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仮面と旅する別世界  作者: 楸 椿榎
第一章 変動編
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第九片 『契約』

「……」


 こうなると、自分が名付け親になるわけだ。

 どう名付けようか。これでこの先呼んでいくことになると考えると、キラキラネームはやめた方がいいのは明らかだ。


 親ならどう育ってほしいとかも考えるらしいが、もうある程度育っているし、それはあまり意味ないか。


 何か特徴からインスピレーションを得ようか。


 まあ、目につくと言ったらやはりあの銀の長髪だ。

 風が靡くたびに、背中にかかる髪が風に乗って煌めく。


「……」


 白、銀……。

 でもこれだと姫の名前と被るし……。

 でもこれ以上にぴったりな名前もなさそうなんだよな……。

 ……これってやつが見つかったらからか、他の案が出てこないな。


「これでいくか」


 ちょうど少女の方も準備が終わったのか、こちらに駆け寄ってきた。


「冬さん、できますか?」

「ああ、やろう」

「はい。文言は正確に言ってくださいね。紙を読みながらでもいいので、ゆっくりでいいですから」


 大分念を押されて、少女は三重に描かれた円の中に入った。

 俺は紙に書かれた指示に従って工程を開始する。


 まず、右腕を前に突き出す。手のひらは前方に向けて。

 次に、文言を読んでいく。

 俺が息を吸うのを見て、少女は両手を胸の前で組み、目を閉じた。

「汝、我が面にして、我、汝が面とならん。

 我が名は清水冬。”現世”より出で来た者なり。

 我、汝に名を与えん。そが我と汝の間を示すものとならん。

 汝の名は、白雪」


 言い終わると同時、少女の下の三つの円が光りだした。

 外側が青、そこから内側に向かって赤、白と輝いて、それらに囲まれている少女の体も淡く光りだした。


 光は次第に強くなっていき、手をかざしても我慢できないようになり、最後にはぎゅっと目を瞑っていた。

 一層強い光が放たれた後、厳しく閉じた瞼をも通ってくる光は、収まっていった。

 すこしずつ目を開けてみると、少女がいたはずの場所に体はなかった。

 あるのは、白い、見覚えのある仮面だけだった。


「……」


 ニュースで見たあの仮面。

 鼻から下を覆う部分が切れ込みが入れられたように三つに分かれている仮面。

 左目の辺りに小さくひびが入っている仮面。

 それが、少女の顔があった高さに浮いていた。ほのかに光を帯びている。

 近付いて、手を触れると、その光は完全に収まった。


「冬さん」

「っ!?」


 驚いた。仮面から声が聞こえてきた。


「……そんなに驚かないでくださいよ。この仮面が私だっていうことは、既に分かっていることじゃないですか」

「まあ、そうなんだけどな」


 微妙に目の穴の形や仮面自体の形状が変化しながら語り掛けてくる今の状況は、正真正銘ファンタジックだった。


「さあさ、つけてみてください」

「お、おう」


 すすめられるがままに、仮面を顔にはめてみる。

 すると、仮面は計算されて作られたように顔にフィットした。

 仮面の目の穴から覗いているとは思えないほどの広い視界。つけてない時と大差ない。

 紐もないはずなのに、手を放してみても仮面が顔からずれ落ちることはなかった。


「感触はどうですか? 冬さん」


 今までは仮面から聞こえていた声が、今度は頭に直接流れ込んできた。

 もう、なんでもありだな、これは。


「ああ、大丈夫。問題ない」

「そうですか。それは何よりです」


 声の感触だけだが、おそらく白雪は笑っているのだろう。

 とてもうれしそうだ。

 ……それより。


「『特別な力』とやらは、感じることが出来てるのか? 俺にはさっぱりだけど」


 聞いてみると、「う~ん」という困っていることが丸分かりの小さなうなりが聞こえた。


「あるにはありました。特別と言えば、普通ではありえないくらいの特別が」

「お、なんだ?」


 俺がこっちに来た意味が、一応はあったか。


「仮面としての姿で冬さんと接触しているとき、私と冬さんの魔力回路が統合されます」

「ほう。それで、どんなことができる?」

「お互いの体を巡っている魔力を共有することはもちろん、こちらからそれらを完全に操作することが出来ます」

「……それ以外は?」

「なしです」

「……それって今の状況を覆せるくらい役に立つこと?」

「冬さんが魔力制御を覚えてしまえば、あまり必要なくなるかもしれません。補助にはなるかもしれませんが」

「……おぅ」


 おいおい、特別な力ってのはそんなもんなのかよ。

 チートとは言わないまでも、もう少し実戦向きな能力かと思ってたのに……。

 まあ、現状を嘆いてもしょうがない。

 今考えるべきは目の前の崖を登ることだ。


「なあ、白雪」

「はいっ」

「その力を使って、この崖を登ることはできるか?」

「そうですね……。この崖なら、いけるかもしれません」

「ほんとか」

「はい」


 それなら一応はよかった。


「ただ、まだ私も慣れていないので、うまくいくかは分かりませんが……」

「やってみないと推測も出来ない。まずは一回。やってみよう」

「あ、はい!」


 うまくいかない可能性の方が高い。まずは情報を集めて、それから本格的な打開策を考えよう。


「それでですね。私が考えてみた作戦というのがですね……」

「おう、聞かせてくれ」

 


「それ、ほんとにうまくいくか?」

「ま、まずはやってみましょうよ! ね? まず一回!」

「……」


 成功しないにしても、大失敗しないことを祈ってやってみるしかないか。壊れてくれるなよ、俺の体。


「冬さんっ」

「……やってみるか」

「……っはい」


 一度深呼吸をして、崖から距離をとる。

 森にも少し入って、目測二十メートル、崖との間隔を開ける。

 何度か足踏みして、体の感覚を確かめる。

 もう一度深呼吸。


「……やるぞ」

「はい」


 白雪の返事を聞いて、右足から駆けだす。

 崖まで一直線に、ノンストップで突っ走る。

 枝葉が視界から消える。崖が目前に迫ってくる。

 あと数メートルというところで右足を前に出し地面を踏む。

 踏み切って、跳んだ。

 足が爆発したような衝撃が足裏に感じられる。

 ぐんぐんと、岩肌に平行に自分の体が上へと進んでいく。

 落ちてくる風が進行方向を向く顔を容赦なく痛く叩いてくる。

 白雪が「はわわわわわ~」という声にならない声を上げている。

 そして数秒の内に視界の下方にあった崖は見えなくなった。

 しかし速度はまだまだ速い。

 太陽が燦々と光っているなか、海のように広く、深く、青い空に、一人の体が放り出される。

 速度を徐々に落としながらも、体は勝手にかなり上空まで来た。と、ある瞬間、浮遊感を覚えた。

 上に向いていた顔を前に戻すと、一面を覆う緑と、右にそびえる高い山と、正面、遠くの方に武将の城のような白壁と瓦で構成された大きな建築物と城下町らしきものが見えた。


「冬さん! 気を付けて!」

「……へ? っておどどどぉー!」


 白雪の声で意識はすぐ現実に帰ってきたが、直後に意識がどこかへ飛びかけた。

 顔を先程と同じように風がはたく。

 上昇加速度がなくなったら物体はどうなるか。

 決まっている。

 ……自由落下を開始する!


 どんどんと速度を上げて体は落下していく。腹を下にして手足を思いっきり広げてみるが、効果があるのか分かったものではない。

 くそ、どうする? パラシュートやそれに代わるものがないこの状況。このまま下に落ちれば間違いなく死ぬ。

 崖の上を見てみてもクッション材になるような木々は見えない。草が生えているだけみたいだ。

 あったとしても無傷では済まないだろうし。

 考えている間にも、どんどん地面が迫って来る。

 どうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうする……!


「冬さん!」

「はい!?」


 白雪が思い切り呼んできた。思わず裏返った返事をしてしまう。


「一か八か、私の言う言葉を、後をついて言ってください!」

「ど、どういう……」

「いいですか! 行きますよ!」


 こっちの話なんて聞いてない……。

 そりゃそうだ。

 こんな状況なんだから。何か考えつくだけで精一杯だろう。

 やるっきゃない。やらなきゃ死ぬ。簡単な話。

 思いきりも度胸もない。心臓は今までに無いくらい高鳴ってる。

 でも、死ぬよりか、足掻けるだけ足掻けと頭の中で誰かが言う。

 俺は白雪が紡いだ言葉を、一言一句間違わないように続いて詠んだ。


「「風よ。獣のように荒ぶる嵐となって、我のもとに従え。『風の狼ウォルフ・ウィンディール』!」」


 唱え終わると、大の字に開いていた体の下に、体を囲むほどの魔法陣が展開した。

 緑色に輝くそれは渦巻く上昇気流を生成し、落下速度は瞬く間に下がっていった。

 足が崖の上に着くころには、すでにエスカレーター並みの速度になっていた。おかげで滑らかに着地できる。

 体の下を平行移動していた魔法陣は着地すると円を縮小していき、終いには光の粒になって霧散した。

「ふう……。なんとかなりましたね」

「ああ、そうだな」


 白雪への返答で、自分がやったことがゆっくりと頭の中で理解されていく。

 理解していくことで、自分がどれだけ無茶をやったのかの実感が出てくる。


「俺、よく死ななかったな……」


 本当に。そう思う。

 一か八かの賭けってことは、つまり運が悪ければ俺は死んでいたことになる。

 今があるのはただ運がよかったからで、首の皮一枚というのがいい辺りだろう。


「いやあ、ほんとによかったですね」


 聞くからにほっとしている提案者。


「よかったですね、って。お前、もしかしたら死んでたかもしれないんだぞ?」

「それはないと信じてました」

「何で?」

「私だけならまだしも、冬さんがいたので」

「…………」


 なぜそこで俺が出てきたのかよくわからないが、まあそういうことなのだろう。


「じゃあ、一休みしたらここを下りていきましょうか」

「……ああ」


 俺たちは、崖から伸びる下り坂を、その先に見える都市の外壁を見ていた。

 太陽は既に、天頂を過ぎていた。

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