第五十六片 『飄々として』
ギギギギギ……。
木の軋む重い音と共に、城の玄関が開いた。
―――『かじや』で錬成したら、ここにまた来てくれ
レジルさんの言いつけ通り、俺たちは謁見部屋に戻ってきた。
「ああ、冬君。錬成は無事済んだみたいだね」
謁見部屋で、レジルさんは台座に座り、肘掛けに肘をついていた。
……? 隣に立ってる人は、見たことないな。それに、横に置いてあるあの白いゴルフバックみたいなのは一体なんだ?
「紹介しよう。俺の隣に立っているコイツは、フレア・ベル。うちの技術系担当だ。電子機器のことならコイツにお任せだ」
「電子機器があるんですか!?」
「ん? ああ、あるよ。そんなに驚くことかい? 君はもう無線機を見てるはずだが」
「あぁ、そっかそういえば」
言われてみればそうだった。使ったのが三ヶ月も前で、その後はファンタジー一色な世界だったから、記憶から抜けていたのかもしれない。
「フレア・ベル。呼び方は好きなように。今後ともよろしく」
「あ、いえ。こちらこそよろしくお願いします」
深々とお辞儀されたので、慌ててこちらも頭を下げた。深い青髪を短めに切っていて、淡青色の目には眼鏡をかけている。声からして男なのだが、それでも声は高い方で、背丈は大体百六十くらいに見える。顔立ちも、幼くも見えるが大人びた風もあって、年齢が正確には分からない。青色の服をきちっと着ていて、黄緑の羽織に腕を通さず肩に羽織っている。そして右手の人差し指には、小さな赤い石が埋め込まれた金色のリングが光っていた。
「にしても、遅い。あいつ」
フレアさんは頭を上げると、周りをキョロキョロと見回した。
「まぁいいだろ、あいつは。どうせ分かるし」
「……了解した」
全く了解してなさそうな顔だ。
「さて、それではこれから任務を伝える」
俺とユキは、その言葉で少し身構えた。
「今回は、かなりの大仕事を任されてもらいたい」
「大仕事?」
この前のファラスの件より、大きな仕事なのだろうか? あれも結構なものだったけど……。
「それは」
それは?
「他の大陸への支援だ」
あー、他の大陸への支援、ねぇ。
へぇ……。
……。
「……そんなことが可能なんですか?」
冷静に疑問を述べた。確か今は、ここアストリアでも魔物退治にかなりの人員を割いて現状を維持してるんじゃなかっただろうか。それなのに、他の大陸に支援なんて。
「正確に言うと、最近可能になった」
レジルさんの合図で、フレアさんがあのゴルフバッグ風の縦長バッグを開いた。その中から出てきたのは、バッグとは対照的な黒一色の、カメラの三脚のようなものだった。
「これのおかげでな」
おかげでな。と言われましても。
「これは、大気中の魔力の流れを正常にする。現在の問題は、魔力の流れが乱れているのが原因。つまり、これで解決する」
フレアさんが概要を説明してくれたので、なんとなくは分かった。レジルさんもフレアさんのフォローに感謝を示す。
「つまりは、これを他の大陸に持っていくわけですね」
「飲み込みが早いのは助かるな。そういうことだ」
レジルさんは微笑んで頷いた。次の話にいこうと、口を開いた。と、そこに突然。
「おうさま~。すんません、遅くなりました~」
眠そうな声が後ろから聞こえてきた。振り返ると、顔も眠そうにしている男の人が立っている。フレアさんと同じ青髪はボッサボサで、あくびをしながら後ろ頭を掻いている。背丈は俺とほぼ変わらないから百七十後半くらいだろう。服は暗い黄色、フレアさんと同じ黄緑色の羽織を肩にかけている。
「しゃきっとしろ、フォークランド」
フレアさんに注意された男の人は、あくびの涙を拭きながら目を開けた。
「いやー、すまんすまん」と言いながら、俺とユキの横を通りすぎていく。すれ違いざま、「やっほー、ハク~」とユキに小さく手を振った。気だるげと言うか、自由そうな雰囲気が漂っている。
彼がフレアさんの横に並ぶと、レジルさんはもう一度口を開いた。
「今回お前たちと一緒にモルフェディア大陸、現世で言うところのオーストラリアに行ってもらう、オルタ・フォークランドだ」
紹介されたオルタさんは片手を振って「よろしく~」と言い、にへらと笑った。いつの間にかもう片方の手にタバコを持っていたが、吸う前にフレアさんが手を掴み、何かコソコソと言ったら「了解了解」と素直にしまっていた。
二人はどういう関係なんだろうか。というか、
「フレアさんは一緒に来ないんですか?」
「フレアにはこの装置をもっと作ってもらうから、こっちに残ってもらうんだ。何ぶん中身が複雑らしくてな、フレアがいなかったら生産スピードが半分以上落ちる」
「じゃあ仕方ないですね」
「半分近くにはなる。しかしそれ以上にはならん」とフレアさんはすかさず静かに訂正をいれた。
それを気にする様子もなく、レジルさんは話を進める。
「じゃあこれから港へ転送するから、転送魔法陣のところまで移動してくれ」
レジルさんの言葉にオルタさんは頷いていたが、俺は首をかしげた。
「ファラスのときみたいに、布の魔法陣じゃないんですか?」
「ああ、あれは昔、私があそこの長から受け取ってたものでな。国内の主要都市への転送は、城の敷地内に彫り込まれた魔法陣を使うんだ」
なるほど。そういうことなのか。
「じゃあ、オルタ。港への魔法陣に、冬君たちを連れていってくれ」
「わっかりました~」
柔らかく返事をして、緩く敬礼をし、ゆっくりと歩き出したオルタさんに続いて、俺たちは部屋を出た。
数分歩いたのちに、転送魔法陣があるという倉庫のような建物の前についた。オルタさんが扉をノックすると、「どうぞ」と中から聞き覚えのある女性の声がした。重そうな木の両開き扉を開くと、声の主はすぐ前に立っていた。
「三人とも、準備はいいんだよね?」
笑顔で聞いてくるハハルの後ろには、見るからに和風の魔術師や魔女だといった人達が、十数人ずらっと並んでいた。