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仮面と旅する別世界  作者: 楸 椿榎
第二章 ファラス編
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第四十二片 『軍勢の襲来』

 山を下りてくると、次第に村の状況がよく見えるようになってきた。

「…………」

 魔物が、いた。

 村の中に。

 まだ南の一帯が破られただけで、町の中心部まで被害が出ているわけではないみたいだが、早く行かないと他の門も突破されかねない状況だ。

 しかも、ここから見る限り、魔物の種類は……。

「メネス! メネス、聞こえる?」

 ハハルさんは通信機でメネスさんとの連絡を試みているが、何故か通信がうまくいっていなかった。俺の方でも試してみたが、ノイズが入るばかりだった。何かジャミングするようなものがあるというのか。

「仕方ない。冬君、ここから下りたらすぐさま北側の制圧。それが済んだら村の中を鎮静させつつ南側の援護に回るよ」

「了解です」

 走りながら説明してくるハハルさんは、前をじっと見つめていた。

「行くよ!」

「はい!」

 足に力を込めて、俺たちは更に速度を速めた。


「詠唱略式『連なる火レイディアン・ファイエル』!」

「五倍弾!」

 後方から近付いた俺たちは、先手必勝、相手の軍勢のど真ん中に攻撃を打ち込んだ。すぐさま俺は乱射体勢に入り、ハハルさんは次の魔術に移行する。

「冬君、ここからはあまり魔力の無駄遣いは避けてね」

「はい」

 と言っても、無駄遣いなど最初からする気はない。

「二倍で連射できるか?」

「できます!」

「よし、いくぞ」

「はい!」

 後方にいるハハルさんを庇いながら、俺はこちらに近づいてくる後方部隊を蹴散らしていた。

 それにしても……。

「これだけの蜘蛛がいると、気味が悪いな」

 村を襲撃していたのは、こいつらだけではない。しかし、ほとんどはメネスさんが見つけた蜘蛛だった。 一回りほど大きいものも何匹かいる。

「何かが起きてるのは間違いないね」

 呪文の合間に独り言のように呟いたハハルさんの言葉に、俺は無言で首を縦に振った。



「さあ、冬君。こっちはあらかた片付いた。すぐに中に行くよ!」

「はい!」

 閉じられた門を通るよりも、俺たちは一足飛びに門を超えて村の内部に入った。

 門から続く一本道をひた走る。南門に一直線に繋がるこの道を走っていけば、すぐに侵入した魔物たちに会うだろう。


「冬君、前から敵だ!」

 ハハルさんはまだ俺には何も見えない先を指さして言った。

 次第に何かの足音が聞こえてきた。足音の主の姿も視認できるようになってくる。

「あれは、狼ですか?」

「白狼だね。ここらの山にでも住んでるのかな」

 六匹でピラミッド型の隊列をなして駆けてくるのは、シベリアンハスキーを一回り大きくして体毛を全て白く染め上げたような魔物だった。

「詠唱略式『幾千の風ウィンディル・コンティル』!」

 ハハルさんが上に掲げた手のひらには緑色の風のようなものが舞い、それは千切れ、いくつもの破片となって狼たちに向かっていった。

 先頭の狼は回避していたが、後ろの狼たちの半数は風の破片に切り刻まれて地面に転がった。

 仲間を顧みることもなく、残りの狼たちは獰猛にこちらに迫ってくる。


 一発で脳天を貫く。


 立ち止まり、腰を低くし、相手の動作をよく見て、俺は狙いを定めた。

 引き金を、引く。

「っ!」

 先頭の狼が目を見開き、そのまま足がうまく動かなくなり無様に地面に倒れた。

 こればかりは見過ごせなかったのか、後ろの数匹が先頭の一匹に駆け寄る。

 しかし、これが命取りだ。

「詠唱略式『火弾ファイエル・ブラスト』!」

 ハハルさんの放った火球が、戦闘の一匹を含め、残った狼たちを丸ごと包み込んだ。

 火の中からは狼たちの鳴き声が聞こえてきたが、数秒で聞こえなくなった。

 一匹だけ、最後の力を振り絞るようにこちらに近づいてきたが、半分も近付かないうちに力尽きた。

 俺たちはまた走り出す。

 南門までは、もうすぐだ。

 

「――ハル、ハハル!」

 不意に通信機からメネスさんの声が聞こえてきた。

 どうやら無事だったようだ。

 周りの音が騒がしいのは、騒動の対処に当たっているからだろう。

「アンタ今どこにいるの⁉」

 ハハルさんが怒り気味に聞くと、こちらも怒ったように「南門だよ!」と返事が返ってきた。

「最初は北にいたんだがな。読みが外れたぜ。しかも、取り逃がした奴らがいくらか中に入っちまった」

「そっちは私たちがいくらか処理したわ。中にいた男たちにも指示出しといたから、もう中は大丈夫なはず」

 言っている間に、俺たちは南門に到着した。

 門は完全に開け放たれ、周りには無数の蜘蛛と魔物たちの死骸が散乱している。

「こっちに到着したんなら手伝え! あと少しでこいつらも終わりだ!」

 メネスさんの声がダブって聞こえた。理由は簡単だ。

 メネスさんが、門の向こうにいたからだ。

「言われなくても分かってるわよ!」

 ハハルさんは兵士さんたちが対処している一団に向かって魔術をお見舞いした。

「おい、お前! 突っ立ってないで援護でもしろ!」

 メネスさんに怒号を飛ばされて、俺も銃を構えた。ハハルさんの多を相手するのに向いている魔術があれば、兵士たちの援護はもう必要ないだろう。となれば、俺はメネスさんの援護に回るだけだ。

 メネスさんの後ろから近づいてきている蜘蛛に狙いを合わせて、俺は弾を放った。



「ふう。なんとか南は制圧完了ね」

 ハハルさんが一息つくと、通信機から聞き慣れない声が聞こえてきた。

「こちら東門、なんとか守り切りました」

 おそらくこれは、他の門に配置された兵士たちの中の誰かだろう。

「西門、こちらも無事です」

「北門も大丈夫です。今のところ、敵影は確認できません」

 つまり、これで外からの侵攻は防げたわけだ。

「村の内部、誰かいる?」

「はい、村内の索敵に回りましたが、確認できません。完全に倒したようです」

「そう、ありがとう」

「はっ」

 兵士からの連絡を聞き終え、ハハルさんはもう一息ついた。

 俺も安堵の息が漏れた。

「やっぱり攻められるのは嫌なもんね」

 どこかを見る目は、どこを見るでもなくどこかを見ていた。おそらくは、今でないどこか。

 と、そんなハハルさんに、メネスさんが近づいてきた。刀に付いた魔物たちの色々な液体を振り払って鞘に刀身を納める。

「穴からここまで、帰ってきてくれて助かった」

 メネスさんから出るとは思わなかった礼の言葉が飛びだして、俺は内心で驚いた。

「あんた、私以外にもそれを言う相手がいるでしょ」

 ハハルさんにねめつけられて、メネスさんはため息混じりに「わかってるよ」と吐き捨てた。

 かと思うと、踵を返して俺の方に寄ってきた。がんをとばす不良のごとき凄まじい眼力で俺を威圧しながらこちらに一歩ずつ近づいてくるメネスさんは、「怒られる」という予想以外できない態度だった。

 目の前まで来た。目をそらそうかとも考えたが、目をそらせなかった。そらしたら、ダメな気がして、というか、殺されそうな気がして。

 胃に穴が開くのではないかと思うほどの緊張を腹に抱えてメネスさんの言葉を待っていた。

「…………」

 メネスさんの口が開いた。目の厳しさが、少しだけ和らいだ気がしたが、すぐに視線をそらされたので、確かではない。

 だが、次の言葉で、俺の「気」は間違っていなかったように思えた。

「…………ありがとう」

 …………え。

 初めて日本語を話すような、ぎこちなさと共に発されたその言葉は、確かに俺にあてられた言葉で、メネスさんからの言葉だった。

 棒読みとも違う。限りなく近いが、違う。

 今まで俺に対して、つっけんどんな態度しかとってくれなかったこの人とは思えない言葉だ。

「じゃあな」

 それだけ言うと、メネスさんは足早に村の中に戻っていった。

「あんた」

「ちゃんと伝えたからいいだろうがよ!」

 ハハルさんの制止も聞かず、メネスさんは建物の間に消えた。

「……通信、入ったままなんだけど」

 ま、いいか。いま回線開いてるの私だけだったし。と、ハハルさんはいたずらっ子のような笑みを浮かべていた。

 

 五分後、俺たちも各所の損傷などの確認のため、村の中へと帰っていった。

 俺が現世に戻るまで、もう魔物たちによる襲撃はなかった。

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