第四十三片 『蜘蛛の討伐計画』
襲撃の翌日。王都組四人を含めた見張り以外の兵士たちは詰め所の会議場に集まっていた。
「蜘蛛の攻略は今日の昼に決行する」
メネスさんから、単純明快に案件が告げられる。
「昨日の襲撃があってから、各所の被害状況を確認した。幸い、損害は軽く抑えられていた。これはハハルたちが早急に帰ってきてくれたことが大きいだろう」
周りの兵士たちが頷く。
「しかし、またいつ襲われるか分からん。消耗戦になれば、俺たちはじきに負ける。そうなる前に、こっちから奴らの根元を絶ってやろうって訳だ」
メネスさんが経緯を説明すると、一人の兵士が手を挙げた。
「討伐隊はどうされるんですか?」
メネスさんは一度頷いてから、地図を机の上に広げた。
「ここが蜘蛛の住処だ。この周りは大勢が展開できるほど広い場がないし、何よりこの村の警備に割く人員は今までより増やしたい。だから、メインとして戦うのは、俺、ハハル、それに冬とハクだ」
メネスさんの口から出た言葉に反射的に反応して地図からメネスさんの顔へと視線を上げたが、メネスさんは俺を一瞥したあと、「利用できるものは利用する。ただそれだけだ」と吐き捨てた。
「王都にいる俺の隊とハハルの師団から数人ずつ、こっちに送ってくれるよう頼んでおいた。既にそいつらには北方面に潜んでいる子蜘蛛の駆除と、道中の魔物の退治を頼んである。これで俺たちに数的不利はまずないことになる。後は、力で叩くだけだ」
胸の前で拳を自分の掌にぶつけたメネスさんに、周りはどよめいた。各々の声は驚きに満ちていたが、それと共に嬉しさのような色が滲んでいた。
「質問のある者はいるか。いなければ、これにて解散。俺たちが発つのは十二時ちょうどだ」
勇ましい「はい」の返事をもって、会議は終了した。
「死ぬと思ったらすぐに村に下りろ。足手まといになるより、援軍を呼んできた方がマシだ」
メネスさんは道を進みながら、俺に向かってそんな助言をしてきた。
軽く昼飯を食べた後、俺たちは蜘蛛の住処に向かって出発していた。
「言い方は褒められないけど、本当にもうダメだと思ったら、通信機をオンにして村に走って。そうすれば、途中で私たちの部下に繋がるはずだから」
ハハルさんもメネスさんに同調した。
確かに、犬死にするよりはそっちの方が万倍マシだろう。
村の警備増強に回っている部下の人たちが比較的近くにいることを願う。
「そろそろ洞窟だ。気を引き締めろ」
先を行くメネスさんが刀を引き抜きながら少し腰を落とす。ハハルさんも袖から細い杖を引き抜いた。
俺も今一度、銃を握りなおす。
……いよいよか。
洞穴前へと続く、舗装なんてされていない道。洞穴の入り口手前には、蜘蛛用の罠が張られている。……はずだった。
「何これ……」
「……」
現場に着いてみると、以前張った罠の全てが子蜘蛛たちによって破壊、もとい自爆による無力化がなされていた。
いくつもの死体が無残に散乱している。これが魔術によるものなのか、それとも他に要因があるのか、知る由もない。
「これは想定してなかったわ。ごめんなさい」
「別に謝ることじゃねえ。それより、来るぞ」
メネスさんの一言で、体に緊張が走った。
洞窟の奥から、何かの音が聞こえる。
地響きが伝わってくる。
それらは、次第に大きくなっていき。
「グルゥゥァァァァァァァアアアアア!」
洞窟を抜け出てきた瞬間に、地響きから叫び声に変わった。
宙に浮いた巨塊が、凄まじい勢いでこちらに迫ってくる。
「回避!」
号令を受けるや否や、俺たちはそれぞれ左右の木の影に飛び込んだ。
巨大な物体は地面に激突し、減速しながら道を削っていった。
その塊が一体何なのか。そんなのは、愚問だった。
「あちらさんからお出ましか」
メネスさんが一言呟く。
塊の着地に際して巻き上がった砂煙を、手に持った刀の一振りで払いのける。
晴れた視界に映るのは、陰鬱な色に彩られた巨大な腹と八本の足。
脚がそれぞれギチギチと忙しなく動き、頭を俺たちの方に向けてきた。
「ひっ」
相手の様子を見て、白雪が息を呑んだ。虫が嫌いなのだろうか。
俺は嫌いだ。だから気色悪いと思っている。目の前の状況を。メネスさんが、巻物からアレを出したとき以上に。
大蜘蛛の姿が、気色悪かった。
「冬君、まずは私たちで陽動を」
「そんなマドロッこしい事してねえで!」
通信機から流れてくるハハルさんの声に、メネスさんの声が上乗せされた。
同時に、大蜘蛛に向かってメネスさんが疾走していくのが目に映った。
蜘蛛は顔を動かしてメネスさんの動きを追っている。が、次の瞬間、顔の動きがフリーズした。メネスさんが、蜘蛛の複眼の視界から消えたのだ。左右に跳んだのか、蜘蛛は顔を左右に動かすが、影を捉えることが出来ない。
と、なると。残る可能性は。
「上だよボケが!」
蜘蛛の目の前で一瞬のうちに天高く飛翔し、いま空から降ってきたメネスさんは、刀を下に突き立てた。 蜘蛛の脳天に突き刺そうとした。
「っ⁉」
そう、しようとした。
つまりは、できなかった。
刀は固い金属音を立てて蜘蛛の頭上で止まった。いや、止まったというより、阻まれた。
いつの間にか、蜘蛛の頭上には防御壁のように魔法陣が展開されていた。メネスさんの刀は赤く輝くそれに阻まれ、一ミリもその魔法陣を貫くことが出来ていなかった。
「ちっ」
蜘蛛は音もなく左前脚をメネスさんの横腹に突き刺そうと無理やり関節を折り曲げて攻撃してきた。
間一髪のところでメネスさんは魔法陣を踏み台にして飛び退く。メネスさんが蜘蛛から離れていくに従って魔法陣は小さくなり、ついには光の粉となって飛散した。
地面に着地すると、メネスさんの目は蜘蛛ではなく、明後日の方向を向いていた。
「……見つけた」
よく聞こえなかったが、何かを呟いたメネスさんは突然近くの木の枝に跳び乗った。
「どうしたんですか、メネスさん!」
「ちょっとあんた、何してんのよ!」
メネスさんからの反応がない。
今度はメネスさんの方から、一方的に語り掛けてきた。
「すまん、そっちはお前らに任せる。少しの間、時間を稼いでくれ」
そう言い残して、メネスさんはどこかへと跳んでいった。
「ちょっと、どういうことなのよ! ……っ!」
言葉途中でハハルさんは後ろに跳んだ。
次の瞬間、さっきまで彼女がいたところには大量の白い糸が広がった。
どうやら蜘蛛の腹から射出されたものらしい。
舌打ち一つ、ハハルさんは切り替える。
「仕方ない、ここは私たちだけでどうにかするよ、冬君!」
「はい!」
気色悪い巨体に向けた銃口が木漏れ日に煌めく。
蜘蛛のけたたましい叫び声が、山中に木霊した。