第六十二片 『助っ人として』
いよいよ体力がなくなったのか、兵士二人はその場にへたりこんでしまった。
「冬くん、仕方ない。ここで敵を迎え撃つよ」
後ろの様子を絶えず確認していたオルタさんが、踵を返して兵士とゾンビの間に立った。
俺も同じようにして銃を構える。
「こいつらを倒すことはできない。となるとやれるのは」
「足止めですね」
「その通り。察しがよくて助かるよ」
言い終わる前にオルタさんは腕を一振り。
何かが向こうに飛んでいったように見えたが。
「グァァァァ!」
続けざまに複数のゾンビの叫びが聞こえる。そちらに目を向けると、叫んでいるゾンビたちの足には銀色に煌くナイフが刺さっていた。さっき視界を横切ったのはこれか。
「冬くん。そっちからも来てるからね」
「あっ、はい!」
やばいやばい。つい気をとられていた。
「白雪、いいな」
「はい」
ゾンビの群れの並びを見てから、照準をゾンビの向こう脛に合わせ、引き金を引く。照らし合わせる先を変えながら、立て続けに五発。それぞれの弾は五体のゾンビにめり込み、薄い肉を破り貫く。
しかし、叫びはあげるものの、ゾンビたちの傷はすぐに消え、再びこちらに歩を進めてくる。
「足止めするには、相手の自由を奪う必要がある。麻痺させるか、地面と繋ぎ止めるか」
後ろでナイフを投げ続けながら、オルタさんが助言をくれる。
かといって、それを実行するための手段を、俺は今持っていない。
「あの、冬さん」
と、ユキが語りかけてきた。
「ん? なんだ白雪」
打開策を思い付きでもしたのだろうか。
「もしかしたら、でき……」
『どいたどいたーーー!』
「っ!?」
突然の大声。響いたのは耳に引っ掛けていた無線機からだった。
男の声。少ししゃがれた、大人に近い声。
いったいどこから……。
「そこの四人! 頭下げやがれ!」
こちらの思考すら許さない命令。
問答無用ってか。
しかしながらこの鬼気の迫り様を耳にして、無視するわけにいかない。オルタさん含め全員が即座に伏せの体勢をとった。
一瞬と言えるほどの時間もあっただろうか。
空から音が聞こえたかと思うと、周りを風が切る音と何かが砂に刺さる音、そしてゾンビたちの、誰かを呪うような呻き声が聞こえ、消えた。
目をつむっているため何が起こっているかは分からない。
音がやんだ後、体を起こし、目を開けてみると、そこには何もなかった。
包帯の切れ端なんかが少量残っていたり、抜けた歯が所々に見えたが、ゾンビの本体は跡形もなく消えていた。
ノイズと共に、また無線機から声が流れてくる。耳に引っ掛けていたイヤホンを、今度はちゃんと耳にはめる。
「こちら、モルフェディア空軍中尉エース・クエード。そちらは、アストリアからの使者で間違いないか?」
「ああ、あってるよ」
起き上がっていたオルタさんが代表として答える。
それを聞いて通信相手は「上を見ろ」と指示してきた。
言われた通りに目線をあげていく。砂漠を焼く太陽に、目を細め、手で傘を作る。
と、太陽とは別に、視線を惹くものが空を飛んでいる。
「あれは、戦闘機?」
どこからどう見ても、現世の戦闘機だった。アバンギャルドというのだったか、流線型の機体の鼻先にプロペラをつけた機体。翼は真横に向かって伸びている。なんだか第二次世界大戦の映画に出てきてもおかしくないフォルムだ。腹には何も積んでいないから、先程のはバルカン射撃か。
考えている間も、戦闘機は俺たちの頭上を何度も旋回して円を描いている。
「俺がこれから飛ぶ方向に三キロほど進めば首都がある。そちらの兵士を運んできてくれると助かるんだが」
「安全が保証されるならやってもいいよ」
オルタさんの即答に、「よしきた!」とまたいい声をあげると、エースさんとやらは右の空に消えていった。飛行機から目線を下ろすと、地平線上に建物の群があるのが小さく見えた。
「多分アレが首都だね。はやく行こう。他の部隊の状況も確認したいし、こいつらを引き渡さないと」
オルタさんが首を傾けた先にあるのは、緊張と疲労からか失神した兵士二人。
この人たち、中肉中背って感じだな。運ぶのは骨が折れそうだ。
もう折りたくはないものだけど。