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仮面と旅する別世界  作者: 楸 椿榎
第二章 ファラス編
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第四十七片 『とある剣士の不器用』

「どうして、あなたが……?」

 俺の言葉を耳にして、メネスさんはあからさまに目を厳しくした。

「俺がここに来たらいけねえ理由でもあるのかよ?」

 おっと、しまった。意外過ぎて感情がそのまま声に出てしまった。

「その、意外だったんで」

 横でユキも頷く。

 メネスさんは刀を横に置いて鈴さんの横に腰を下ろしながら、一つため息を吐いた。

 何か話すのかと身構えるが、いっこうにメネスさんの口は動かない。

 蓮が何かを口走ろうとしていたが、鈴さんが無言で制した。

 メネスさん……。一体、なにを?

「…………とう」

 メネスさんの口が微妙に動いた。メネスさんに似合わず声が小さすぎて、語尾の二文字しか聞こえない。

「塔?」

「ありがとうって言ったんだよ!」

 俺が聞き返すと、俺の声の五倍はあろう大声と唾が帰ってきた。そして、メネスさんにも。

「何度も同じこと言わせんじゃないよ、馬鹿たれが!」

 メネスさんが置いた刀をひょいと手に取ると、鈴さんはその鍔をメネスさん目掛けて叩きつけた。後頭部から痛そうな鈍い音が聞こえる。メネスさんは「いっ⁉」とだけ言った後、顔を下げ、衝撃の震源を押さえて、ひたすら沈黙した。

 一分くらい経っただろうか、メネスさんが再度顔を上げた。先ほどまでの歯切れの悪さはもう感じない。

「身内として、礼を言わせてもらう。ハハルを助けてくれて、ありがとう」

 メネスさんの顔が、畳につくのではないかというほど深く、深く下げられた。

「いいですそんな」と体を起こそうとすると、全身を駆け巡る激痛を食らった。

「いっつつ……」

 俺の言葉でメネスさんの顔が少し上がった。メネスさんの目は、俺の心配をしてくれているようだった。

 俺が目を見ていることに気付くと、すぐさまそっぽを向かれてしまった。

「助けてくれたことには感謝するが、あれはナンセンスだ。意味がねえ。俺が来なけりゃお前ら二人とも蜘蛛に引き裂かれてたぞ」

「……」

 言い返す言葉もない。これならいけるという過信から生まれたあの状況は、絶体絶命という言葉がぴったりの絶望的状況だった。

 メネスさんが帰ってきてくれなかったら、今頃俺はここにいただろうか。

「これからは、仲間の救助も大切だが、自分の身を守ることも忘れるな」

「…………」

 やっぱり、意外だ。

 メネスさんが、あのつっけんどんな剣士が、俺のことを気遣ってくれている。

 ……信じられない。

「……おい、返事はどうした?」

「あ。は、はい……っ」

 首肯しようとして首付近に痛みが走る。

「三日処置されても、あんまし回復はできてねえ、って感じか」

 …………え?

「無理言いいなさんなよ、小僧。今喋れてるだけでもいい方なんだ」

 ちょっと。待ってくれ。

「こんなに普通に喋れているのは、鈴さんの技巧のなせる業だと思います。私なんかでは、複雑な人体構造をすべて把握して治療するなど、まだまだできませんから」

「ちょっと待ってくれ」

 俺の言葉で、ユキやメネスさんたちの目がこちらに向く。

「どうしたんだ? 冬。飯でも食いたくなったか?」

 ……あほな蓮は放っておいて。

「俺、三日間治療されてたんですか?」

「そうだよ」

 平然と鈴さんが答える。

「その間、魂は?」

「一応、一日に一回は鈴さんによるキコンの木槌打ちが行われていたので、おそらくちゃんと“現世”に戻っていたと思いますよ」

 ユキが丁寧に答えてくれる。

「……そうか」

 まあ、それなら一安心か。

 っていやそうじゃない。三日も俺は寝たきりだったのか? そんなに重傷だったのか俺は。

「普通なら、あそこから助かるなんてかなり確率の低い賭けだろうよ。ほぼ死んでたと言っても過言じゃねえ」

 ……そうだったのか。

「冬さん、言っているうちに、今日も七時が来てしまいます」

 壁に駆けられた時計は六時五十分をさしていた。ユキの言い方からして、これは午後なのだろう。

「それじゃ、俺は任務に戻る」

「私も国王の所に行くわ」

 そう言って、二人は病室を出ていった。

「私も他の患者の見回りがあるでね。また夜に来るさ。ユキ、当てるだけだ。絶対に叩くんじゃないよ」

 と言い残して、鈴さんもどこかに消えていった。


 夕陽の光が、障子から部屋に入ってくる。

「……冬さん」

「ん?」

 ユキが木槌を畳に置いて、柔らかな笑みを浮かべている。

「……おかえりなさい。生きていてくれて、よかったです」

「……ああ、ありがとぅ」

 まっすぐに伝えてくるユキに、俺は恥ずかしくなって目をそらした。心なしか語尾も弱くなってしまったが、まあいいだろう。

「それでは、送りますね」

「おう」

 ユキの見送りをもって、俺の魂はいつものごとく“現世”に送られる。

 ……確かに、数日実感してなかったからか、どことなく久しぶりな感じがした。

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