第四十八片 『ドタバタ騒ぎ』
俺が王都の病室に寝たきりになってから二日後。
「ちょっと私、席を外しますね」
「おう」
俺が両腕をダメにしたためにユキには俺の世話をしてもらっているが、ユキはそれ以外にも、暇を見つけてはレジルさんたちの手伝いもしているらしい。
病室に一人になると、ふう、と大きな一息が漏れる。
「どうした冬。ため息なんか吐きやがって」
と、どこかから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
出入口から、ではない。
「こっちだこっち」
ぴしゃん、と開けられたのは入り口とは正反対の障子だった。驚きすぎて体が反射的に動く。
「うぁぁ!」
「バカ! 体がダメなのに動くんじゃねえよ!」
怒鳴られたかと思うと靴もそのままに病室に上がり込み、俺に駆け寄ってきた。
「怪我人は大人しくしとけバカ!」
あなたのせいで俺は激痛を感じてるんですがねぇ……、
「メネスさん、こんなところで何してるんですか」
羽織から刀の鞘まで体の各所が汚れてしまっているメネスさんが、そこにいた。
確か、メネスさんは明日まで南の町に遠征に行ってるはずなんだが……。
「ほとんどの用事は済んだから、あとは部下に任せて帰ってきた」
……。
「そんなことして大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃなかったら今俺はこんなとこにいねえよ」
あなたの場合は無理であろうと何だかんだと部下に言い訳してくるような気がするのは俺だけか。
「何でそんなことしたんですか。ちゃんと終わらせてから帰ってきたらよかったのに」
「いや、まあそれは……」
と、メネスさんが変に口ごもっていると、病室の引き戸がゆっくりと二度ノックされた。
「冬さん、お待たせしました。時間もいい頃なので、お昼ご飯を持ってきましたよ~」
「おっと、そんじゃ俺はここらでとんずらさせてもらうぜ」
ユキが帰ってきたと分かった途端、メネスさんはひそっと言い残して障子に足をかけた。
「ちょ、まだ話が終わってませんよ、メ……」
「俺のこと喋ったら、ただじゃおかねえからな?」
……やっぱダメなことして来てるんじゃん。
ありがたい忠告をおっしゃったメネスさんは、そのまま障子をそっと閉めて外を駆けていった。同時に、ユキが引き戸を開けて中に入ってくると、目の前に広がる惨状に絶句した。
「ど、どうしたんですかこれは!?」
土足でしかも体中が汚れまみれの男が中に入ってきたのだ。周りが汚れないわけがない。さて、どう説明したものか……。ここで正直に説明したら、メネスさんに後で本当に八つ裂きにされかねないし……。
「……嵐が通り過ぎていった」
当たり障りのないことを口にすると、ユキは動揺して、危うく昼飯をこぼしそうになっていた。この後、なぜか俺が鈴さんにこっぴどく叱られることとなった。