体に染みついているのか、そのお辞儀は単純な動きであるのに美しく感じられた。
蒼い瞳が、またこちらを見る。
「しかし、事態は急を要するものです。私たちも、手段を選んではいられなかったのです」
「はぁ」
話が見えてこず、生返事を返してしまう。
「我々の、ラスフロスの民たちは、アストリア原生の魔物たちによって傷つけられたのですから」
ラスフロス、アストリア。
あの人は、ラスフロス王国国王……。
「ラスフロス!?」
「さっきからそう言っておるではないか」
国王が少し面倒くさそうに、すねたように言う。
待てよ? ラスフロスがアストリアの魔物たちに攻撃された?
「私たちは、強硬手段ではありましたが、この転送魔術によってアストリア王国の国王、レジル様をこの地に呼びたかったのでございます」
「転送魔術?」
「あなたの周りをご覧になってください」
言われて視線を左右に振ると、俺を囲むように兵士たちが綺麗に円を作っていた。円を形づくっている兵士たちの後ろにはまた兵士が、その後ろにも兵士が、という感じに、途轍もなく広いこの部屋を埋め尽くさんばかりに兵士たちの列が続いていた。推定人数は五十……いや、百は軽く超えているか。
そして、女性が言葉なしに下を指さしているのに気づいて下を見てみると、そこには見たこともないほど複雑な模様を描かれた円陣が、俺を中心に構成されていた。
「ラスフロスの力を持って、この世界のどこにあるものでも呼び寄せることのできる転送魔術『万物召喚』の魔法陣です」
この世界のどこにあるものでも……。最強の転送魔術じゃないか、これ。
「ただ、莫大な魔力を必要とするのが欠点ですがね。おかげでほら、我が国の魔術の精鋭たちは腰砕けです」
……力には、それ相応の代償が必要ってことか。
「しかし困りましたね。レジル様をお呼びできないとなり、しかもこの少年をさらってきたとあっては、アストリアは我々を敵視するでしょう」
いや、国王をさらったらもっとすごいことになりそうなんだが。
「仕方ない。この者に、レジルの代わりをしてもらうしかあるまい」
「……へ?」
「お前に、色々と話を聞かせてもらう」
国王様は笑顔一つ見せず、俺に近づいてきた。
視界を巨体が埋めていく。
おっと。これは洒落でもなんでもなく。
俺、ここで死ぬかもしれない。