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仮面と旅する別世界  作者: 楸 椿榎
第一章 変動編
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第六片 『約束』

「えっと……俺とあんたって、どっかで会ったことあったっけ?」


 いきなり俺の名前を言い当ててくる同年代らしき少女は首を傾げた。


「会ったはずですけど……ほら、あの細い道で」

「細い道?」


 細い道で最近出会った人と言えば、あの仮面窃盗犯くらい……。


「……もしかして、その時全身黒い服着てた?」

「はい」

「お腹に何か抱えてた?」

「ああ、あれはそう見えるように手を添えてただけで」

「アレお前だったのか!」


 言われてみれば、低身長だったし腕も細かったように思う。

 女であっても何も不思議はない。


「思い出してくれたみたいですね」


 本人は笑顔で言ってくれるが、こちらとしては怪我をさせられたのだからそんなに穏やかな笑顔は作れない。

 相手の行動理由が分からず、自然に眉間に皺が寄る。


「何のためにあんなことをしたんだ」


 聞いてみると、悪びれる様子も見せず少女は淡々と答えた。


「それは、あなたをここに呼ぶためです」

「ここ?」

「そう、ここです」


 下を指さす少女。つまりこの空間に俺を呼び寄せたかったと?


「何のために?」

「あなたに援助を求めたいからです」


 きっぱりと告げる少女の顔は、確固たる何らかの意志を感じさせた。


「……援助って、何のだよ?」

「私たちの世界の、です」


 私たちの世界。

 聞き違いでなければ、彼女は確かにそう言った。


「つまり、俺が生きてる世界とは違う世界を俺に救ってほしいと?」


 小説の主人公みたいに?


「それはそうですが、そこまでの大役をあなただけに背負わせるわけにはいきません」


 何だか煮え切らないな。


「つまり、私たちが世界を救うのを、手助けしていただくだけでいいんです」

「まあ待て、まあ待て。『だけ』なんて言うが、そもそもの話が壮大過ぎてついていけない」

「あ、それもそうですね。それでは、夜も長いことですし、じっくり説明しましょうかね」


 いや、出来れば早く、分かりやすく教えてもらいたいものだ。

 断る理由を考えるために。


「それでは、まず私たちの世界、”願世”のことから説明しましょう」


 そんな思考が相手に伝わるわけもなく、説明を始めてしまった彼女を止めるのも気が引ける。

 俺は仕方なく、彼女の説明をじっくり、聞くことにした。


「”願世”というのは、冬さんが生きている世界、”現世”と対になるように存在する世界です。”現世”で伝説として語られる魔物や神獣、エルフやウンディーネなどの亜人種やその上位種なども”願世”には存在します」


 つまりは、名前通りの夢の国ってわけか。


「世界には五つの大陸があり、それぞれが一国として成り立っています」


 分かりやすい国家の分かれ方だな。


「そんな世界で、今ちょっと、いや大分(だいぶ)、とんでもないことが起こってるんです」


 ……ここからが本題っぽいな。


「今言った通り”願世”には魔物がいて、今までは定期的に狩るなどして数が増えすぎないようにしていたのですが、最近、その増え方が常軌を逸しているんです」

「常軌を逸してる?」


 思わず出た俺の声に冷静に一度頷くと、少女はまた口を開く。


「狩っても狩っても出てくる。その数が一向に減らないどころか、所によっては増えているくらいなんです」

「それは、魔物たちが子作りを盛んにしてるってことじゃないのか?」


 俺がつい相手のことも考えず言葉を口にすると、「一年中発情してる魔物なんて数えるほどしかいませんよ!」と激しく怒られてしまった。


 おっと、年頃の女子に対してさっきの発言は失礼だったか。

 そりゃそうだよな。見るからにそういうのに免疫無さそうだし。これからは気を付けないと。いや、別にどうでも……いや、なんか、駄目だ。

 なんて思っていると、未だに頬の紅潮がおさまらない様子の少女が二度ほど咳をして、気を取り直した。


「この流れを不審に思った我々は、他の大陸との通信を試みました。しかし、どういうわけか通信が繋がらなかったんです。あらゆる方法を試してみましたが、そのすべてが使い物になりませんでした」


 他大陸との通信途絶。響きとしては絶望感が漂ってくる。


「そこで、今まで干渉することを避けていた”現世”への通り道を調べたところ、こちらに関しては問題がないことが分かり、現世から人を呼び寄せることで、この事態の解決の一助にしようということになったんです」


 なんとも思い切った判断だ。

 が、まあこれで現世にこいつが来た理由は分かった。

 それとは別に疑問が一つ思い浮かんだけどな。


「じゃあ何で仮面窃盗犯なんて装わないといけなかったんだよ?」


 今の話なら、別にあんな物騒な事件なんて必要なかったはずだ。


「それはほら、これを刺さないといけなかったからですよ」


 と、少女が懐から取り出したそれを見て、俺は反射的に距離をとった。


「そんなに怖がらないでくださいよ」

「無理だ。これは反応じゃなくて反射だから」


 少女の絹糸でできているかのような白く小さな手には、俺の胸に穴を開けたナイフが握られていた。

 赤の持ち手。引っかかり程度の小さな鍔。先細りになった諸刃の黒い短剣。

 その刃は新品のようにきれいで、俺を刺したときに付いたであろう血の跡や残り香を少しも感じさせなかった。


「これは冥界の友達から借り受けた命刀『ソウル』というものでですね、これを刺さないと冬さんをここに呼び出せなかったんですよ」


 ここに呼び込むためには必要な工程だった。しかし普通の少女がそんなことをやればここに呼び込んだとしてもお願いを受けてくれる望みは薄い、と。


「まず”現世”で説得するって選択肢はないのか?」

「”現世”だと皆さん『忙しいから』とか『そんなの信じられるわけない』とか言って、相手にしてくれないんですよ」


 そりゃそうか。今時こんなことを言ったら、頭がお花畑だと思われて見捨てられて終わりだ。


「そういう経験を踏まえて編み出したのが、何かの事件の犯人になって刺すことによってここに呼び込むことの抵抗をなくし、私の話を信じやすくさせる作戦なのです」


 どうだ凄いだろうとでも言うように胸を張る少女。


「いや、そんな犯人なんかになる少女の言うことに耳を貸す奴も少ないと思うがな」


 俺の言葉が雷となって彼女の頭を直撃したか、大口を開けて少女がフリーズしてしまった。

 でも正論だと思うしな……。


「だいたい、そんなことに回す時間がない」

「そこはぬかりありません!」


 今度は起爆剤となってしまったか、俺の言葉を聞いて少女が駆け寄ってきた。

 まずその短剣をしまえ。


「”願世”と”現世”の時間はほぼ逆なんです。つまり”現世”が夜なら”願世”は朝という感じでですね」


 俺の時間は少しも奪わないということだそうだ。


「しかもこちらの事情のせいで”現世”での思考に影響を与えてしまわぬよう、体にも細心の注意を払いますので」


 注意をするだけでどうにかできるのかという疑問はあるが、つまりは万全の態勢で迎えてくれるということを言いたいのだろうから言わないでおこう。


「で、そういうことなんですけど、どうですか? 冬さん」


 少女はその瞳の全てを俺の目に向けてきた。

 やめろ、そんな純粋そうな目で見るな。断ろうとしてる心が痛むだろう。

 無駄な良心が痛むだろう。


「…………」


 言うな。言うな。


「…………」


 無駄だ。俺がやっても無駄だ。


「…………」


 無駄だ。俺にできっこない。


「…………」


 動くな。動くな!


「…………やろう」


 ……思考に反して、口は動いた。

 だというのに、心中は落胆するどころか、どこかすっきりしていた。

 返答を聞いて、少女は極限の笑顔になった。


「じゃ、じゃあ、これからよろしくお願いします!」


 頭を勢いよく下げて、右手を差し出してくる少女。

 まるでプロポーズを受けているみたいだ。


「……よろしくな」


 決まってしまったものは変えられないだろう。今の自分の心情や現状から考えても無理がありそうだ。

 決心をして、手を出して、彼女の手を握りそうになって、気が付いた。

 俺の手には、浅く、何度も切られたように、いくつもの切り傷がついていた。


「…………」


 あまりにも握るまでに時間がかかったからだろうか。彼女は少しだけ顔を上げて、差し出されていた俺の手を、優しく握ってきた。


「心配しなくて大丈夫です。その傷は、あなたのやさしさの証です」


 聞き逃してしまいそうな彼女の声を最後に、俺の視界は徐々にすべての色をなくしていき、最後には白に埋め尽くされた。

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