第五十一片 『魔術レッスン 試験』
「いやー、ごめん冬くん、昨日は急に用事が出来ちゃって手が離せなかったの」
「いや、まあ」
現在、昼を少し回ったころ、俺は羽織姿のハハルさんに土下座されていた。昨日の意味深な伝言から勝手な推測をしていて内心かなり心配だったが、本人はこちらの気持ちなど露程も知らない様子だ。
「無事だったなら、よかったです」
「? そうね」
小首をかしげてからの肯定。こりゃ本当に自覚がないみたいだ。
「まったく、ハハルの伝言は一言少ないんだよ!」
「どうしたのよハク、そんな怒ったように。しかも怒られるのって大体一言多い人だと思うんだけど?」
今日は病室に同席しているユキが膝立ちで前のめりになりながらハハルさんに抗議している。
「怒ったようにじゃなくて怒ってるんだよ! どれだけ私たちが心配したことか!」
おい、「たち」って言ってくれるな。恥ずかしいから。
「心配?」
「行けなくなったっていうから任務か何かでケガしたんじゃないかとかいろいろ考えて、国王に聞けば何かわかるんじゃないかって相談しに行ったら現在音信不通とか言われるし!」
「え、そこまでしたの?」
「したよ! 国王様もダメならメネスさんはどうかと思ったけど家の位置が分かんなくてもう国王に聞きに行くのも悪いかなと思ったから悶々としたまま今この日を迎えた次第だよ!」
「そ、それは悪いことをしたわね。ごめんなさい」
やっと自覚してくれたか、ハハルさん。
「許します。よし、これで私は気が済んだ! だからハハル、今日やりたかったことやって」
「え? この前の続き? ハクも聞く?」
「うん、ちょっと私も復習しときたいからさ」
「そう、なら今日は三人でやりましょうか」
というわけで、今日は俺とユキの二人がハハルさんの生徒ということになった。体を起こしてもらって、いざ、授業開始だ。
「この前、事前知識は十分に入れたからね、今日は魔術を使う練習を」
お、今日は実践するのか。
「……といきたいんだけど、」
……ん?
「こんなところで万が一があったらいけないから、今日は練習前の試験をしときましょうか」
試験? 魔術を使う前に必要な試験とは……一体?
「試験には、これを使うわ」
ハハルさんは腰を締める帯にかけている小物入れから、付箋のような小さな緑色の紙の束を取り出した。
「これは?」
「魔力検査紙。魔力をこの紙に注ぎ込むと、紙の色が変化して、その人の適正属性が分かるの」
リトマス試験紙みたいな感じなのだろうか。
「火属性は赤、水は青、雷は黄、土は茶、風は白、光は金、闇は黒で表されるのよ。試しに私とハクで見てみましょうか」
ハハルさんとユキ。それぞれ一枚ずつ検査紙を手に持つと、次の瞬間、二人が持つ検査紙は瞬く間に色づいた。
ハハルさんの紙が色とりどりなのと対照的に、ユキの紙はきっぱりと青と白の二色で半分半分に塗り分けられていた。
「やっぱりハハルはすごい……闇以外の適正全てなんて」
「二属性が使えるのも十分すごいと思うけど? 中には無属性の人もいるし」
「無属性?」
それは、つまり……。
「ああ、無属性っていうのは、属性適性がないってこと。魔力活用は出来ても、属性魔法は打てないの。大体の人は無属性か一属性かのどちらかよ」
ということは、俺もそれである可能性があるのか。
「まあ、冬君もほら。検査で出なくても、修練でどうにかなるし」
それは……、何とも言えないコメントだ。
ハハルさんは検査紙を一枚、俺の手に差し出してくるが、今の話を聞くと少し躊躇ってしまう。
もし自分が無属性なのだとしたら、役立てると思っていることにも役立てなくなるのではないかと。
「現状を知ってこそ、道は見えてくるものです、冬さん」
……ふむ。確かにそれは一理ある。
……どちらにしろ、適性が分からなければここから先に進まないのだろう。ならば、逡巡するだけ無駄というものだ。
「はい、どうぞ」
差し出された紙を手に取り、じっと見つめる。
意識を紙に集中し、魔力をこの中に、注ぎ込む。
「おっ」
「これは……」
「……」
白と青の二色。ユキと同じ適性だった。
「冬さん、私と同じですね!」ウキウキ顔のユキが嬉し気に喋りかけてくるが、これが現実なのかよくわからなくなった俺は、「お、おう。そうだな」と、思わず気のない返事を返してしまう。
「ペア揃って適性属性が同じ、か。いいんじゃない?」
ハハルさんも、優しい微笑みを向けてくれる。
「ユキ、俺のほっぺたをつねってくれないか?」
「え?」
「夢じゃないのか確かめたい」
「わかりました。……えいっ」
「いだだだだだだ」
「す、すみません」
「いや、痛くなきゃ意味ないことだから、これでいいんだ」
痛かった……。
ってことは、これは現実。
……よかった。
「おっと、そろそろ次の任務に行く時間になっちゃった。ごめん、続きはまた今度ね」
時計を確認したのか、ハハルさんは素早く身支度を済ませると、病室を後にしていった。忙しい中、合間を縫って来てくれているのだと深く感じる。
「あ、今日もこれ、言い忘れましたね」
ユキの視線の向かう先には、綺麗に白くなった白板が壁にかかっている。
「まあ、また来るんだし、いいだろ」
「いつまで残ってますかねえ」
「さあなあ、もしかしたら退院するまで残ってるかもな」
「ふふふ、そうかもしれませんね」