第五十三片 『魔術レッスン 終了』
風魔術の練習を始めて、早くも四週間が過ぎようとしていた。
俺は目の前にいる二人に練習の成果を確認してもらうため、体を起こしていた。
「空を舞う風よ
ここに吹け
『風』」
左手に展開させた魔法陣の上を、折り紙の鶴が三羽仲良くクルクルと回る。
「流れる水よ
留まり溜まれ
『水』」
右手に展開させた魔法陣から、ビー玉大の水玉がぽぽぽぽ、と四つほど出現した。
「基礎魔術はちゃんとできるようになったようね。同時発動まで出来てるなら、今のところ言うことはないわ」
「はい、申し分なしです」
よし、と内心でガッツポーズをしながら、魔術をそれぞれ解く。
あれから毎日練習を続けた。一週間後に風魔術が案外できてきてると伝えたところ「じゃあ水魔術もしてみましょうか」と言われ、そこから水の基礎魔術も鍛錬を開始。どちらもそれなりにできてきたのが二週間半経ったころ。ここで「ここまで来たら同時発動もやってみる?」と更に課題を付け足された。今のように同時発動、同時維持ができたのがつい昨日だ。
「腕もほとんどよくなったみたいね」
「そうですね、鈴さんからは、骨格的にはもう問題ないと言われてます」
療養に入って約二か月、俺の腕はやっと動かしても痛まないようになった。まあ、ここまで全く動かしてないから不自由極まりないが。
「それじゃ、私の魔術レッスンもここで一旦打ち止めかな」
「え?」
「だってこれからは、体のリハビリで大変でしょ? そうなると、多分ここから先の魔術はそんなに練習できないと思うのよ」
……なるほど。確かにここからは基礎魔術ではない。詠唱も長くなり、必要な魔力コントロールも比ではないと一度聞いた。
まともに動いていなかった体を元に戻すのだから、筋肉痛やらなにやら、本当に大変なことになるだろう。そんな中では、基礎魔術でさえコントロールできないかもしれない。
「そうですね。今まで付き合ってくださって、ありがとうございました」
俺がお辞儀をすると、「いいよいいよ」と笑顔で返してくれた。
「私も、成長する冬くんを見るのは楽しかったよ。また次の機会があったら、もっと上の魔術も教えてあげるね」
ハハルさんは今日も今日とて忙しそうに、荷物をまとめ始めた。
「また任務ですか?」
「ええ、北の山に出た竜の討伐にね」
「竜、ですか」
「とは言っても、伝説級になるにはまだまだの人大の飛竜だけどね」
この世界での竜は、どのような竜でも年月をかけるごとに強くなっていくものらしい。土竜、駆竜、飛竜、属性竜、そして古龍に分類される。しかし絶対数が少ないが故に、どの大陸でもめったに観測されない種族らしい。
「十分気を付けてくださいね」
「ありがとう冬くん、それじゃ……あっ」
部屋から出ていこうと衝立に手をかけたハハルさんが、何かに目を止めて静止した。
目線の先には、あれがあった。
「そういえばこれ、ずっと持って帰るの忘れてたね」
ハハルさんが俺に説明するために持ってきてくれて、この一か月近くずっとこの部屋に置きっぱなしになっていた、白板だ。
「ごめん、預かってくれててありがとね」
「いえいえ」
大したことはしていない。忘れていったものをそのまま置いておいただけだから、本当に大したことではない。
「それじゃ、行ってくるわね」
「「行ってらっしゃい、ハハル(さん)」」
俺たち二人の揃った声に笑いをこぼすと、ハハルさんは白板を脇に抱えて走っていった。
「ふう、これでレッスン終了か」
一息つくと、部屋に妙な違和感があった。
「あの白板、ちゃんと持っていきましたね」
「そうだな……」
……そうか。今まで部屋の片隅にずっとあったあの白板がないから、違和感があるんだ。
それを理解したとき、「ああ、終わったんだな」と、現状がすとんと、胸に落ち着いた。