邂逅片
北の町ノーリスでの三日間の復興作業を終え、ノーリス駐屯地の補充要員が来たことを確認してから、俺たちは西の町ムテンへ馬に乗って移動していた。
俺と白雪の他には、案内と護衛の兵士、しめて三人が同行してくれている。馬の数を減らすために、白雪は仮面状態だ。
背の高い針葉樹林を真っ二つに割るように開かれた道を、ひたすら走っている。日が真上から照っているが、風が吹くと少し肌寒い。もうそろそろ秋めいたものが近づいてきているのかもしれないし、この辺りが北方だからなのかもしれない。
そんなことを考えながら、魔物に出くわすこともなく数時間走り、昼休憩を挟んでから、また走り出す。時おり馬の首筋を撫でると、気持ち良さそうに鼻を鳴らした。
「冬さん、だいぶこの子に慣れてきましたね」
「そうか? 確かに乗り心地には慣れてきたけど」
「こんな優しそうな気持ちになってるのは、初めてだと思いますよ?」
「……!」
面族とその契約者は、精神的に一部が共有された状態になっている。いつもはお互いに口に出さないし気にもしないが、他人に自分の気持ちを言い当てられるのはなんとも言えない。
俺が気恥ずかしさに顔を赤くしていると、前を走っていた案内役の馬が急に止まった。つられて俺たちの馬も急停止する。
「うぉっ!?」
急なことに思わず声が出る。「上を見ろ!」と言う案内役の声に、皆の視線が空を仰いだ。
「おい、何だ、あれ?」
一人が言う。
空になにか、不自然な黒い点が見える。
「落ちてきてないか?」
もう一人が言う。
それは時の経過と共に大きくなっていき、細かな形が目に見えてくる。
「全員退避!」
案内役の兵士が命令すると、護衛二人は素早く道脇に移動した。
黒い物体はどんどん近づいてくる。
「冬さん、そこから退避しなさい!」
案内役はそう言うが、それは無理な相談だ。
何故なら、
「白雪、あの人を助けるぞ」
「はい!」
上から飛来してくるもの、その正体が人身であるから。
にわかには信じがたいが、ここは現世ではなくファンタジー世界。こんなことがあってもおかしくはないだろう。
馬から降り、お腹を擦ると馬はなにかを察したように、兵士たちの方へと小走りした。
「よし......」
一度深呼吸してから、対象を再度視認する。
既にかなり近くなってきている。あと数十秒で地上に激突するだろう。
右手を空に掲げ、魔力を練り上げる。
「詠唱略式
『風の狼』!」
視界の先で魔法陣が展開し、風が巻き起こった。落下してくる人は、身動き一つせず風の中へと突っ込んでくる。
自分が落ちたときを思い出しながら出力を調整するが、彼(彼女?)の勢いをなかなか殺しきれない。このままでは、意味がない!
「とまれぇぇぇぇ!」
「心配ない」
「......?」
どこからか、声が聞こえた。
「夜桜」
一言、聞き違いかと思うほどの小さな呟きが聞こえた。一瞬の後、俺の視界に黒い棒が映っていた。それは俺の足元から生えてきていて、今も伸び続けている。伸びて伸びて、彼の耳をかすめた。
今の痛みでスイッチが入ったように、彼は棒を手に取り、足をかけ、グルングルンと回転しながら減速して下りてきた。
魔術を解いて、その場から数歩下がる。後退して分かったが、この黒い棒は、彼の影の一部から伸びていた。
そして、下りてきている彼を見て、気づいたこともある。
「......仮面」
西洋の仮面舞踏会を連想させるような、目だけを隠す左右白黒の仮面。
「迷惑をかけた。手助け感謝する」
黒髪の彼は降りてきて第一声、無表情で、無愛想な声で感謝を述べた。