第七十片 『出撃として』
俺は遠く先を走るエースさんに目を向けた。今でも大分速く走っているはずなのに、エースさんとの距離はじわじわと開いていく。
このままじゃ、まずいな。
「白雪」
「はい」
面を被った俺は、足に魔力を込めて、
「ふんっ!」
思いっきり踏み切った。跳ぶ角度はほぼ水平ではあるが、徐々に体が上がっていく。加速が終わったところで、地面から二メートルほど離れていた。姿勢を整えて着地し、そのまままた走る。エースさんの背中は、もう目と鼻の先だ。
「おうフユ、早かったな」
着地音に気付いたのか、少しだけこちらに顔を向けて速度を合わせてきた。
「早くしないと置いて行かれるって言われたんでね」
「……少将め」
顔を前に戻して、押し殺すように小さい声でエースさんは何か言ったが、小さすぎてうまく聞こえなかった。
「まあいい、早く来たなら、早く行くぞ」
「はい」
言うと同時、エースさんはまた走る速度を速めた。……というか、
「さっきより速くないですか!?」
「到着だ」
「はあっはあっはあ」
五分ほど走っただろうか、十分ほど走っただろうか。かかった時間は分からないが、俺たちは巨大な倉庫の前に着いた。
あれから魔力消費を抑えるためにどうにか自分の足だけで頑張ったが、この時点で体力がほぼ空っぽだ。
「こんだけで音をを上げるな、情けない」
軍人と一緒にしないでください、と言いたいが、言葉が喉から出てこない。
息を整えようと努めているうちに、エースさんは扉の前で何やらセキュリティ機器を操作し出した。
エースさんの手が下がると、ゴウンゴウンとけたたましい音を立てて直方体倉庫の横長面の壁が左右に開いていった。
「さあさ、乗り込むぞ。ヘルメットは被れよ。それにパラシュートつけるからこれもいるな」
ヘルメットを始めとして、エースさんは備品置きからパッパと道具を引っ張ってきて俺に投げた。
「すぐに装備しろ! 四十秒以内だ!」
「は、はい!」
焦りでうまく動かない手で手こずりながら、必死に装備を固めていった。
「よし、何とかなったな。さっさと飛ぶぞ!」
準備ができると、俺はそのままエースさんの専用戦闘機の後部座席に乗せられた。
あのゾンビの群れから助けてくれた時の機体だろう。まさか、こんな早くに再会することになろうとは。
「よし、んじゃあエンジンかけるぞ」
ベルトなどの準備も済むと、いよいよエースさんがエンジンをかけた。同時に大きな振動が俺の体を揺さぶる。下からの地響きのような振動。察するに難くない。エンジンの振動だ。
体がずれるほどじゃないが、バスなんかよりも大きいのは確かだ。
諸計器の点検をしてから、エースさんは通信を入れた。
「管制塔、管制塔、応答してくれ」
ヘルメットに取り付けられたインカムから、管制とエースさんの会話が聞こえてくる。日本語だったのは最初の呼び掛けだけで、他はすべて流暢な英語で話された。俺には部分部分しか聞き取れず、意味があまりわからない。
数分もしないうちに、どうやら手続きが済んだらしく、機体がゆっくりと動き出した。倉庫に並ぶように作られている滑走路の端に着くと、機体は振動しながら止まった。
最後に通信で聞こえてきた「Good luck」だけは、俺にも理解できた。
「エース・クエード中尉、灯燕、出る!」
振動と加速を伴って大地を蹴り、そして激しい揺れを置き去りにして、灯燕は滑走路から空へと飛翔した。