第六十一片 『追われ身として』
延々と、地平線まで続く砂漠の中をひた走る。もうどれくらい走ったかも分からない。後ろからは無数の黒い影が追ってくる。息が苦しい。
「冬くん大丈夫かい?」
涼しい顔でオルタさんが聞いてくる。
「あいつら、どうにか倒せないんですか」
オルタさんは質問に対して眉をハの字に曲げて、困ったような笑顔を作った。
「それを考えるならまず、車を出てすぐの会話を思い出した方がいいな」
車を出てすぐ……。
走りながら、頭の中にある記憶を探した。
―――*―――*―――
それは、突然だった。
車での移動の三日目。
平地を走行していた鉄板車の前側が砂漠に沈みこんだんだ。まるで、穴に落ちるようにして。
「うぉっ!?」『あいたっ!』「おおっ、なんだろうねぇ」
つんのめって硬い前座席に頭をぶつけた俺やユキとは対照的に、姿勢と調子を崩さないオルタさん。軍人二人も大丈夫そうだ。すぐさま扉を開けて外に出た。おそらくは状況確認のためだろう。
俺たちも後を追って外へ出てみると、前輪がすっぽりと砂漠に埋まってしまっていた。
どうやら、巨大な蟻地獄の巣があったらしい。装甲車は、ずるずると蟻地獄の中へと吸い込まれ、数十秒後には影も形も見えなくなっていた。
普通、これほどの蟻地獄があれば、突っ込む前に気がつくと思うのだが。それより、蟻地獄だと分かった瞬間に、俺たちに「逃げろ」の一声くらいないといけないと思うのだが。
「あちゃ~、こりゃあ駄目ですね。ここから歩きですか」
オルタさんは後ろ頭を軽く掻いて二人の軍人に聞いた。それは至って平静で、普通の質問だった。
でも、俺は言い知れない不安を感じていた。
それは、この事故が未然に防げたのではという疑念も一因としてあるが。
後ろからついてきているはずの、他の輸送隊の姿が、どこにも見当たらなかったことが、最大の要因だった。
「オルタさ」
「静かに」
「へ? むぐっ」
とりあえずオルタさんに話しかけようと振り向くと、いきなり仮面の下に手が滑り込んできて、口を塞がれた。
息はできるが、突然のことにびっくりする。
しかしその行動の理由は程なくして分かった。
辺りの砂から白い布がはみ出しているのが見えた。それも一つや二つではなく、何十も。車を囲うように出ている。端が千切れているものもあったし、黒く変色したりもしていた。
明らかに不自然だ。
目を凝らして見ていると、そのうちの一つがピクリと脈打った。次々に他の布にも連鎖していった。
なんだか、嫌な予感……。
「ウルァァァァァァァァァァァァァア!」
世界が滅亡したような呻き声と共に、布の下から人の腕のようなものが出てきた。包帯でぐるぐる巻きにされていて、隙間から見える腕は、腐っているのか、黒くなっている。
「あれは……ゾンビ?」
軍人の一人が声を漏らす。
疑問形にせずとも、見れば分かる。典型的なイメージ通り、典型的なゾンビそのものだ。一つ典型と違うのは、這い出てくるのが砂漠の上だということ。
「ですねえ。なんで港から首都への道にあれらが?」
オルタさんは首を送迎役二人の方に回した。
「私たちにもわかりません。行くときにはこいつらはいませんでし」
「それは、どうしてですか?」
「た」を言わせず、珍しく食って掛かるように詰め寄ったオルタさんに、二人は何も言えない。
いつになく厳しい目付きだったが、一息吐くと普通の目になっていた。笑ってはいない。
「まぁ、今は生きることを考えましょう。水が使えないなら、逃げる以外まともな策はない」
不幸なことに、飲み水以外の予備は車と共に砂の下へと消えていた。
俺や白雪は水魔術が使えるが、オルタさんは「ぎりぎりまで、それは使わないでいい」と言われた。同じ水でも、やはり魔術の水ではだめなのだろうか。
「よし、首都に向かって走りましょう」
言いながら、オルタさんが先陣を切って走り出した。
―――*―――*―――
「水が使えれば……」
「二人は使えるらしいけど、使っちゃうと冬君の体力は多分もたないだろうから、これが最善策だよ」
『私も多分もちません。申し訳ないです』
結局は、走るしかないのか。
諦めをつけて、どこかへ向かってなおも走る。
燃えたぎる太陽が、じりじりと確実に俺達の体力を奪っていく。
今や後ろからついてくる形になっている軍人二人の息は、もう切れ切れだった。