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仮面と旅する別世界  作者: 楸 椿榎
第二章 ファラス編
50/123

番外片 『西の小隊』

 ここはリツォンコーネ大陸――アストリア大陸の西に位置する大陸であり、”現世”でのヨーロッパ・アフリカにあたる大陸だ。


 その南部に広がる熱帯雨林地方ファンガ。

 煌々と照りつける太陽光を大きく育った木の下で受けながら、藍色の戦闘服姿の三人は、森の奥地へと足を進めていた。


 先頭を行く男は後ろで一つに結んで垂らしている長髪が灰色に染まっており、煙草を口にくわえている。背中に背負った柄の長い大剣の総長は、その身長よりも少々長い。

 その後ろに列をなしているのは、まだ二十歳もいっていないのではないかというほど若く見える二人の男女。

 前を歩く短髪の少女は特にこれといった武器を身に付けている様子はない。切れ長の瞳は、周囲への警戒を怠らず、その眼光だけでそこらの虫くらいなら殺せそうな勢いだ。

 最後尾の少年は腰の両側に短めの剣を差している。髪は四方八方に伸びており、暇を持て余しているのか辺りをキョロキョロ見回しては道草なんかを蹴ったりしている。


 と、先頭を歩いていた男が後ろを振り向く。同時に、結ばれた髪が宙で舞った。


「そろそろ作戦エリアに入るぞ。二人とも、リングの確認をしておけ」


 男の指示を受けて、後ろ一列についてきていた二人はそれぞれ少しだけ袖をまくる。

 まくられた袖の中から姿を現したのは腕輪だ。日光を浴びて鈍く光る金属の輪。

 持ち主が触れるとそれはたちまち光を放ち、形を変え、手首あたりから手の甲を覆うガントレットとなった。

 ガントレットの手の甲の部分は液晶のようになっており、リツォンコーネの言語で「起動中」と表示されている。

 数秒後、液晶には三体の動物の絵が縦に並び、それぞれの横に分数が映し出された。

 再度先頭の男が口を開く。


「今回の作戦の最終確認をしておくぞ。

 任務はここファンガに生息する三種の魔物、ドガンダ、エンデューラ、フォミュンの数を規定数まで減らすことだ。現在確認できているだけで規定数を大きく上回っている。これが続けば自然の連鎖に大きな影響が出かねない。できる限り迅速に対処せよ。

 ってのが、上からの命令だ。この確認数ってのは、我らが皇女さま直属の部隊の探知に引っかかった魔物の数。俺たちが魔物を倒したり、奴らが勝手に死んだりしたら、腕輪に表示される分子は勝手に減少していく。殺しすぎないように注意しろよ」


「はい、了解しました」

「へいへい、了解」


 少女の目が、適当な少年を射抜く。


「ザック、アスナロへの口の利き方が悪い。そろそろ直した方がいい」

「あん? 俺がどう言おうが俺の勝手だろ」


 少女のキツイ語調が気に入らなかったのか、少年も少々乱暴に答える。


「違う。チームである以上、親しき中にも礼儀が……」

「はいはいわかったよ」

「だから、その返事がもうわかってない」

「分かってるっての!」


「はいはい、二人とも落ち着こうね~」


 ヒートアップする若者二人の間に、アスナロと呼ばれた男が割って入る。

 少女はその姿を見て即座に申し訳なさそうにして引いたが、ザックに対しては火に油だったようだ。


「邪魔するんじゃねえよアスナロウ! これは俺とメナの問題だ!」

「お前ら、これ任務だから。喧嘩なら任務が終わった後好きなだけやっていいから。早く片そう。じゃないと色々面倒なんだよ」

「なんだよ! アスナロウが面倒になろうがならまいが……」

「なら、撃破数で勝負するってのはどうだ?」


 アスナロウの提案に、うるさかったザックの声が止んだ。


「こんな命を軽視したような形式は好きじゃないが、そうでもしないとお前は収まりがつかんだろ」


 アスナロウが頭をかきながら説明していると、ザックの口の端が徐々に上がってきた。細かな方式を説明しているアスナロウの言葉なんか一つも聞いてはいない。


「……って感じで、どうだ? 二人とも」

「よし、俺はそれ、乗ったぜ!」

「くだらない。でも、アスナロがやれというのであれば」

「じゃあ、決まりだな」


 メナとザックは、同時に頷いた。


「それじゃ、もう作戦エリアに入ってることだし、今からスタートな」


 一息あけてから、一拍の拍手と共に「はじめ!」の声が森に響いた。

 三つの足音は別々の方向へ、一瞬で散った。



――――*――――*――――


 

「っらあ!」


 二本の剣が腕の肉を削ぎ、ゴリラのような魔物――ドガンダがけたたましいうめき声を上げる。

 ザックはドガンダの太い腕による横払いを軽々と跳んでかわし、コマのように回転してドガンダの首を刈り取った。

 黒々とした体毛に赤い血が飛び散る。


「へへっ。もっとかかってこいおらぁ!」


 返り血を浴び、獣のように叫ぶザックに触発され、周りの木々の合間から十体は下らない数のドガンダが姿を現す。


「そうそう、そうこなくっちゃ」


 息まいているザックに、正面の二匹が同時に襲い掛かってくる。

 後ろに飛び退いて躱すと、今度は後ろの一匹が掴みかかってくる。

 左に体を回転させたザックは勢いそのままに左手の剣で後方にいた一匹の心臓を的確に穿った。続けて、背後から迫る二匹に向かって手首のスナップを利かせた投擲(とうてき)。二本の剣は二体のドガンダの脳天に突き刺さった。まるで、ザックにはドガンダがそこにいるのが見えていたかのようだ。


「これで終わりか? どんどん来いよ!」


 悠々と二本の剣を回収すると、ザックは更に猛り叫ぶ。

 獰猛なドガンダたちは一斉に襲い掛かり、ザックはそれを(ことごと)くいなしていく。

 ザックの表情は、愉悦の色に染まっていた。


 しかし、慢心とは時に大きな隙を生むものである。


「っぐ!」


 突然、正面のドガンダの胸に刺した剣が抜けなくなった。その理由は、刺されたドガンダの目が語っていた。


「くそっ、損ねたか!」


 闘志に沸いた目つき。まっすぐこちらを射抜く眼光。心臓を突かれてもなお、このドガンダは抵抗したのだ。仲間が復讐できるようにと。ドガンダの発達した胸の筋肉で剣が圧迫されれば、常人ならば抜けるはずもない。


「っつ!」


 右からの鋭いボディブローがザックを襲う。胴に入る寸前に腕を間に入れたが、それで衝撃が殺しきれるわけがない。

 ザックの体は宙を舞い、高くそびえたつ木々を何本もへし折った。飛ばされる際の衝撃で剣は抜けたが、それどころではない。


 地面に転がった時には体中が痛みに沈み、言うことを聞かない状態になっていた。


「…………くそが……」


 ドガンダたちの足音が、地面を伝って嫌というほど聞こえてくる。

 ダンダン、ダンダンと、こちらにまっすぐ向かってくる音が。


「……仕方ねえ。こうなったら……」


 独り言を呟くと、ザックはおもむろに目を閉じた。

 さながら死んだふりだ。

 微動だにしない。

 しかし、たとえ死んでいてもいなくても、同胞を殺されたドガンダたちの頭にはたっぷりと血が上っており、到着し次第叩き潰されることだろう。

 たとえ馬鹿でも、ザックはそれが分からないほどの馬鹿ではない。

 その証拠に、両手の剣はしっかりと握られている。


「オオオオオオォォォォォォォォォォォォオオオオオオオ!!!」


 猛り声と共に接近してくるドガンダたち。

 その距離は、どんどんと狭まってくる。

 ついには、目前に来てしまった。


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


 狂ったような声を上げ、両手を振り上げる先頭のドガンダ。

 微塵も動かないザックの頭に、重たい両腕が落ちてくる……!


「……………ア?」


 一瞬。ドガンダたちは固まった。


 確かにこいつの頭は叩き潰したはず。なのにこいつの頭は未だここにある。


 降り下ろしたはずの両手は? 腕にはつながっておらず、それどころか上から降ってきた。


 こいつが持っている(これ)は? その刀身には赤い血がべったりとついている。


「……アアアアアアア………!」


 発狂したような叫び声は、すぐに止んだ。ザックの体が起き上がり、ザックの剣がドガンダの体を裂いたからだ。


「…………」


 その顔には先ほどまでの驕りも、愉悦も、それどころか一切の感情さえ感じられず、その眼はただ目の前の獲物だけを見つめている。狩人というより、狩る獣。

 その異様な雰囲気に、ドガンダたちの勢いが一瞬緩んだ。


「…………!」


 音もなく走り出したザックはドガンダの群れに向かって跳んだ。


「アアアアアア……!」


 ザックが下りてくる前に、着地点にいたドガンダの胸には投擲された剣が刺さった。

 痛みに呻き、自身を見ていないそいつに向かってザックは足を伸ばす。


「アアア……!!」


 着地。その瞬間のインパクトは、直下にあった胸の剣に集中した。

 ドガンダが横たわると、ザックは即座に足下の剣を軽々と引き抜き、左の個体を裂く。

 周りのドガンダたちは恐れながらも襲い掛かってくるが、そんな拳で今のザックが捕まえられるはずもない。


 ザックは来るもの来るものすべてを斬り伏せた。

 すでに力が及ばないことを察した外縁のドガンダたちは、恐れをなして逃げ出している。木々に上り、枝や蔦を器用に使い逃げていく大猿たち。


 血にまみれた悪魔のような少年は、その後ろ姿を追おうとはしなかった。

 ガントレットからアラームが鳴ったからだ。

 確認してみると、ドガンダの討伐数は先ほどの最後の一体で達成されたようだった。


「……次に行くか」


 言って、走り出すザックの目には、多少光が戻ってきていた。


 

――――*――――*――――



「くそ! このヤロー……!」


 場所を変えたザックは、エンデューラに遭遇していた。

 巨大な体と綺麗な蒼い羽は舞を踊る貴婦人を想像させるほどに美しい。そんな美しい姿の端々に見える鋭い爪や長いくちばしはエンデューラの獰猛性を象徴している。


 しかし、爪や嘴以外にも、エンデューラと対峙する際の脅威はある。

 それは。


「こんな風起こされたうえ空に陣取られたら、手の出しようがねえ!」


 そう、大きな体を空中で支えるに足る大きな翼。その羽ばたきによって巻き起こる強靭な風は、地上の存在がその身に触れることを良しとしない。

 加えてザックは近距離線専門であり、遠距離攻撃の方法など持ち合わせていない。あって投擲だが、この風では逆に自分に刺さってしまうだろう。

 万事休すと言った状況だ。


「クアッ」


 と、いきなりエンデューラの様子がおかしくなった。今まで以上に慌ただしく羽ばたき、体を左右に揺すっている。


「クアァァァァァァ!」


 ついには、羽ばたくのを止めた。力を失った巨体は重力に従って地面へと落下し、壮大な地響きをもって森の小鳥たちを驚かせた。


 土煙でよく見えないエンデューラに、ザックはゆっくりと近づいていく。

 土煙の向こうからも、こちらに近づく音があった。エンデューラの羽を踏みしめる音。

 エンデューラから下りてきたその音の主を見た途端、ザックは表情を歪ませた。


「こんのヤロー! 俺の標的を横取りしやがったな!」


 土煙の向こうから姿を現したのは、涼しい顔をしたメナだった。

 彼女の左手には、ひどく紅々(あかあか)とした液体が滴っている。

 奥に見えるエンデューラの背中には、一つ、穴が開いていた。


「標的を取ったというより、危なそうだったから……。」


 後ろめたさがあるのか、申し訳なさそうに目をそらすメナ。


「危なそう? 俺は反撃の機会を伺ってたんだよ! 邪魔すんなっての!」


 しかし、ザックの返答に再度目つきを厳しくする。


「そう、なら今度から助けない。向いてない相手に戦いを仕掛けて、食べられてしまえばいい」


 そっぽを向いて、メナは歩き出した。

 ガントレットを一瞥してから、足に力を込めるようにしゃがむ。


「……あのよ」


 いざ参らん、というところで、ザックが呼び止めた。

 メナは顔だけ向けて、「何?」と尋ねる。


「いや」


 目を合わせた途端下を向くザックに、眉を(ひそ)める。

 ザックはしきりに後ろ頭を掻いている。

 少しだけ目線を上げて、ザックは口を開いた。


「……すまん。悪かった。……さっきは助かった」


 その言葉を聞いて、メナは目を大きく見開いた。


「……あ」


 続けて何かを言おうとしているザックを尻目に、メナはすぐさま足に力を込めて跳んでいった。


「おい、ちょっと……」


 残されたザックは、また頭を掻いた。


「……うし。次に向かうか」


 頬を両手ではたいて、ザックは気合を入れなおした。



――――*――――*――――



「ちょこまかとうざったいな!」


 ウサギのような魔物――フォミュンは白い体毛を纏ったすばしっこい小動物である。

 群れを成して生活していることが多く、繁殖力も強い。

 最大の特徴はその体毛だ。


「ちっ!」


 フォミュンは魔力を用いて自身の体毛を硬質化させることが出来る。

 それらは一本一本が小さな刃物であり、体全てが彼らの武器となる。


「うらあ!」


 弱点があるとすれば、毛の薄い腹であるが、そこを見せることはまずない。

 ザックは巧みに剣を操ってなんとか数を減らしていっているが、すでに体には軍服を貫通した刃によって無数の切り傷が出来ている。このまま戦闘が続けば、不利であることは間違いない。


「……あそこでアレを使ったのが間違いだったか」


 体が思うように動かない。その原因に心当たりがあるのか、ザックは顔をしかめた。

 正面から、残り十匹が一斉に迫ってくる。先頭から二、三、五と並ぶピラミッド型陣形。


「くそがあ!」


 最後の攻撃を仕掛けようと、ザックが踏み込んだ。

 その時だった。


「はいよ!」


 横から一閃。木の幹を縦に引き裂いて、巨大な刀身が姿を現した。

 その一撃は、十匹のうち後ろ側にいた五匹のフォミュンを切り裂いた。


「残り五匹だ。片付けろ、ザック!」


 横からの助言に、「言われなくても!」と返すと、ザックは両手の剣で先頭の二匹の鼻先を直上へと突き上げた。

 後続の三匹を、剣の腹で声のした方向へと殴打する。

 先ほど突き上げたフォミュンが落ちてくる頃合いで、ザックの両手の剣がそれぞれの腹を斜めに斬った。


「おいおい、俺に飛ばすんじゃなくて自分で片付けろよ、ザック」


 再度声のした方へ目を向けてみると、三匹を片付け、煙を吐く長髪中年の顔があった。


「うるせえよ、俺に任せたあんたが悪いんだろ」

「はあ。しょうがねえなあ、ったく」


 受け答えながら、ザックはガントレットに目をやった。さっきので、残る討伐対象はフォミュン一体となった。

 辺りにまだ残ってはいないかと目をやるザック。

 すると、目の前の草むらが小さく動いた。


「最後の一匹かなっと……」


 草むらをかき分けると、ザックは声を失った。


「ん? どうした? 毒持ちの魔物でもいたか?」


 何事かとアスナロウも近寄っていく。

 そこにいたのは。


「こりゃ、フォミュンの幼生じゃねえか」


「多分、ここがこいつらの住処だったんだ」


 ザックはつぶらな瞳でこちらを見てくるフォミュンを、じっと見つめ返していた。

 すると、何を思ったかこのフォミュンは、ザックに近寄ってきた。

 ザックも「ほら、こいよ」と手を伸ばす。

 フォミュンは手の中に収まり、ザックはそれを見てアスナロウに目を向けた。


「なあ、アスナロウ」

「言わんでいい。お前が言いたいことは分かってる」


 制止をかけたアスナロウは、ガントレットを操作し始めた。


「メナ。メナ、聞こえるか?」

『ええ、聞こえます、アスナロ』


 このガントレットは、通信機にもなるらしい。


「俺たちの位置まで来てくれ。その間で、フォミュンを一体狩っといてくれ」

『了解、アスナロ』


 短い通信が切れると、「ってなわけだ」とすぐ横のザックを見返した。

 これで一件落着、なのか。

 ザックは「ふう」と一息ついた。


「おっととと」


 一息ついた途端、ザックは足から崩れ落ちた。

 フォミュンも驚いて手を離れ、一度地面に着地し、しかしすぐにまた近寄ってくる。


「おいおい、大丈夫か?」


 笑いながら言うアスナロウ。しかし、その現象を見て、ふと疑問を示す。


「お前まさか、アレ使ったのか?」


「……仕方ねえだろ。死ぬかもしれなかったんだ」


 ザックの返答に、アスナロウは心底からの溜息を漏らした。


「……はあ、ほんとにお前ってやつは。俺がいないところでやるなって言ってんだろうが」


 言いながらも、自分の肩を貸してザックを立たせる。フォミュンはザックの肩にひょひょいと乗っかった。


「こっちからもメナに接近する。その方が早いしな」

「へいへい、了解了解」


 そうして、二人は森の中を歩いていった。



――――*――――*――――



「だから、仕方なかったんだっての」

「だからって、そんなになるのはおかしい。というより、まずそんな状況になるのがおかしい」

「てめえ黙って聞いてりゃ好きなこと言いやがって!」


「はいはいまあまあ、二人とも食事中ぐらい落ち着いて食え」


 時は夜。少し開けた場所でたき火を囲んで、三人は討伐したエンデューラの中の一体の肉を切り分けて食事をとっていた。ザックはメナの一言に憤慨して立ち上がっている。


「とりあえず、任務は完了した。日が昇ったらすぐ首都に帰還するぞ」


 アスナロウの指示を聞いている間に、興奮して立っていたザックはあぐらをかいて座った。フォミュンがその中心に乗っかってくる。

 ザックが優しく背を撫でると、気持ちよさそうに目を細めた。メナが、その様子を静かに眺める。


「…………」

「なんだよ、じっと見てきやがって」

「っ」


 気が付くと、メナの目はフォミュンに釘付けだった。


「食わせねえぞ、こいつは食料じゃねえんだからな」

「……食べない」

「ふん、まあいいや」


 ザックは再度フォミュンへと目を移すと、「ふむ」と顎に手を当てた。


「そういえば、コイツの名前決めないとな」


 ムムム……と唸る自分の隊員に、隊長は指パッチンと共に発案する。


「ザキュランダーってのはどうだ?」


「アンタのネーミングセンスを疑うな」


 アスナロウの真剣な提案は即座に却下された。

 しかし、ザックとていい案は出てこない。

 あれも違う、これも違うと頭を掻く。

 すると、意外な方向から声が上がった。


「……キュム」


「……へ?」


 突然、しかも極度の小声での発案だったため、ザックはメナに向かって聞き返した。

 メナの方は恥ずかしいのか、体育座りをして目を伏せている。


「口がキュムってなってるから、キュム」


 ザックの膝上のフォミュンを指さして、さらに言えばその口を指してメナは提案した。


「ふ~む、キュムか」


 ザックが顔を覗き込もうとすると、気づいたフォミュンが自然と顔を向けてきた。

 確かに、きゅむっとなっている。


「なるほど、いいんじゃないか? かわいいし」


 案外、ザックのセンスに合ったらしい。

 メナは心の中でガッツポーズをとった。可愛らしい名前に決まってよかったと。


「お前、いい案出すじゃん」

「……っ」


 ザックからの不意打ちが来るとは思っていなかったメナは、顔をばっとあげて目を見開いた。頬が紅潮しているのは、焚き火の熱のせいではないだろう。


「どうしたどうした、いきなり。自分の案が通って、そんなに嬉しいか?」


 全く気付いてない様子でへらへらと笑うザックを見ていると、メナの中で怒りがふつふつと湧き上がってきた。

 ゆっくりと、砂埃が上がらないように立ち上がると、メナは自分が手に持っていた骨付き肉を食い切り、棒状の骨を手裏剣を投げるように構えた。


「食事場では暴れてくれるなよ~」

「…………」


 アスナロウの忠告を無視するわけにはいかない。

 メナはそっと、また座った。


「さて、そんじゃ見張りは三時間交代な。俺は先に寝させてもらうから、最後に起こしてくれ、そんじゃ」


 いつの間にか自分の分を食べ終わっていたアスナロウは、懐から取り出した敷物にくるまって即座に寝息を立て始めた。


「こいつ、どんだけ寝るの早えんだよ……」


「アスナロウの得意技その一だから」


「何個あんだよ?」


「……分からない」


「はっ、なんだそりゃ」


「……ふふふ」


「……ははは」


「それじゃあ、私も寝るから」


「おう、三時間後に起こすからな」


「分かった。お休み」


「おう、お休み」


 メナも敷物にくるまって眠りについた。

 一人になったザックが焚火に枝を加えると、パチパチと炎がはじけた。

 フォミュンの背中を撫でると、気持ちよさそうな声を上げ、こちらも眠りに落ちていった。

 ザックが上に目を向けると、そこには木々の枝葉の邪魔なく見える、満天の星空が広がっている。

 夜空の星と森のさざめきだけは、眠りにつく気配がない。


「……つまらん」


 ロマンチックなどとは無縁のザックには、退屈でしょうがないらしい。手持無沙汰なザックは、焚き火用の枝で遊びながら時が過ぎるのを待った。

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