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仮面と旅する別世界  作者: 楸 椿榎
第二章 ファラス編
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第四十五片 『決死の選択』

「ハハルさん!」

「うぅ……。冬君」

 よかった。意識はある。外傷も見当たらない。なら、この糸さえ破ければ……。

「……くっ⁉」

 破けない⁉ 何だこの弾力、刀でも持ってない限り切れないだろう。

「冬君、避けて!」

「っ!」

 横からの一撃。子蜘蛛の糸。間一髪で避ける。が、周りからも射撃が次々飛んでくる。

 仕方なく、俺はハハルさんから離れるしかなかった。木の陰に隠れ、辺りを伺う。

 ……まずは周囲に展開している子蜘蛛を片づけるか。

 右前方の二匹、左斜め上の一匹、元いた枝の五匹、あとは……見えないな。

「冬さん、大蜘蛛がハハルさんに向かってきてます!」

「何⁉」

 木の裏から顔をのぞかせて見ると、静かな足取りで大蜘蛛がハハルさんの方へと近寄ってきていた。その距離、目測二十メートル。

 ……くそっ。

「白雪、五倍弾、いや、十倍弾だ!」

「は、はい!」

 どうにか、足止め程度にはなれ!

 ……なんて、思ってはみたが。

「止まれ! 止まれ!」

 いくら撃っても、蜘蛛はこっちに見向きもしない。

 いくら撃っても、魔法陣が展開して、俺の銃弾を無効化しやがる。

「冬さん、回避です!」

 白雪の忠告を受けて周りの邪魔を回避する。しかし、ちょっと気づくのが遅かった。

 右手に向かってかけられた白糸がかすった。

 かすっただけで、グリップと手が離れなくなっただけだった。

 だけ、……いや。

っ!」

 右腕から痺れが走ってくる。おそらく糸に何か仕込まれてたんだろう。

 でも、動くならどうでもいい。今は大蜘蛛の方だ。

 ハハルとの距離は残りわずか。十倍弾なんかじゃひびすら入らない。周りの邪魔を考えると連射は不向きだ。

 どうする? 兵士を呼んでいる暇はない。

 メネスさんも今は当てにならない。

 …………。

「白雪、あと何発撃てる?」

「え? ええっと……あと二百発くらいでしょうか」

「そうか」

「冬さん、まさかとは思いますが……」

 白雪の声が少しだけ震えている。おそらく予想はついているのだ。

「二百倍弾を、装填してくれ」

 一瞬、白雪が息を呑んだ音が聞こえてくるような沈黙があった。

「そんなことしたら、腕がどうなるか分からないんですよ⁉ いえ、腕だけじゃない。体だってタダじゃ済みません。もしかしたら、魂の方にだって支障が出るかも」

「それでも、兵士を呼びに行く時間もない、メネスさんがいつ帰ってくるかもわからない。今対抗できる手段は、これしかないんだ」

 食い気味に言ってしまったが、もう逡巡している余裕はない。決断の時は迫っていた。

 俺が大蜘蛛に向けて銃を構えると、白雪はためらいがちに「分かりました」と言ってくれた。

 言わせた、の方が正しいだろうな。

 体の力が銃の一点に収束するのが肌で分かった。

 これなら、いけるかもしれない。いけないとしても、こっちにむけばいいんだ。

「頼む、……二百倍弾!」

 引き金を引いた瞬間、巨人に腕をひっぱられているのではと錯覚するほどの激痛が襲ってきた。その衝撃は骨を伝って体を後ろへと突き飛ばし、荒々しく地面に叩きつけた。

 俺とは対照的に放たれた、弾丸とも呼べないほど大きくなった弾は、蜘蛛の横腹目掛けて突き進み、魔法陣など知ったことかと言わんばかりに蜘蛛を跳ね飛ばした。と思う。

 なんせ地面に打ち付けられて転がってたんだ。一部始終を知るわけがない。現在の視界に見える、大蜘蛛の横倒しになっている姿からの想像に過ぎない。

 俺の体はもう動きそうにない。動かそうとしなくても全身に痛みが走る現状だ。あとは、あの大蜘蛛が、動き出さないことを、祈る、のみ……。

「冬さん、気をしっかり!」

「……ユキ」

 人に戻ったユキは俺の体に触ろうとはせず、治癒魔術をかけてくれた。

 蜘蛛に背を向けた形で治療を行っているユキ。俺は既にその状況に安心していた。

 が、蜘蛛というのは存外しぶといもので。

 腹を見せて転がっていた大蜘蛛の足が風に揺られたように微かに動いたかと思うと、次の瞬間には地響きと共にその体を起こした。

 ……あれを受けてなお、あいつは立ち上がるのか。

 ユキもそれに気づいたようだ。

 蜘蛛の顔はハハルさんの方ではなく、俺たちの方を向いている。

「……ユキ、逃げろ」

 俺は迷いなくそう言った。

 俺の体は作りものだ。魂さえ“現世”に戻してしまえば、あとはまたこちらに来るだけで済む。

 俺と違ってこちらの世界の住人であるユキは無事では済まないだろう。それなら、退避してもらって打開策を講じてもらう方が幾分かあの蜘蛛を打倒できる可能性が高い。

「そんなことできません」

 俺に向かって、ユキはきっぱりと言い切った。

 それどころか、立ち上がって、俺の前で蜘蛛に正対し、呪文の詠唱らしきものを始めた。

「おい、やめろ。無駄だ。あれでも死ななかったんだぞ」

 返事はない。

「なら、俺を投げ飛ばせ。それなら俺もユキも逃げれる」

「そんなことしたら、冬さんの体は再起不能になってしまいます」

 ユキに似合わない強い口調は、それだけの覚悟の表れのように思えた。

 よく見ると、前に突き出した腕が小刻みに震えている。

「今できることは、私が冬さんを守ることです。自分が犠牲になったとしても、私は構いません」

 そんな……。そんなことを言うな。

 お前が構わなくても、俺が構う。お前には親がいる。見守ってくれてる多くの人がいる。俺なんかとは比較にならないほど多くの人が、お前を大切に思っている。

 なのに、それなのに……。

「冬さん」

 ユキが問いかけるように囁いてくる。向こうからは猛然と蜘蛛が迫ってくる。

「私は、絶対冬さんを守ります」

 目前で前足を振りかざした大蜘蛛に対して、ユキは無言で両手を前に突き出した。

 ユキの身長を超える魔法陣が展開するのと同時に大蜘蛛の足が雪ののど元目掛けて落ちてくる!


 と、そのとき。


「わりい。遅くなった」

 左から、何者かが大蜘蛛を襲った。大蜘蛛の体は横に吹き飛ばされ、山の木々をなぎ倒していく。

 聞き覚えのある声の主は、ハハルさんを縛っていた糸を斬り、ユキからの悪口を受け流しながら俺の前に歩いてきた。

「……あとは任せろ」

 彼の言葉を最後に、俺の視界は暗くなった。

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