第七十七片 戦いの後として
王都襲撃から二日後。
「おーい、そっち持ってくれ!」
「はーい!」
仮面をつけた俺は返事をすると、材木の端に手をかけた。
「せーのっ!」
反対側を持つおじさんと息を合わせて持ち上げ、修復中の家屋の前まで持っていった。
「放すぞ、手ぇ挟むなよ? っと。よし、ご苦労さん」
「いえいえ、じゃあ」
無事に運び終えると、俺はそそくさとその場を離れた。
「冬さん、そろそろ休憩しましょう」
「ん? ああ、そうだな。ちょっと休憩するか」
ユキを外して、俺は道の端に腰を下ろした。
額から流れてくる汗を手で拭う。
「ふう、さすがに疲れたな」
「そりゃそうですよ。今日はこっちに来てからほとんど五時間働きっぱなしなんですから」
そうか、もう五時間も経ってたのか。
どおりで太陽が傾いてるわけだ。
――*――*――
昨日、俺はある一室で目を覚ました。
おそらく客室だ。俺は布団に寝ころんでいた。天井の木目から目を左に移すと、障子を全開に開けられた大きな窓が見えた。心地よい風と緩い日光が、部屋に入ってきていた。
そして、人の声も聞こえてきた。
「冬さん、おはようございます」
後ろからの声を聞いて首を回すと、部屋の入り口からユキが微笑みながら部屋に入ってきた。
なんだろう、同年代のはずなのに、時々ユキは大人な笑顔を見せる。慈愛に満ちた聖母のような笑顔を。
「王様が呼んでます。準備ができ次第、謁見の間に、と」
レジルさんが? 昨日の襲撃のことを教えてくれるんだろうか。
「わかった、すぐ準備する」
俺は体を起こして、枕元にたたんであった軍服を手に取った。
ユキは何も言わず、そっと部屋を出ていった。
……これからどうなるんだろう。
ズボンに足を通し、チャックを上げる。
……また他の大陸に派遣されるんだろうか。
袖を通す手を一瞬止めてしまった。が、すぐに通しきり、前を閉める。
よし、準備完了。
「ユキ、もういいぞ」
……もしそうなったとしても、やるしかない。
「なら、行きましょうか」
ユキに連れられて、俺は久々に謁見の間へと向かった。
「冬君、昨日はモルフェディアでもこちらでも、よく頑張ってくれた。感謝する」
開口一番、レジルさんは感謝と共に頭を下げた。
「い、いやいや。頭を上げてください。俺みたいなやつに頭下げることないですよ」
「そんなことはない。こちらに来るようになってから日が経っているとはいえ、普通の兵士でも物怖じする状況で君は戦い抜いたんだ。誇っていいよ」
そんなに大層なことをやったのか、俺は。
実感がない。
「実感なんて言うのは、後々湧いてくるものさ」
俺の心の内を見透かしたかのように言うレジルさん。
その顔に、なんだか懐かしさを覚えてしまっている自分がいる。
「さて、今回の派遣の成果を伝えようか」
派遣の成果と聞いて、俺は少し緊張した。
「今回の派遣によって、モルフェディアでもモンスターの発生を、すべて平常には戻せなかったが、限定することはできた。それに、今日からあちらとの通信も可能になった」
百点と言うわけではないが、及第点はもらえた、ということだろうか。
……ん? 今日から?
「あの、レジルさん」
「どうした?」
「俺は、モルフェディアから転送される前、ハハルさんの声を聞いたんです。でもレジルさんは今、『通信は今日から可能になった』って言いましたよね?」
「ああ、それか」
レジルさんは座る位置を少し直してから、話し出した。
「あれは、ハハルが使う魔法の一つだよ。相手に触れることで、その相手とほぼどんな条件でも意思疎通できるようになるらしいんだが、詳しいことは俺にもよくわかってない」
「そうですか」
いつか触れたときに、それをかけててくれたって訳か。もしかしたら、派遣に出かける直前、転送のときかもしれない。
「話を戻すぞ。これでモルフェディアはどうにかできたが、他の大陸にも装置を配置しに行く必要がある。それに加えて昨日の襲撃の補修も各地で行われている」
なるほど、状況はあんまり良くないな……。
「冬君はこちらに来てから前線でよく頑張ってくれているが、いつも最前線と言うのはストレスも相当たまるだろう。そこで」
そこで?
「ここからしばらくは、各地の修繕の方に力を貸してもらいたい」
――*――*――
という経緯があって、今に至る。
今日は昨日に引き続き王都の修繕に力を入れているが、これからは他のいろんな地域にも出向くことになるらしい。
なんだかこれはこれで、大変なことになりそうだ。
力仕事にはあまり自信がないが、そんなことを言っていられる状況でもない。
人ひとりの労働力として、俺はもういっちょ働こうと立ち上がった。