第七十四片 危機として
「――ゆくん、冬君、聞こえる?」
「ふぁ!?」
突然聞こえてきた声に、俺は驚いて変な声を上げた。
「……え? この声は、ハハルさん?」
頭に響いた声。その声は、ハハルさんのものだった。
「何? フユ、お前何か聞こえるのか?」
エースさんの態度と言葉から察するに、エースさんには聞こえていないらしい。
「これはどういうことですか? 俺にだけ声が聞こえてるようなんですけど」
「ああ、それは魔法魔法! そんなことはどうでもいいから、要件を伝えるよ!」
そんなことって。まあいい。息も荒いし、何か急務みたいだ。
そういえば、マヤ少将もすぐにアストリアに行ってもらうとか……。
これは繋がりがありそうだ。いや、確実にある。
どこからともなく嫌な予感がする。
砂に文字を書いてエースさんにどういうことが起こっているのか伝えていると、ハハルさんはとんでもないことを言い放った。
「アストリアが、アストリアの各都市が魔物の攻撃を受けてる!」
「……はい!?」
文字を書く手が止まる。
一瞬言葉の理解ができなかった。理解した途端、また驚きのあまり変な声が出た。エースさんが顔を歪ませ、「いきなり大声出すな!」と怒鳴ってくる。
それは今は置いとこう。
それより、アストリアが攻撃を受けてる? でも町の周りの魔物は適度に減らしていたはず。生息地の移動も前にあったらしいけど、今は落ち着いているらしいし。ならなんで、しかも駆逐する人が多い町なんかに……。
「今はあるだけの戦力で持ちこたえてるけど、幹部連中は地方遠征に行ってるから首都が危ないの! そっちの将校に話は通してあるから、準備ができ次第こっちに帰ってきて!」
「あ、あの。どうやってアストリアまで行けば」
ブツッ
……。
一番重要なことを聞く前に通信が切れた……。
「おい、フユ。どうした、浮かない顔して?」
「それが、アストリアが……」
言い終わる前に、ピーという甲高い警告音が聞こえてきた。
目を上に向けると、先ほど黒豆ほどにしか見えなかった影が、両翼の大きなプロペラ四つを回転させながらすぐそこまで迫っていた。
胴の太い飛行機はゆっくりと、俺たちの傍の砂の海に着地した。風で砂が舞い上がる。
後方のハッチが開き、中からぞろぞろと軍人が出てきた。大体二十人ちょっと。
最後に出てきたのは、マヤ少将だった。
「よく生きていてくれた、二人とも」
軍人たちの前を歩いて、マヤ少将は俺たちの前へと近づいてくる。
目前で立ち止まると、俺たちを指さして二言。
「これから我々の魔力を総動員して、お前達二人をアストリアに送り届ける。これは同行人のオルタの命令だ」
突然の事態に少々の戸惑いを見せるエースさん。
すかさずマヤ少将の発言に疑問を呈した。
「冬は分かりますが、何で俺もなんですか?」
「簡単に言えば、ここにいるから、だな」
答えたのは、周りの将校の一人。
「ここにいる中で、戦力として送れるのがお前と冬君、それと雪さんだということだ」
将校たちの答えを聞いてなお、エースさんは問う。
「でも、それを言うなら将軍たちを送った方が」
「だぁから、総動員してお前ら二人なんじゃ」
野太い声で返事をしたのは、右眉に切り傷をつけた将校だった。
「バレット中将……」
「お前ら二人送るのに必要な魔力、それを的確に操作する力。どっちもお前らには足りん。じゃからおとなしく送られろボケェ」
……中将、口が悪い。
「ちなみに、オルタは既に送っている。早く行った方がいい。始めましょう」
「おう!」
マヤ少将の掛け声を起点に、全員が俺達二人を中心にして二重の円に展開した。外側の人たちは内側の人の肩に手をかけ、何かを念じるように目を閉じる。内側の人たちは俺達に向けて片手を伸ばし、ぶつぶつと呪文を唱え始めた。
数瞬の後、内側の人たちの足元から青色の線が数本伸びてきた。二本は円を描くように左右に展開し、その他は円の内側に模様を描いていく。
これ、港町まで飛ぶときに使った魔方陣に似てる。
「クエード! 冬!」
外側から凛とした声が聞こえた。マヤ少将だ。
「あちらにいけばすぐ戦闘だ! 死ぬなよ!」
真剣な表情のマヤ少将に、俺は恐る恐る頷いた。
エースさんは敬礼を返していた。
俺達の様子を見て、一度頷いてから、マヤ少将は地面に手をついた。
同時に視界が白さを増して、霞んでいく。
そして。
――シュンッ