第七十五片 王都防衛として
気が付くと、周りは人と獣の叫び声や、金属音で満ちていた。目を開けると、かなり視点が高いことに気付く。見回してみると、立っている場所は国都レストを囲う城壁の上端だった。白色の城壁の内側では人々が各地に向かって逃げている。上空には鳥系の魔物が飛び交っていて、住人の避難誘導をしている兵士が迎撃しているのが見える。外側に目を向けると、地上でも魔物達と兵士たちの戦闘が繰り広げられていた。牙をむき出しにしている虎や猪、狼のような姿も見える。
「……ん?」
ふと視界を広くすると、森の遠くに空と地上を縦横無尽に動き回る銀色の何かが目についた。五秒もあれば視界の右から左まで電光石火の如く過ぎ去っていく。東の彼方に高くそびえる山の向こうからは、三本の赤い光の筋が見えた。煌々と燃え盛っているように見える。
「冬、突っ立ってんな。死ぬぞ」
右を向くと、すぐ側に緑髪のオルタさんの顔があった。返事をする間もなく、オルタさんは俺に向かってナイフを投げてきた。
……。
「ギギャアアアアアアア!」
後ろからのけたたましい叫び。段々遠ざかっていく。
振り向いたときにはもう、そこには何もいなかった。多分、外の堀に落ちていったんだ。
「ここは戦場だ。気ぃ抜くな」
顔はいつものように笑っておらず、目を細めている。声も朗らかさの欠片も残さない、冷たい声だ。
「は、はい!」
なんだろう。モルフェディアの砂漠での戦闘の時より、鼓動が速くなっていく。
息苦しい。どうすればいい? 俺はどうすればいい。
どうすれば、どうすれば……。
「俺たちの任務は外側から来る飛行系の魔物の除去だ。俺は南方面の援護に行くから、こっちはお前らに任せる」
そう言って、オルタさんは俺の肩に手を乗せてきた。
はっ、と意識がさっぱりとする様な感覚を覚えた。
「大丈夫、落ち着いて、一体ずつ、沈めていけばいい」
一言ごとにじんじんと胸の中に入ってくる。
「……はい」
まだ鼓動は早いままだが、どうにか動ける。
呼吸もあんまり乱れてない。
よし、よし。
「よし。じゃあな」
後は任せたと、近くの兵士に一声かけてからオルタさんは一目散に南へ向かっていった。
「ファイア!」
掛け声と共に地に響く音。いつの間にか、オルタさんは俺の後方で戦闘態勢に入っていた。魔砲から打ち出された弾は空中で並列分解し、隊列をなして飛んできていた鷹のような魔物たちを直撃した。
それに留まらず、オルタさんはもう次の目標に照準を合わせ始めた。
……俺も、やらなきゃ。
「冬さん、一体ずついきましょう」
俺の緊張を知ってか、白雪が声をかけてくれる。
「おう、……いくぞ!」
「はい!」
そうして俺も、空を舞うコウモリのような魔物に、一発目をお見舞いした。
――*――*――
ふう、と一つ息を吐く。
「白雪、尖弾であのでかいのを打ち抜くぞ!」
「はい!」
威力を五倍に高めた弾は、翼の生えたライオンのような魔物の胴体に当たり、風穴を開けた。開いた穴は衝撃波のせいか、ブワッと数倍の大きさに広がった。
魔物は羽ばたきを止め、白目をむいて落下していった。
「空中はあらかた片付いたな。フユ! こっからは下の手伝いに回るぞ!」
「はい!」
エースさんは砲門の角度を再調整して、地上の魔物の群れを炸裂弾で撃破した。
俺はというと、地上の兵士たちへと接近してきている魔物を撃つことで兵士にその存在を知らせていた。
頭や胴、足を狙って無力化も狙ってはいるが、スコープもないのであまり命中率は高くない。
「フユさん、左の森からイノシシが!」
「どこだ!?」
俺は汗を流しながら、目と耳と銃と、持てる全てを使ってサポートに徹した。
「周りに敵対する魔物の影はありません。おそらく、戦闘終了です」
白雪の言葉で、俺はその場に座り込んだ。
「ユキ、お前もお疲れ」
名前を呼ぶと、ユキは人の姿に戻った。
座り込んだ俺の前に立っていたユキは、屈みこんで目線を合わせた。
「フユ、それに嬢ちゃんも、頑張ったな」
魔砲を魔法陣の中に片付けながら、エースさんが喋りかけてきた。
エースさんは呼吸が乱れているようにも見えない。流石は軍人と言ったところか。
と、急にエースさんの動きが塀の外を見た状態で停止した。
「エースさん、どうかしましたか?」
「銀色のなんかが、こっちに来る」
言われて俺も立って外を見てみると、彗星のような銀色の光がこちらに向けて一直線に迫ってきていた。
というか、俺に向かってきてるのかコレ!?
俺が数歩退いていると、光は速度を徐々に落とし始めた。
その光も徐々に消えていき、光の中にいる人影が見えてきた。
塀の凸凹の凹の部分にその人が下り立つと同時に、周りの微かに残っていた光は完全に消えた。
「レジルさん!」
それは、久しぶりに見た国王の顔だった。
だが、依然見たときとは少し異なっている。後ろに流した髪が、綺麗な銀色に染まっているのだ。
とても染めたようには見えない、自然な銀色。
どこか、ユキの髪に似ていると思った。
「やあ冬君、無事の帰還おめでとう。そして防衛協力感謝するよ。そっちはモルフェディアの兵士君だね。君もありがとう」
「はっ、エース・クエード中尉、お言葉に感謝いたします」
片膝をついて頭を垂れるエースさん。
これが当然の所作だとしたら、俺や蓮はとても無礼を働いているのではと不安になる。
……あ、そうだ。
「レジルさん、ハハルさんはどこに? ハハルさんは俺に通信してきたんです」
俺の質問に、レジルさんは、「あいつは港の方で対応に当たってるよ」 と答えた。さらに続く補足によると、一番モルフェディアに近く、その『通信』を一番うまく使えるのがハハルさんだったから、彼女が通信を届けることになったのだという。もっと言えば、オルタさんに事情を伝えたのもハハルさんだとか。
「しかし。これは……」
レジルさんは町の中を見つめ、独り言のように何かを呟いていた。
町はところどころで崩れた家屋がざっと見ただけで十数件見える。道には遺体や、切り刻まれた魔物の体の一部も転がっていた。
復興には時間がかかりそうだ。
「冬君」
俺はレジルさんの方に視線を移す。
「君はもう現世に戻れ。そろそろいい時間だ。後の処理は俺たちでやっておくから」
言われてみれば、太陽がもう山の端に消えかかっていた。
もうそろそろ帰らなければ。
「ユキ」
「はい」
ユキの方を見ると、どこからともなくあの木槌を取り出して構えていた。
段取りがよくて、助かるな。
俺はいつもの如く、ユキの一振りで現世に帰っていった。