第四十九片 『再三再四』
それからも、メネスさんは幾度となく俺の病室に押し掛けてきた。何故か最初の一回以降、土足で上がり込むことはなくなったが、障子側から来ることも少なくなかった。
「おーい、冬。元気にしてるか?」と堂々と見舞いに来たのはその三日後。
「おい冬、聞いてくれよ」と愚痴を言いに来たのがそのまた二日後。
「なあなあ冬、ちょっとした土産話があるんだけどよ」と遠征先での自慢話を話に来たのが一週間後。
「なあ冬」
「冬いるか? そりゃいるよな」
「おら冬来たぞー!」
「はあ、冬よお、今日俺疲れた」
「冬、聞いて驚けよ!」
気づくと、病室生活を始めてから、早一か月が経とうとしていた。何度もメネスさんが見舞いに来てくれたおかげで、俺は病室にいながら、全く退屈しなかった。
しかし、俺の胸ではある疑問が日に日に膨らんでいた。
それは、「何故メネスさんがそんなに俺のことを気遣ってくれるのか」だった。思えば、初めて城内で会った時からメネスさんは俺に対して敵意のようなものを向けていた。蓮との修練の後に行った椛さんの家で会った時は、あからさまに反発を示された。それが、ファラスから帰ってきたあたり、もっと言うと、俺が目を覚ましてから、目に見えて変わった。
結果だけを見れば、心を開いてくれたようで嬉しい気持ちもある。しかし、理由の分からない優しさというのは、不安を感じさせてくる。
それが、俺は嫌なのだ。
一週間に及ぶ長期遠征を終えてメネスさんが帰ってくる日の夕方。病室は夕焼けで赤く染まっている。
ユキに適当な理由を言って部屋から出ておいてもらったところ、案の定、俺の病室に一人の訪問者が来た。引き戸が高速で二回ノックされ、俺の「どうぞ」の声を待たずに戸は開かれた。ずんずんと入ってくる足音。一言目は「よう、冬」だった。
「お疲れ様です、メネスさん。今回は一週間の遠征だったって聞いてますよ」
「そうなんだよ、一週間かけて北側から東側の沿岸の町の周りで一気に討伐を進めたんだよ」
メネスさんの声は、達成感に満ちている。顔には疲れの色も見えるが、目いっぱいに笑っていた。
「メネスさん、ちょっと聞きたいことがあるんですが」
「おう、なんだ。言ってみろよ」
「……どうして、ここまで俺に構ってくれるんですか?」
「っ……」
「メネスさんは毎日多忙なはずです。それなのに、何で俺のところに何度も来てくれるんですか?」
俺の質問に、メネスさんは完全に口をつぐんだ。目はまっすぐに俺を見ている。俺もメネスさんの目の奥を見つめる。少しだけ回るようになった首を、メネスさん側に回して。
十分にも、一時間にも感じられる、長い長い一分が経ち、メネスさんが、沈黙を破った。
「それはな……」
「それは……?」
真剣な面持ちのメネスさん。次の言葉をただひたすらに待つ。
次の言葉。……それは、
「暇つぶしだ、ひ・ま・つ・ぶ・し」
「ひ、暇つぶし?」
予想外の言葉過ぎて、おうむ返しの声が裏返った。
「お前、真面目な理由が帰ってくるとでも思ってたのかよ?」
「え、いや」
「俺がお前なんかのためにこんなに時間作ってやるはずがねえだろうが。ちょっと暇ができたときにお前の間抜け面を見に来てただけだっつーの」
「……」
「はははははは! 面白い顔してんじゃねえよ!」
「…………」
「じゃあな。間抜け面は堪能できたから今日は帰るわ」
「あ、メネスさん」
「うるせえ、また明日、面拝みに来るからな。んじゃ」
俺の返答を待たずに、メネスさんは引き戸を閉めた。
天井に目を向けて、ふう、と一つ溜息を吐く。
「冬さん、入りますよー」
ユキが戻ってきた。晩御飯の乗ったお盆を手にしている。もうすぐ帰る俺用のものではない。
「さっき、涙を浮かべながら高笑いするメネスとすれ違ったんですが、冬さん何か知ってます?」
「いや、俺は何も」
「そうですか。遠征先で毒キノコでも食べて帰ってきたんでしょうか?」
「はは、そうかもな」
メネスさんは、笑っていたか。
なら、いいや。
嘘が苦手な、あの人が高笑いをしていたなら。
詳しいことはやっぱり分からない。でも俺は、
あの人の優しさに、もう不安は感じない。