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仮面と旅する別世界  作者: 楸 椿榎
第二章 ファラス編
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第四十六片 『久々の目覚め』

「んぅ……」

 光に照らされているのが瞼越しにわかる。鼻を突くのは消毒特有の清潔な匂い。

 どこか、身に覚えのある匂いだ。

 そう、ちょっと前のあの事件の時の病院だ。あの時の匂い。

 ……しかしどうして、俺が寝ている所で病院の匂いがするんだ?

 気になって瞼を上げようとすると、これがやけに重たかった。何かおもりでも乗せられてるみたいに。

 一苦労して瞼を開けると、視界にはこの世界がどちらなのか一目でわかる、相棒が映り込んだ。

「ユ、キ……」

「冬さん。……目が、覚めたんですね……」

 彼女の目には涙が浮かんでいた。どうしてだろう。俺は、彼女と昨日も会っているはずなのに。昨日も……。

 ……昨日?

「そうだ、あの大蜘蛛……っつあああ!」

 反射的に体を起こそうとすると、全身に何か鋭いものを刺されたような激痛が走った。

「あ、冬さん、体を動かそうとしないでください。まだ骨がうまくくっついてないんですから」

 ユキが俺の体をちゃんと寝かし、気持ち程度の回復魔術をかけてくれる。痛みの引きが、おそらく通常より早くなるのだろう。

 いや、今はそんなことはどうでもいい。

「ユキ、あの後どうなったんだ?」

 俺の質問に、ユキは一瞬の沈黙の後に応えた。

「冬さんが動けなくなり、蜘蛛が目前まで迫ったところで、メネスが割り込んでくれたんです。そこから先は、魔法陣も見る影もなく、蜘蛛はメネスに切り刻まれて終わりました。死骸はすぐに消えてしまったので、証拠となるのは私とメネス、ハハルの記憶だけですが」

「いや、いい。それだけ分かれば十分だ」

 つまり、あの大蜘蛛事件はどうにか解決を見た訳か。

「それだけで、って。大変だったのはそこからもだったんですよ?」

「……?」

 そこからも?

「なんせ、少し動かせば死んでしまうかもしれない冬さんがいましたから」

「…………」

「幸いハハルさんに応急処置的な魔術をかけてもらい、その後も浮遊魔術で運ばないといけなくて。転送に至っては、ハハルさんの力を借りて規格外の二人同時転送までしたんですから」

 ……もうハハルさんには足を向けて寝れないな。

 寝ると言えば、今の俺か。

 そういえば、ここはどこだ?

 見たこともない木の天井、視界の端に見える提灯のような小さな照明器具、白い衝立ついたて、この寝床は、体感からして布団。

 まるで、和風の病室みたいだ。

「冬さん?」

 ユキが顔を近付けてくる。

「ん? ああ。ここはどこなんだ?」

「あ、ここはですね」

「見てわかるだろ。病室だよ」

 ユキの言葉を遮って、第三者の声が聞こえてきた。右の衝立の奥からだ。声質的にお婆さんか。

「あ、鈴さん。すみません、今呼びに行こうかと」

「それは結構だよ。なんとなく、そろそろ目覚める気がしたからね」

 ……超能力者ですかアンタは。

「年上に向かって下手なこと考えてるだろ、若いの」

 っ! 何も見てないのにどうしてわかったんだ。

若者わかもんならそう考えるんじゃないかってぇのはもう経験則に入ってんのさ。そんで、これを聞いて驚くことまでが一纏ひとまとまりだ」

 ……年の功と言ったところか。

「さて、顔も見せずに話すのは無礼だね、そろそろご対面といこうかね」

 衝立の奥から足音が近づいてくる。畳をするように歩いてくるその音は静かだ。

 鈴さんとやらは、どのような人なのか。

 首を動かそうとしても無理だろうから、目だけを極限まで右に向けてみる。

 そうすると、一つの人影が衝立の端から見えてきた。

「……え?」

 彼女の姿が徐々に見えてくると同時に、俺は自分の目を疑った。どうしてって、それは。

「さ、三頭身?」

 まるでどこぞのマスコットみたい、とまではいかないが、人の顔に対して体が小さすぎる、三頭身のお婆ちゃんが出てきた。白い和服は清潔感を表すためのものか。

「三じゃないよ? 三と半分だ」

 失礼、三・五頭身のお婆ちゃんだった。

「冬さん、この方は鈴さんと言って、この町の医師長を務めておられる方なんですよ」

 ユキの説明を受けて、再度鈴さんとやらに目を向ける。年相応の白髪は後ろで団子になっており、ゴムで簡単に縛られている。顔の深い皺が経てきた年月を想起させる。

「人の顔じろじろ見るんじゃないよ」

 鈴さんの怒りを買ってしまったようだ。視線をまっすぐ天井に向けると、「まったく最近の若者は」という年寄り特有の口癖が聞こえてきた。

「ここは城内の鈴さん直属の病室で、特に怪我のひどい人は、ここで治療を受けるんですよ」

 ユキが間を見計らって再度説明してくれる。鈴さんもこれに対してはうんうんと首を縦に振っていた。

「まあ、お前さんの怪我は普通よりもだいぶ酷いがね」と鈴さんは補足した。

 俺の怪我って、ここに運ばれてくる人の中でもひどい部類なのか。

「腕の骨は粉砕骨折やら何やらでもうダメダメだし、肩から肋骨や肩甲骨にかけても深くひびが入ってる。筋肉もブチブチだから、動こうとすると一生寝たきりになるかもね」

 …………想像以上にひどかった。

 まあ、それもそのはず。俺は今まで経験したことのないことをやったのだから。

 

 二百倍弾。


 絶大な力を持つ代わりに、使う方にも大きな危険を伴う諸刃の剣。あんなものは、もう使いたくはない。

 でも、必要になったら……俺は……。

「まあ、これから二か月は絶対に安静だ。そこから先は私が診ながら判断しよう。リハビリを含めると、短く見積もって三か月ってとこかね」

 三か月。その間、俺は行動できないのか。

 せっかくこの世界に来たというのに、こんなに早く戦力外になってしまうとは……。まあ、ハハルさんを失うよりかはよかっただろう。そうしておこう。

 そんなふうに自己完結していると、病室の外から騒がしい足音が聞こえてきた。

 この展開から察するに、おそらく蓮だろう。

「冬! そろそろ元気になったか⁉」

 ビンゴ。

 扉をスパンと開け放ったのは、蓮だった。衝立で姿は見えないが、声と動作で丸わかりである。

「うるさいよ、蓮! 周りには他の病人だっているんだ。少しは場を読めこのおバカ!」

 鈴さんの一喝で、蓮の声は聞こえなくなった。

 衝立の裏からは、いじけて口をとんがらせている蓮が出てきた。

 お前はお前で、小学生じゃないんだから……。

 と、蓮の後ろから、人影がもう一つ。

「よう、その、どうだ。調子は」

 その来訪者に、俺は目を見開いた。

 首をかきながら、ちらちらとこちらに目を向けてくる、オールバックの男性剣士。

 メネス・リンクそのひとだった。

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