第四十七片 『とある剣士の不器用』
「どうして、あなたが……?」
俺の言葉を耳にして、メネスさんはあからさまに目を厳しくした。
「俺がここに来たらいけねえ理由でもあるのかよ?」
おっと、しまった。意外過ぎて感情がそのまま声に出てしまった。
「その、意外だったんで」
横でユキも頷く。
メネスさんは刀を横に置いて鈴さんの横に腰を下ろしながら、一つため息を吐いた。
何か話すのかと身構えるが、いっこうにメネスさんの口は動かない。
蓮が何かを口走ろうとしていたが、鈴さんが無言で制した。
メネスさん……。一体、なにを?
「…………とう」
メネスさんの口が微妙に動いた。メネスさんに似合わず声が小さすぎて、語尾の二文字しか聞こえない。
「塔?」
「ありがとうって言ったんだよ!」
俺が聞き返すと、俺の声の五倍はあろう大声と唾が帰ってきた。そして、メネスさんにも。
「何度も同じこと言わせんじゃないよ、馬鹿たれが!」
メネスさんが置いた刀をひょいと手に取ると、鈴さんはその鍔をメネスさん目掛けて叩きつけた。後頭部から痛そうな鈍い音が聞こえる。メネスさんは「いっ⁉」とだけ言った後、顔を下げ、衝撃の震源を押さえて、ひたすら沈黙した。
一分くらい経っただろうか、メネスさんが再度顔を上げた。先ほどまでの歯切れの悪さはもう感じない。
「身内として、礼を言わせてもらう。ハハルを助けてくれて、ありがとう」
メネスさんの顔が、畳につくのではないかというほど深く、深く下げられた。
「いいですそんな」と体を起こそうとすると、全身を駆け巡る激痛を食らった。
「いっつつ……」
俺の言葉でメネスさんの顔が少し上がった。メネスさんの目は、俺の心配をしてくれているようだった。
俺が目を見ていることに気付くと、すぐさまそっぽを向かれてしまった。
「助けてくれたことには感謝するが、あれはナンセンスだ。意味がねえ。俺が来なけりゃお前ら二人とも蜘蛛に引き裂かれてたぞ」
「……」
言い返す言葉もない。これならいけるという過信から生まれたあの状況は、絶体絶命という言葉がぴったりの絶望的状況だった。
メネスさんが帰ってきてくれなかったら、今頃俺はここにいただろうか。
「これからは、仲間の救助も大切だが、自分の身を守ることも忘れるな」
「…………」
やっぱり、意外だ。
メネスさんが、あのつっけんどんな剣士が、俺のことを気遣ってくれている。
……信じられない。
「……おい、返事はどうした?」
「あ。は、はい……っ」
首肯しようとして首付近に痛みが走る。
「三日処置されても、あんまし回復はできてねえ、って感じか」
…………え?
「無理言いいなさんなよ、小僧。今喋れてるだけでもいい方なんだ」
ちょっと。待ってくれ。
「こんなに普通に喋れているのは、鈴さんの技巧のなせる業だと思います。私なんかでは、複雑な人体構造をすべて把握して治療するなど、まだまだできませんから」
「ちょっと待ってくれ」
俺の言葉で、ユキやメネスさんたちの目がこちらに向く。
「どうしたんだ? 冬。飯でも食いたくなったか?」
……あほな蓮は放っておいて。
「俺、三日間治療されてたんですか?」
「そうだよ」
平然と鈴さんが答える。
「その間、魂は?」
「一応、一日に一回は鈴さんによるキコンの木槌打ちが行われていたので、おそらくちゃんと“現世”に戻っていたと思いますよ」
ユキが丁寧に答えてくれる。
「……そうか」
まあ、それなら一安心か。
っていやそうじゃない。三日も俺は寝たきりだったのか? そんなに重傷だったのか俺は。
「普通なら、あそこから助かるなんてかなり確率の低い賭けだろうよ。ほぼ死んでたと言っても過言じゃねえ」
……そうだったのか。
「冬さん、言っているうちに、今日も七時が来てしまいます」
壁に駆けられた時計は六時五十分をさしていた。ユキの言い方からして、これは午後なのだろう。
「それじゃ、俺は任務に戻る」
「私も国王の所に行くわ」
そう言って、二人は病室を出ていった。
「私も他の患者の見回りがあるでね。また夜に来るさ。ユキ、当てるだけだ。絶対に叩くんじゃないよ」
と言い残して、鈴さんもどこかに消えていった。
夕陽の光が、障子から部屋に入ってくる。
「……冬さん」
「ん?」
ユキが木槌を畳に置いて、柔らかな笑みを浮かべている。
「……おかえりなさい。生きていてくれて、よかったです」
「……ああ、ありがとぅ」
まっすぐに伝えてくるユキに、俺は恥ずかしくなって目をそらした。心なしか語尾も弱くなってしまったが、まあいいだろう。
「それでは、送りますね」
「おう」
ユキの見送りをもって、俺の魂はいつものごとく“現世”に送られる。
……確かに、数日実感してなかったからか、どことなく久しぶりな感じがした。