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仮面と旅する別世界  作者: 楸 椿榎
療養編
60/123

序片 『遠き空を飛ぶもの』

 白雲たなびく青空の下。野原を駆け抜けるそよ風は、ある建物の前で滞留する。それはモルフェディア大陸にある、国軍航空隊隊舎だ。


「灯燕の調子確認のために(ひと)っ飛びしてきまーす!」


 隊舎の中で、ある男――というか俺の声が響く。部屋に掛けてある黒色の実践服を手にとって駆け出し、隊舎入り口に向かって全速力で走った。途中で何人かに「またお前は勝手に!」だとか「こんな時にそんなことをやって隊を乱すな!」だとか云々と言われたけど、そんなの関係ない! 俺は空が飛びたいんだ!

 隊舎から真っ直ぐ伸びる軍道を走ること二分。この軍の戦闘機が並んで納められている、空軍第二格納庫に着いた。


「スイッチスイッチーっと」


 到着してすぐに、格納庫の壁に付いている、扉の開閉スイッチを押した。

 ピピッー


「暗証番号ヲ、入力シテクダサイ」


 壁のテンキーで六桁の暗証番号を高速で打ち、エンターキーを押した。


「右目ヲ、カメラ二近近付ケテクダサイ」


 テンキーの上に付いているカメラに、右目を近付けた。


「スキャン完了。ロック、解除シマス」


 ガチャンという音の後に、金属の扉が地面を擦りながら開いていく重い音が轟く。それと同時に、愛する相方の姿が見えてきた。


「待たせたな、灯燕!」


 (たくま)しく伸ばした両の翼。スッと流れるような体。先を突き通すような嘴。

 こいつが、俺の相方。空軍第十型レシプロ戦闘機『飛燕』。俗に言う、プロペラ機だ。

 その体に飛び乗り、操縦席に座り天井を閉めた。シートベルトを締めて、各種計器の確認をしてから、管制塔と連絡をとった。


「こちら管制塔。またお前か、クエード」


 管制の通信から馴染みのある声が聞こえる。それは管制係に配属された、同期のタハナの声だった。


「どうせ今日来るだろうからって、三番滑走路を開けといたぞ」

「サンキュー、タハナ。恩に着るよ」

「いいよ、じゃあここからは規定通りやるぞ」

「ああ」


 そこからは順を追って規定の通信を行い、先導車によって三番滑走路に運ばれた。


「Have a nice flight,Quead.」

「thank you,Tahana.」


 エンジンがかかり、先端のプロペラが回り出すと同時に、コックピットがエンジンの揺れに合わせて振動する。皆は「気分が悪くなる」なんて言うけど、慣れれば心地いいくらいのもんだ。そして回転数はどんどん上がり、徐々に前へと進み出す。そして十分速度がついてから、くいっと、操縦桿を手前に傾けた。振動が小さくなり、何とも言えない浮遊感が来た。機体全体が地面から離れた時の、独特の感覚だ。視界が空でいっぱいになった。


 高度をとると、軍基地の四方がよく見えた。東には陸軍基地と、その奥に国都。西方には、長く続く砂漠。南方には険しくそびえる山々と台地、盆地地帯。北方は、野原、サバンナ、砂漠と続き、その先には(見えないが)確か海軍基地がある。現在は、南方から北方に方向を変えて進行中。この辺りにも小高い山があったりして、季節によって様々な顔を見せて……。


 ブーッブーッー

 ブーッブーッー


 ん? 管制からの通信? まだ飛行に移ってから五分も経ってないぞ?

 少しの疑問を抱きながら、一応通信要請に応えた。


「こちらクエード」

「ああ、私だ」


 管制側の声は、よく知っているある女性上官のものだった。


「ま、マヤ少将……」


 この人が俺に通信してくるって時点で、何か嫌な予感がする。


「今、お前どの辺りだ?」

「基地の北方十キロ辺りです」

「そうか、分かった。お前に一つ、用事を頼みたい」

「用事、ですか」


 予感が当たったみたいだ。まだ楽しめてないのに……。


「そんな嫌そうな声を出すなよ。これで規則違反を帳消しにしてやってるんだ。有り難く思われるのが普通だと思うのだが?」

「うっ……。言い返す言葉もありません」


 そこを出すのは反則でしょう。確かにマヤ少将の用事を聞くことを条件に、色々大目に見てもらってますけども。


「というわけで本題だ。今日情報が入ったんだが、どうやらアストリアの使者達がこちらに到着したらしい」


 アストリアといえば、あのレジルって人が国王をやってるところか。


「で、どうやら使者さん方が、デザートアンデッドに遭ったらしくてな」

「え? でも確か、こちらからも案内を出して行くからそんなことにはならないって」

「そのはずなんだが、大量発生の影響か、生息域が変わっていたみたいだ」


 だとしても、陸軍の調査で分かりそうなものなのに……。


「おまけに案内に出した奴らが輸送車で強行突破しようとして失敗。砂漠の中に引いて行かれる前に脱出したはいいものの、水を車内に置き忘れて、アンデッド達も集まってきたから多勢に無勢ってことで、逃げるしかない状況なんだそうだ」

「……それ、本当ですか?」

「あぁ、本当だ」


 間抜けとかそういう類を越えてしまっているように思うのは俺だけなのか。


「場所はエブロイテ港から東に五キロの地点だ。よろしく頼んだぞ」


 ブツッー


「え、少将?」

「―――」


 返事がない。あの人、有無を言わせず行かせる算段か。


「……はぁ、仕方ないか」


 一度深呼吸をして、操縦桿を握り直す。


「クエード少尉、これよりアストリア使者救出に向かう」


 鉄の燕は身を傾かせ、進路を西へと変えた。

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