第七片 『初回』
目が覚めた。
何か壮絶な夢を見たような気がしたけど、よく思い出せなかった。
外は雨だった。
窓の外にはカッパを着て学校に急ぐ中学生や高校生の姿がちらほら見えた。
ご苦労さんと思って、朝ごはんを食べた。
一時間おきに復習予習と読書を繰り返した。
佐野のおばさんが途中家に来た。散々心配されたが、俺が無事を知らせると安堵して帰っていった。
また先ほどのループに戻った。
一日は風のように過ぎていった。
午後五時くらいに家が近い男子クラスメイト・真山がプリントを届けに来てくれた。一言二言心配の言葉をかけてから帰っていった。あいつはほんとに『人のいい人』だ。
夕ご飯を食べてからベッドの上で英語の単語帳を見ていると、いつの間にか眠りに落ちていた。
そこは、見たこともないところだった。
固く、柔らかいなにかに肌が当たっている感触がある。青臭いにおいが鼻腔を通る。
重力の感じから、自分がうつ伏せに寝ているのだと分かる。
体を起こしてみると、先ほどの感覚の意味するところがある程度理解できた。
俺は、緑一杯の広い野原の真ん中で寝転んでいたのだ。
新芽のような明るい緑を基調とした和服と和風ズボンに身を包んで。足には地下足袋を履いて。
「……何故に?」
首をかしげてみても答えは出なかった。
しかし、かすかに聞こえてきた音に従って左を向いてみると、ヒントが走ってくるのが見えた。
「……ぁーん!」
昨日の夢に出てきた女の子だ。
「……ゆさぁーん!」
何か叫んでるな……。
「ふゆさぁーん!」
俺の名前を叫びながら、視界の端に見えていた森(おそらくここから二百メートル以上はあるであろう)から、少女が全力で、まっすぐに走ってくるのが見えた。
少しくすんだような白色の、幅の広い七分袖の和服と、袴のような白いスカートを履いている。足もとは作りのしっかりしたブーツと地下足袋を足して二で割ったような靴を履いていた。
俺のもとまで来ると、少女は膝に手をついて荒い息を整えだした。
息が整うと、俺と目を合わせた彼女から第一声が飛んできた。
「ふゆさん!」
「うっさいわ!」
おっと、いけない。この至近距離なのにさっきまでと同じ音量で呼んでくるからつい反射してしまった。
抑えねば。いや、どうでも……いや、やっぱり、なんか駄目だ。
と、内心いろいろ思っていると、ひるむことなく少女は続けて話しかけてきた。ちゃんとボリュームを抑えて。
「冬さん」
「なんだ」
「ようこそ"願世"へ」
両手を広げる少女。
その姿はまるで、ゲームのプロローグのようだ。
が、しかし。それなら演出に問題がある。
「なぁ」
「はい、なんでしょう?」
「なんで俺はこんなところでのんびり寝てたんだ?」
そう、俺は寝ていたのだ。しかもうつ伏せで。こんなところで。野原のど真ん中で。
冒険を始めるなら始まりの村か城門を潜り抜けた先とかだろう、と勝手に思ってしまう。
「あぁ、それは……」
言い淀む少女。何か事情を知っているのだろうか。
「それは?」
少しの逡巡のあと、少女は申し訳なさそうに眉を八の字にして、ぎこちない笑みを浮かべた。
「少し、手違いがありまして」
話によると、この体は作り物なのだそうだ。俺の魂の入れ物として、ある人に作らせていたらしい。そして完成したこの体は、本当なら王都の指定された位置に転送されるはずだった……のだが、そのある人が操作を誤って座標が大きく外れ、こんな所に寝ていたんだとか。
「俺の体、よく魔物に食われなかったな」
「ここ一帯の魔物は、昨日あらかた討伐されたばかりですから、それで襲われなかったんでしょうね」
「ほう」
なんとも、不幸中の幸いってやつか。
「まぁ何はともあれ」
胸の前で一つ柏手を打って、少女は話を変える。
「まずはその、王都へ向かいましょう」
「それが第一目標か」
「そんなところです」
少女の先導に続いて、俺は王都と呼ばれるところへと歩を進めた。
なんとも、奇妙な始まりだ。