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仮面と旅する別世界  作者: 楸 椿榎
モルフェディア編
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第七十一片 『襲撃者として』

 地面から車輪が離れる瞬間、体が浮遊感を覚えた。そのままどんどん高度を上げて、灯燕は高度四千メートルまで上昇した。

 そこからは機体を水平に保ち、北西方向に進んでいく。相手の移動速度から考えて、この灯燕が追いつくのは北西の輸送隊だろうということになったのだ。


「フユ、気分悪くなったりしてないか?」

「ええ、今のところ特には」

「そうか」


 短い会話だった。いきなり高度上げたりしたから、素人にはきついと思われたのだろうか。

 そういえば、戦闘機の上昇、移動とかではG(重力)が普通よりも多くかかると聞いたことがある。体には確かに重く感じたが、Gがある程度かかっていたのだろうか。

 

 それからあとは、二十分ほど無言の状態が続いた。会話がなくても、居心地が悪いということはない。外を眺めれば、日常ではまず見ることができない視界一杯の砂漠とまっすぐな地平線が見える。

 緊張感がないと言われたらそうかもしれないが、現実から遥か彼方の現状で、緊張感は意識の真ん中に必ずある。鼓動は速い、手も震える。そんな状況で、こうでもしないと落ち着かない。


「おい、前から来るアレ、何なのかわかるか?」


 突然エースさんから声がかかった。言われた方に目を向けると、黒い何かが日の光を細かく反射させながらこちらに近づいてくるのが見えた。


「なんでしょうね。俺にも分かりません。でも……」


 この異常事態。プロペラも見えず、横に突き出した黒い部分が上下し、軍用の通信もなく、飛行している物体となると……。


「奴が今回の目玉、ってのが妥当だな」


 エースさんの意見に俺も賛成だ。おそらく白雪も。

 考えているうちに、翼をはためかせ、赤い目をぎらつかせ、体中に張り付いている鱗で光を跳ね返しながらこちらにまっすぐ進んでくるそいつの姿がはっきりと視認できるようになってきた。

 そいつは空想上の物語にはお決まりのごとく登場し、ある時は主人公の敵として現れ、ある時は主人公の味方として絶大な力を奮う伝説の存在。

 ──竜。


「フユ、歯ぁ食いしばれ!」


 エースさんは言うとほぼ同時、相手に向かって機関銃を連射した。

 弾はすべて表面の鱗に弾かれた。それに加えて眼前には竜が猛然と接近してくる。

 あわやと言うところで灯燕は急旋回し、竜の鱗を掠めるほど紙一重で竜の上をすれ違った。


「ぐ……!」


 体が上から押し付けられる感覚。ベルトに体が締め付けられる。これがGってやつか。体に衝撃がくる。肋骨がもう少しで折れそうに感じる。

 そんな俺を乗せた灯燕はゆるりとUターンし、もう一度竜に、先ほどよりも多く弾を叩き込んでいく。しかし結果は先ほどと変わらない。背中に当てようが、翼に当てようが、腹に当てようが、ことごとく鱗を通らない。また身をかわして、すれ違う。


「通常弾でダメなら、とっておきを喰らわせてやるよ!」


 その声は、顔は見ていなくても笑っているのが分かるくらい、歓喜の色が出ている声だった。

 ガトンと機械的な重い音が、旋回中の機体から聞こえた。


 何が起きたんだ今、何が。


「何する気ですか?」

「え? 何するかって?」


 竜に向かいながら、エースさんは、答える。


「とっておきをお見舞いするんだよ!」


 だからそのトッテオキって何なん……。


 ガガンッ!


 だ、と。思い終わる前に射撃音が響いた。先ほどの連射音とは違い、おそらく二発だけしか撃ってない。

 弾はとっておきと言うだけのことはあり、竜の胸あたりの鱗に突き刺さった。


「へへっ」


 躱して逃げるエースさんは、小さく笑った。

 確かに今までとは違うけど、何がそんなにおかし……。


 ドドン!


 ……。

 何かが爆ぜる音。

 竜は、飛んではいるが、叫び声をあげて高度を下げた。

 その様子を横窓から見て、あの撃ち込まれた弾が何なのか何となく想像できた。

 堅い装甲をも穿ち、追加の炸裂で大ダメージを与える弾。

 鉄鋼榴弾だ。


「どんなもんだ! あと数発撃ちこんでやれば、あいつもオダブツだろ!」


 勝ち誇ったように、しかし声は笑わずエースさんは操縦桿を握りなおし方向転換する。

 何もできないのは歯がゆいが、このまま事態が収束に向かってくれれば何も言うことはない。

 だが、竜の様子がおかしかった。悲嘆の叫びがいつの間にか消えている。


「グルゥァァァアアアアアアアアアアアア!」


 空気をビリリと震わす轟音。先ほどとは質が違う竜の咆哮は、計器の表示を一瞬狂わせた。

 目は血走り、はばたきは速くなっている。


「……逆鱗をやっちまったかな」


 呟くエースさんと同じことを、俺も考えていた。竜の無数の鱗の中には、一枚だけ向きが逆になっている鱗がある。その鱗を刺激されると、竜は激昂すると言われている。


「グルァア!」


 黒い巨体をぎらつかせて、竜は突進を仕掛けてきた。今までと速度が明らかに違う。


「くっ!」


 こればかりは避けきれない。上へ逃げた灯燕の左翼が竜の振り上げた翼に直撃し、けたたましいアラートがコクピットに鳴り響いた。高度が瞬く間に下がっていく。


「くそっ! いうことを聞かねえ! 脱出するぞ!」


 操縦席の傍らに備えられているレバーをエースさんが思い切り引くと、天窓が外れ、席が空中へ射出された。

 俺は速く下りるためにシートベルトを外し、パラシュートもマスクも脱ぎ捨てる。


「詠唱破棄、『一迅の狼風(ウォルフ・ウィンディール)』!」


 休養中に練習した、そしてこの世界で初めて使った呪文を唱える。足元に風が巻き起こり、降下速度を一定に保つ。そうして竜の襲撃が来ないうちに降り立った俺とほぼ同時に、エースさんも降り立った。パラシュートを本当に使ったんだろうなと言いたくなるほど速く下り、特殊な技でも使ったのかと聞きたくなるほどマイルドに着地した。手慣れた動きで装備を外していくエースさん。


「準備はいいか、フユ」

「それはこっちのセリフです」

「ははは」


 俺は魔銃を構え、エースさんに返事をした。

 エースさんは胸ポケットから小さな本を取り出した。無造作に開かれたそれには、見開きのページいっぱいに魔法陣が描かれていた。

エースさんが手のひらをかざす。


「出てこい」


 魔法陣は声に呼応するように光り輝き、煙を伴って一つの砲を召喚した。

 黒光りする砲身。肩に担いで移動できそうなほどの大きさ・細さの砲身。二本の足で支えられ、斜めに天を仰いでいる砲身。

 これが、エースさんの武器。

 『魔砲』。


「さあいくぞ、フユ」

「はい」


 エースさんの呼びかけで、俺は竜へと視線を移す。

 こちらを睨む竜を睨み返して、エースさんは叫んだ。


「第二回戦、開始だ!」

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