第七十三片 『一か八かの切り札として・二』
竜の目が、俺の方に少しだけ意識を寄せた気がした。
回避とともに、背中の突起物に腕を回し、竜に精一杯しがみつく。
竜はその巨大な翼でもって、砂塵をまき上げながら高度を上げる。
途轍もない風が体を襲う。上昇が終わると、その風も少しだけ弱まった。
やるなら今だと、俺は足を突起物にかけて、銃をまっすぐ竜に向けて両手で構える。
「白雪、どのくらいの強さまでなら体がもつ?」
「ざっと見積もって、五百倍です。残弾は千ほどです」
「わかった」
魔銃に、限界ギリギリまで魔力を込める。
竜が旋回し出した。早くしないと、また降下してしまうかもしれない。
引き金に指をかけて、放つ!
「貫けぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
発射と共に、体が反動を受けて後ろへ飛ばされる。
竜はまるで人間のように呻き、咄嗟に身をよじった。
一メートル大の銃弾は、左肩から雄大に広げられていた翼の付け根を抉り、左翼を竜から切り離した。
竜は叫び、奇怪な軌道を描いて地面へと激突した。
当然俺も落下していく。『風の狼』を展開したが、体勢をたて直す間もなく砂の上に背中から落下した。
一瞬気が飛びかけたが、どうにか意識を保ち体を起こす。
竜の墜落によって辺りは砂煙で覆われている。
「やったか!?」
砂煙が邪魔で落下地点が見えないが、致命傷は与えることができただろう。
「フユ、邪魔だ」
後ろを振り向くと、エースさんはまだ魔砲を構えていた。
睨む目が怖い。
それもそのはず。構える砲身は俺の方、正確には俺の向こうにいる竜の方に向いている。
射線上に入るなと言うことだった。
それを言われるということは、つまるところ……。
「ギャァァアァァアアア!」
竜の生存を意味する。
俺は急いで跳び退き、銃を構え直した。
片翼を失った竜は、意識が朦朧としているようなおぼつかない足取りで砂煙の向こうから姿を現した。
そこまでして、まだ何をしようと言うのか。この竜は。
「黙って死ねぇ!」
ひどいことを口走りながら、エースさんは砲弾を打ち出した。
弾は一瞬で竜の脳天を貫き、断末魔の絶叫を響かせることなく、竜は砂漠に横たわった。
地を揺るがす激震と、また砂煙が巻き起こる。
「終わっ、た?」
あまりにもあっけない終わり方のせいで、語尾に疑問符が付いた。
また起き上がってくるのではないかと思わざるを得ない。
砂煙が晴れ、視界には沈黙を守る不動の巨体が映る。
「終わりだ、フユ。そいつはもう死んだ」
エースさんの方に顔を向けると、エースさんは無言で頷いた。
ただ頷かれただけなのに、体中の力が抜けて、その場に尻餅をついてしまった。
「おいおい、大丈夫かよ?」
エースさんは小走りで、少し笑いながら近寄ってくる。
差し伸べられた手を握り返すと、引っ張って起こしてくれた。
「これで、終わりなんですよね?」
「ああ、終わりだ。これで他の輸送部隊が襲われることはない」
よかった。どうにか今回も、損害はあったけれど、最小限に抑えることができた。
これで安心だ。あとは……。
「冬さん、あれ、変じゃないですか」
「ん?」
「竜です!」
白雪の言う通り、竜をもう一度見る。
そこにあったのは。
「……魔法陣!?」
竜の、三メートルは優に超える体の全てを囲い込むほどの巨大な魔法陣が展開され。
次の瞬間、竜は跡形もなく消え去ってしまった。
「……」
「嫌な予感しかしねえな、こりゃ。……ん? あれは……」
エースさんは、明後日の方角を向いていた。
俺も同じ方角を向く。
しばらく、何もないただの青空に見えたが、数分の後、空を飛ぶ黒い影が近づいてきていることに気付いた。
これは、もう一体の竜とかではない、よな?
「冬君、クエード中尉。生きているか?」
突然無線から声が流れてきた。マヤ少将の声だ。
黒い影の形が、徐々に鮮明になっていく。
「ギガントでこっちに向かってるの、見えてますから」
呆れたように言うエースさん。
つまり、あの黒い影は飛行機で、そこにマヤ少将が乗ってるってことか。
というか、なんでエースさんはあれがその飛行機だってわかったんだ? 目ぇ良すぎるでしょ。
「それはよかった。二人に頼みたいことがあったからな」
「もったいぶらずにさっさと教えてくださいよ」
イラついているのか、エースさんが目上を急かす。
「じゃあ言おうか」
一拍置いて、はっきりと、マヤ少将は言った。
「君たちには、すぐにアストリアに行ってもらう」