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仮面と旅する別世界  作者: 楸 椿榎
ラスフロス編
90/123

現片 音と光

 突然だった。

 突然、光がなくなった。

 朝起きると、目を開けたはずなのに何も見えなかった。

 一瞬、理解ができなかった。見えない。その事実があまりに圧倒的で、衝撃的で、言葉を失った。

 両親に話すと、すぐに病院に連れていかれた。


 診断結果は、確かに視覚が無効になっていることを表していた。

 現在の医学では、視覚が無効になる、もとい、弱くなる原因はいくつか判明している。しかし、俺の失明はそのどれとも違うらしかった。

 生体に異常はない。なのに視覚が失われている。

 こんな症例は見たことがない。


 対応しきれないと言われて、追い返された。

 両親は俺を励ましてくれたが、その姿は俺には認識できなかった。

 ただ耳元で、どうして、どうして、と母の声が聞こえただけだった。


 どうして。

 俺が聞きたかった。

 何も特別なことなどなかった。

 普通に昨日を過ごして、普通に寝て、普通に起きたら、異常が起きた。

 

 それから、俺は学校に行かなくなった。

 工業高校だったが、そうであろうとなかろうと俺は行かなくなっただろう。

 冷やかされるのも、同情されるのも嫌だったから。

 親は親で支援学校なんかを探してきたが、それも断った。

 一つだけ、主婦である母親が連れ出してくれる気分転換の散歩だけは、少し好きになれた。

 高校生時代の自分では絶対にできなかった自由。視覚は無いが、近くの幼稚園児や小学生たちが遊んでいる音を聞いているだけで幸せになれた。


 でも、ふとした時に途轍もなく気分が沈む。

 彼ら彼女らにはできることが、俺にはできない。

 昔の俺にできたことが、俺にはできない。

 そのことが、気に入らなかった。


 ある日、そんな俺に気を遣ってか母親が「ジュースでも買ってくる」と言って、俺をベンチに座らせて、どこかに行った。

 少し不安だったが、もうこの公園には慣れたし大丈夫だろうと自分に言い聞かせた。

 足音が近づいてくるのが聞こえて、母親かと思ったが、違った。

 リズムと音が違う。

 足音の主は俺の真ん前まで来ると、息を少し吸った。


「ねえ、また世界を見たくない?」


 子供特有の高い声。木々のさざめきよりも静かに聞こえて、しかしそれより明確に聞こえる。

 内容が理解できず、しかし興味を惹かれて、久しぶりに声を絞り出した。

 一音。


 え? と。


「僕と一緒なら、君はまた世界を見られるんだ」

「それを信じろと?」

「無理にとは言わない。でも、僕は嘘は言ってないよ」


 子供のはずなのに、なぜか子供らしからぬ口ぶりだった。そして彼の言葉には、いやに説得力があった。まるで本当のことを言っているような。


「さあ、僕の手を取って」

「見えないのに、取れる手はない」

「なら、手を前に出して。君が僕を信じるなら、君の手は僕の手に乗る」

「…………」


 そんなの、俺が出した位置にお前が合わせればいいだけのことだ。

 でも、本当なのなら。

 一縷の望みでも、残っているのなら。

 

 俺は、彼の手を取った。

 想像よりも小さな手が、俺の手をつかんだ。


「決まりだね」


 その一言が、引き金となって。

 俺は、この”現世”から抜け出した。

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